猛アプローチ
その日を境に、ハルの奇妙な猛アプローチが始まった。
大抵日曜日になると、彼は我が家に来て、私に会いにくる。それも、両手から溢れんばかりの見事な花束を抱えて。
「はい、リリィにあげる」
「ちょっとハル! あなた魔法学校の最終学年でしょう? 大丈夫なの? というか、毎週毎週、暇なの!?」
あきれる私を前に、ハルはけろりとした顔でソファに腰掛ける。
「暇じゃないよ。でも、魔法学校は飛び級でもう卒業したんだ。一緒にいられなかった三年間、リリィがどう過ごしてたか知りたいから。……ねえ、教えてよ」
ずるい。そんなふうに真っ直ぐな瞳で見つめられたら、断れるわけがない。
私は毎週末、お茶を淹れながら、自分の学校生活やハルに会えなくて寂しかった日々を少しずつ語って聞かせた。
ハルの三年間も気になったけれど、彼は積極的に話そうとしなかった。それに、また心の壁を感じることを告げられそうで、怖気付いた私はそれ以上聞けなかった。
◇
そうして迎えた、約束の舞台鑑賞の日。
私はハルにエスコートされ、客席の特等席に座っていた。
隣のハルをそっと盗み見る。今日の彼はいつもとは違い、前髪を上げていた。ワックスで艶を出した黒髪が、彼の端正な顔立ちを引き締めている。白のノーカラーシャツにネイビーのテーラードスーツを纏った姿からは、大人の色気が漂っていた。
……ハル、ますます格好良くなってる。
迎えに来てくれたとき、彼に「すごく綺麗だ」と褒められたことを思い出して、今さらながら胸が熱くなる。
今日は悩みに悩んだ末、髪をハーフアップにまとめ、お気に入りのサックスブルーのワンピースを選んだ。耳元には、お母様からもらったパールのイヤリングが揺れている。
なんだか落ち着かない気持ちを誤魔化すように、中指の指輪を弄んだ。
ーーすると、ブザーが鳴り響き、舞台の幕が上がった。私は一瞬で目の前の世界へと引き込まれる。
スポットライトを浴びる魔法使いが繰り広げる魔法は、かつて見たどの舞台よりも圧倒的で、美しく、完璧だった。
鳴り止まない拍手の中、私も興奮で目を輝かせながらハルを振り返る。
「すごかったね、ハル!」
「うん、喜んでくれてよかった」
隣を振り返ると、ハルはどこか誇らしげに優しく笑みを浮かべていた。
その後、ハルは「ちょっと挨拶に行こう」と、私の手を引いて歩き出した。向かった先は、関係者以外立ち入り禁止と書かれた楽屋口だった。
「ねぇ、本当に入っていいの……?」
恐る恐る尋ねながら扉を抜けた瞬間、室内の視線が一斉にこちらへと集まった。
「ーーあ、ハルさん! お久しぶりです!」
なんと、さっきまでステージ上で大歓声を浴びていた主役の俳優が、ハルを見るなり嬉しそうに深く頭を下げたのだ。それだけでなく、周囲のスタッフも、一斉にハルへ敬意に満ちた視線を送っている。
驚きで固まる私に、ハルは耳元でそっと種明かしをするように囁いた。
「実は、一昨年まで舞台の魔法演出の手伝いをしてたんだ。その縁で、今日のチケットを譲ってもらったんだよ」
ハルが繋いだ手にぎゅっと力をこめてきて、私は離すタイミングを失ったことに気がついた。
「ハルさん、やっぱり魔法科医の仕事は忙しい?去年は全然顔見せてくれなかったから」
「そうだな、去年は一年目だから特にキツかった」
私は、かつての仲間たちと楽しそう笑うハルの横顔をぼんやりと眺めていた。
「ハルさんね、魔法嫌いな幼馴染が少しでも楽しんでもらえるようにって、よく言ってたんですよ。最高ランクの魔法適性なんてレア中のレアなんだから、モテモテのくせにね」
俳優さんが繋がれた手に視線を送ってから、揶揄うような顔で私に話しかける。
「それは誤解で……。私は魔法が嫌いじゃないですし、ただの幼馴染です」
「『ただの幼馴染』?」
ハルの声が、低く愉しげに、だけどどこか執着を孕んで響いた。
彼は私の肩を掴むと、楽屋の壁際へとぐっと追い詰めた。
周囲のスタッフが気を利かせて、そっと離れていく。彼の真剣な眼差しに捉えられて、周りの世界が遠のいていった。
「毎週、本気で口説くために花束を持って会いにいってたのに、まだ幼馴染のつもり?」
「え……っ?」
