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お見合い 五

次の日。

淳は午前中のうちに仕事を済ませ、午後黒田家へと向かった。

母は父に止められたのか、もう何も言わなかった。

淳の頭の中は今、何とかお見合いを止めなければということしかない。

お雪のお見合いの話を聞いてからずっと気がせいている。後戻りなど考えもしない程だ。


黒田家に着くと、淳は着物の襟を正し大きく深呼吸をした。

「こんにちは。長谷川です。」

玄関で声をかけると、奥様が出てきた。

「あら、先生。今日は往診の日でしたっけ?」

自分が日にちを間違えていたかと首をかしげている。

「いいえ、往診ではありません。今日はご主人にお話があって参りました。」

いつになく緊張した淳の面持ちに、奥様も何かを感じ取った。


「主人に。わかりました。少々お待ちください。」

そう言って奥様は奥の部屋に入って行った。

しばらくして、戻って来た奥様がこちらへと淳を奥に案内した。


床の間に背を向け、黒田家の主人が座っている。

淳は一礼すると部屋に入り、主人の向かいに正座した。

「本日は急にお伺いして申し訳ありません。どうしてもご主人に聞いていただきたいことがあり、失礼を承知で参りました。」

そう言って淳は深く頭を下げた。


「先生がどうしても私に話したいこととは、どういった話ですか?」

主人は全く想像がつかないようで、どんな顔をしていいかわからない様子だ。

淳は意を決して話し出した。

「先日、こちらのお雪さんがお見合いするという話を聞きました。」

主人と奥様は顔を見合わせた。

「先生の耳にも入りましたか。うちの女中にいい縁談が来ましてね。」

主人はまんざらでもないといった感じだ。

「それが何か?」

いったい女中の見合いと淳に何の関係があるのか、主人には見当がつかない。


「ご迷惑を承知で言わせていただきます。……お雪さんを僕に下さい。結婚したいんです。」

体に力が入り、思わず声が大きくなった。そう言うと淳は手をついて頭を下げた。

それからしばらくの間、静寂が続いた。

「先生、頭をお上げください。」

沈黙を破ったのは主人である。

「ひとつお聞きしたい。先生はお雪とそういった仲なのですか?」

主人はややいぶかし気に聞いた。

「いいえ。お雪さんとはこちらに来た時に、会えば話す程度の仲です。もちろん、お雪さんにまだ結婚の話もしていません。でも、お雪さんの人柄や働きぶりは見ていればわかります。僕は、」

そこで主人が話をさえぎった、

「先生のご両親は何と?」

聞かれるだろうとは思ったが、やはり。

「まずはこちらのご主人とお雪さんに聞いてみるようにと言われました。」

それを聞いて、主人は頷いた。


「ご両親もお雪との結婚には反対ということですな。」

「そういうことでは、」

それ以上うまい言葉が見つからず、淳は黙った。

「先生、こんなことを言ってはあれですが、人間、立場というものがあります。

不相応の環境は人を不幸にもする。私はこの家の主人として、お雪に幸せになってほしいと思っております。あの子は幼いころから、誰よりも働いてきました。」

そう言って主人は淳の目を見た。

主人のいうことは最もで、淳にはもう返す言葉がない。

淳の目に落胆の色が濃くなる。

「まあ、今日のところはお帰りいただいて、冷静になってよくお考え下さい。先生。」

そう言って主人は何度か頷いた。

「あきらめるつもりはありません。また日を改めて伺います。」

淳はそう言って頭を下げると、黒田家を後にした。



淳が帰った後、主人は物思いにふけっていた。これでよかったのだろうか。

淳の人柄が良いことはよくわかっている。本来ならばお雪を嫁がせてやりたい気持ちだ。ただ、女中と医者では世界が違い過ぎる。そんなところに嫁に行ってお雪が苦労するのは目に見えている。お見合い相手の庄太と一緒になった方がお雪は誰に遠慮することなく幸せになれるのではないだろうか。そんなことを考えていた。

奥様がお茶を持ってきた。

「あなた、熱いお茶です、どうぞ。」

主人は両手で湯呑を包み、目を落とす。

「驚きましたね。」

奥様がしみじみと言った。

「そうだな。」

淳の口からお雪と結婚したいという言葉が出て、驚いた。と同時に少し嬉しかった。

わずか十歳の頃から懸命に働くお雪に、主人も情を感じていた。幼くして両親を亡くし、それでも明るく健気に働くお雪を主人もずっと見てきた。だからお雪の良さに淳が気づき好意を寄せたことは喜ばしくも感じた。しかし、だ。

「お雪には幸せになってもらわなくてはなりませんから、ね。」

「ああ。」

お雪の幸せを願う気持ちは二人とも同じだ。


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