お見合い 二
縁談の話はとんとん拍子に進み、お見合いの日取りも決まった。
お見合いまで残り十日となった頃、長谷川淳が黒田家に往診にやって来た。
今日もお雪は庭の草むしりをしている。
「お雪ちゃん、こんにちは。精が出るね。」
淳とお雪が合うのは久しぶりだ。淳はこのところ巷に流行り病があって病院が忙しく、黒田家にもご無沙汰だった。
淳が黒田家に来ないことは、お雪にとっては都合がよかった。顔を見なければ、声を聞かなければ、人の記憶はどんどん薄れるものだ。淳に会うことなく、お雪は嫁に行ってしまえたらと思っていた。
お雪は立ち上がり埃を払いながら挨拶した。
「こんにちは、先生。今日もお世話になります。」
そう言うとくるっと後ろを向いて再び雑草を抜き始めた。淳の顔を見ていたら涙が出そうだ。
いつもと違う様子に淳はあれっと思ったが、もうお雪は後ろを向いてしまったのでそのまま玄関に向かった。何かあったのかな、帰りにでも聞いてみるか。淳は一抹の不安を抱いた。
往診が終わって庭に出ると、お雪はまだ庭の掃除をしていた。
その時、庭のツワブキがさわさわと揺れ、お春がやって来た。
「あら、淳先生、こんにちは。」
両手を胸の前で合わせ、体をくねらせ猫なで声をだしている。
「このところ先生に会えなくて寂しかったんですよ。ねえ、お雪。」
突然お雪にまで話を振って来た。お雪はあわてて立ち上がる。
「淳先生が来ない間に、お雪のお見合いも決まっちゃったんだから。」
お春はお雪の方を横目で見ながらはやし立てた。
「えっ、」
驚いたのは淳である。
「お雪ちゃんがお見合い?」
淳の真剣な様子にお春は何かを感じたようだ。
「そう。お雪は大工の庄太とお見合いするんですよ。穏やかでいい男らしいんですよ。」
お春は嫌みったらしく言った。
淳がお雪を見る。お雪には返す言葉もない。見合いをすることは本当なのだから。
何も言えず下を向くだけだ。
淳は“見合いなんてやめてくれ”と言いたかったが、自分にそんなことを言う権利はない。
やはりお雪にかける言葉が見つからず、そのまま足早に黒田家を後にした。
歩きながら淳は考えた。
お雪が見合いをすると聞いて、自分はなぜこんなにも動揺しているんだろう。
あのときとっさに“見合いをやめてくれ”と言いだしそうになった。俺はお雪に見合いを
してほしくないのか。
お雪が誰かと見合いをする姿を想像すると胸がざわざわして、いたたまれない気持ちになる。俺はお雪ちゃんを好きなのか?
ふと立ち止まると、そこはいつも釣りをする土手の上だった。
釣りをしていると何度かお雪に声を掛けられたことがあった。お雪の笑う顔が目に浮かぶ。「先生にお世話になったから」と言って団子をもらったこともあった。淳の記憶のお雪はいつも穏やかに笑っていた。それが、今日はどうだった?所在無げに下を向いていたじゃないか。もしかしてお見合いが嫌なんじゃないのか?
頭の中でぐるぐると考えが堂々巡りする。
一体俺はどうしたいんだ。わからない。
ただ、お雪が見合いをすることが嫌でたまらない。
それって、お雪ちゃんを他の男に取られたくないってことだよな。
と、淳はやっと自分の気持ちに気が付いたのである。
ならばどうしたらいい。お見合いはもう間もなくと言っていた。
いや、一番大事なのはお雪ちゃんの気持ちだ。お雪ちゃんはその大工と見合いをしたいと思っているのか?
何にしても時間がない。お見合いをして結婚を承諾してしまったら、もうどうすることもできなくなる。その前に何とかしなくては。
自分の気持ちにやっと気づいた淳はこれからどうすべきかと考えながら、家路を急いだ。