「この四年間、リリィに嫌われたと思って絶望してた。だから、医師を目指しているリリィに認めてもらえるように死に物狂いで勉強して、魔法医になったんだ。……もう、幼馴染のままは限界」
ハルは私の右手をすくい上げ、指輪越しの中指にそっと口付けた。
「リリィ、ずっと好きだった。俺と付き合って」
あまりの急展開に、私の頭は真っ白になる。
「……か、考えさせて! 」
私は顔を真っ赤にしてなんとか答えると、ハルは悪戯っぽく、だけど強い光を瞳に宿して微笑んだ。
「いいよ、いくらでも考えて。ーーでも、もう絶対に逃さないからね」
そう囁くハルの魔法にかかったように、私の心臓はドクドクと激しく高鳴っていた。
◇
それ以降も、ハルはだいたい週に一度、花束を抱えて会いに来た。一度も告白の返事を催促されたことはないけれど、私の方が妙に意識してしまって、まともにハルの顔を見ることができなかった。
「そういえば、お父様が今後病院のみんなで納涼会をするからハルも来ないかって」
「いつ?」
日程を伝えると、「その日は参加は厳しそう」と残念そうに眉を下げていたのだけれどーー
会も終盤に差し掛かった頃、息を切らしたハルが駆け込んできた。
「あら、リリィちゃんに会いに来たの?」
周りの看護師さんたちが、酔いの回った口で囃し立てる。
「それだけではないですけど」
そう答えて、ハルはお父様のところへ行って、なにやら話をしていた。
「ねぇ、リリィちゃん、ハルくんとは付き合ってるの?」
「えっ」
『ただの幼馴染』と答えたら、また何かハルに言われちゃうのかな?
そう考えて、言葉に詰まっていると、
「まだ、付き合ってないです」
いつの間にか後ろにいたハルが事もなげに答えた。
「キャー!」「『まだ』、だって!」と、看護師さんたちが一気に盛り上がる。
「……な、何言ってるの!?
ほら、もう遅いから全然残ってないよ。ハルも飲む?」
「普段は飲まないんだけど……リリィが付き合ってくれるなら」
そう言って、ハルは私の隣に腰を下ろした。
それからどれくらい経っただろう。
酔いでほてった頬を夜風が撫でて、気持ちがいい。頭が少しふわふわして眠たいけれど、まだ寝たくない。隣のハルの肩の位置がちょうど良くて、このまま眠ってしまったら、良い夢が見られそうだと思った。
「絶対、寝るなよ」
耳元でハルの低い声が聞こえたから、口に出ていたのかもしれない。
「……私ね、ハルのことが大好きだったの。でも、諦めたの。だから、今さらどうしたらいいのかわかんないの」
酔った勢いで、ずっと胸の奥に閉じ込めていた本音が溢れ出てしまう。
ハルは諦めないの……?
そう問いかけたくて、ハルの顔を見上げた。
久しぶりに、あの綺麗なブルーグレーの瞳と真っ直ぐ見つめ合う。
「悪い男に捕まっちゃったね。四年間、指輪を付けてくれていたリリィを、もう一瞬でも手放すつもりはないよ」
あれ、指輪のおまじない、もうなくなっちゃったのかな……。
ハルの言葉が聞こえてくるけれど、それはまるで夢の中のようだった。
至近距離で見るハルは、仕事終わりだからか、すごく疲れた顔をしていた。
どこで働いているの?
どんなことをしているの?
いつお休みなの?
頭の中に次々と疑問が浮かぶ。
「去年から王都の総合病院で魔法科の医師として働いてる。スケジュールによるんだけど、週末が休みになることが多いかな」
王都って、ここからすごく遠いのに……どうやって?
「今年から、転移魔法陣を使った通勤を許可してもらって実家に戻ってきた。できる人が少ないからって理由で認められてなかったから、直談判した。
ーー他は?あとは何が知りたい?」
夢の中のハルは、愛おしそうに目を細めて私を促す。
……今度ね、学校の行事で山登りしなくちゃいけなくて、最悪なの。
「え、もう終わり?
リリィが俺のことに興味を持ってくれて嬉しかったのに」
心底残念そうにハルが言う。その様子があまりにもおかしくて、私はクスクスと笑いながら、そのまま幸せな気分で深い眠りに落ちていった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、明日更新予定です。




