お見合い 四
次の日の夜、淳と両親は夕食を囲んでいた。
もう見合いまで時間がない、承諾されようがされまいがとりあえずは両親に結婚のことを話、そのあとすぐに黒田家にいかなければならない。
淳は姿勢を正すと、両親に話しかけた。
「父さん、母さん、聞いてほしいことがある。」
「何?改まって。」
母がいぶかし気に尋ねる。
「なんだ、言ってみろ。」
反対されることはわかっているが、やはり緊張する。
「実は結婚したい人がいる。」
今まで全くそんな気配がなかったので、両親は大変驚いた顔をしている。
「そうか。お前ももういい年になるからな。で、相手はどこのお嬢さんなんだ?」
両親はどこぞのお嬢さんだと思っている。でもここでひるむわけにはいかない。
「黒田家で女中をしている、お雪さんという人なんだ。」
淳が思い切って一息に言うと、両親は一瞬固まり、その後二人は顔を見合わせた。
父は何から話したらいいものかうつむいて考えている。
母が口火をきった。
「どこのお嬢さんかと思ったら女中さん?淳、自分が何を言っているかわかっているの?」
母は怒っていいやら悲しんでいいやら、首をかしげて唇をかみしめる。
「わかっている。俺はお雪ちゃんと結婚したいんだ。お雪ちゃんはお嬢さんではないけど、」
そう言って淳は言葉を飲んだ。
両親が言わんとすることもわかる。まさか医者の息子が女中と結婚したいと言い出すとは思ってもみなかっただろう。大概の医者は同業の医者の娘か裕福な家の娘と結婚する。
結婚するとなると、親戚付き合いや医者同士の付き合いもある。そんな時嫁の果たす役割は重要だ。しいてはそれが淳のそして長谷川家の面子にも関わってくる。
淳は両親に大切に育ててもらった恩も感じている。両親の落胆は淳にとっても心が痛い。
しかし、それを踏まえてもやはり、お雪が他の男と結ばれるのは許せない。
「お雪ちゃんはお嬢さんではないけど、優しくて、いつも穏やかで控えめで。影日向なく一生懸命仕事をしている。俺はそんなお雪ちゃんと一緒になりたいんだ。」
淳はそう言うとぎゅっと手を握りしめた。
母は大きなため息をついている。
黙って聞いていた父が、
「その女中さんは何と言っているんだ。」
「まだ、何も言話していない。」
そう言うと淳はうつむいた。
母が気を取り直したように言った。
「あら、なんだ淳の独りよがりなんじゃない。」
「相手が同意していないのなら、話にならないな。」
父は落ち着いてそう言った。
父の言うとおりだ、でもお雪の見合いが迫っていて、淳には時間がない。
「俺の決心は変わらない。明日にでも黒田家に行って、挨拶をしてくるつもりだ。」
淳は思い切って息荒くそう言った。いつも穏やかな息子が荒ぶっている様子に両親は驚くとともに、淳が真剣なことを感じ取った。
「父さんと母さんに反対されても、明日黒田家に行くから。」
淳は自分で言いながら、覚悟が固まった気がした。
「許すわけではないが、なら黒田家のご主人と女中さんに聞いてみるんだな。断られることもあるかもしれない。」
至極当然のように父が言う。
「お父さん、そんな悠長なことを。」
母は納得いかないようだ。
「それでもし、相手方が承諾したらどうするんですか。うちは代々医者の家系なんですよ。そんなどこの馬の骨かわからないような嫁をもらうわけにはいきませんよ。だいたい、そんな女中に医者の嫁が務まるわけ」
「母さん。」
お雪を侮辱され、怒った淳が言葉をさえぎった。
「淳、頭を冷やせ。結婚は一時の感情でするものじゃない。その後の一生を左右することだ。結婚は現実なんだよ。」
父が低く言った。
まっとうな意見を言われるほどに、淳の気持ちは固まって行った。
どこかの金持ちの娘と結婚することがもうまったく想像できない。お雪以外の人と結婚しても幸せになれる気がしない。しかしそれを両親に言ったところで、一時の感情で始末されてしまう。
「父さんの言うとおりだ。黒田家に行って、ご主人とお雪ちゃんの気持ちを聞いてみるよ。」
淳があきらめないことに母が大きなため息をついた。
「お父さん、」
何か反対するようせきたてる。
父もしばらく考えていたが、
「もちろん、この結婚に賛成はしない。まあ、聞いてみればいいじゃないか。おそらく断られるだろう。」
そう言うと、父は部屋を出て行った。
「お父さん、」
そう言って母は父を追って行った。
淳は肩の力が大きく抜けた。
とりあえず第一難関は突破だ。これで明日黒田家に行ける。
黒田家の主人とお雪がどんな返事をするのか、淳にはそこまで考える余裕はなかった。




