9 ルリカと新しい任務
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神異対策局の遠津木県南支部で働き始めて、一ヶ月ほどが過ぎた。
試用期間も無事にクリアし、仕事にも何とか慣れてきた頃、私とルコウさん、そして彼女の契約神異であるワタゲさんは、支部長さんに呼ばれた。
「君たちには、とある仕事を頼みたい」
「なんです?」
「とある五行家系の家の調査だ」
「五行家系の家の」
「調査?」
そういう仕事もあるんだ。
「ターゲットは凍土家という、玄冬院家の分家筋だな」
玄冬院家は膨大な魂力を持ち、魂術の扱いにも長けた一族だ。
他の五行家では、治癒や肉体強化などの血族由来の〝天賦〟しか発現しないが、玄冬院家では、一人一人異なる天賦を発現するのが特徴だ。
「その凍土家について、何を調べるんです?」
「その家には元々、優秀な跡取り息子がいたらしいが、その人物が亡くなり、本家から子供を養子に迎え入れたそうだ。
しかし、養子に入って以来、屋敷の外でその子の姿を見た者がまったくいない。何かよくないことが起きているかもしれないと、玄冬院家の人間から内々に連絡があった」
凍土家……なんか聞いたことがあるような気がする?
「へえ、本家から分家へ養子に出すなんてことがあるんだな?」
確かに、ちょっと不自然?
嫁や婿に出すなら分かるけど、本家の子供を分家に渡すかな?
私の元婚約者のイソトマ様も珍しい〝天賦〟を持っていたから、分家から本家へ養子に行ったらしいけど……そういえば、彼も玄冬院家の血筋だった。
「つまり、そうしてもいい子供だったということだな」
「へぇ、本家で厄介者扱いされていた子供か……」
ルコウさんの気配が、わずかに険しくなる。
それはつまり、邪険にされていた子供ってことかな?
まあ、玄冬院家は珍しい〝天賦〟を持っているだけで、本家に引き取られるから、実子と養子を合わせると、相当な数の子供がいることになる。
中にはそういった子供がいても、不思議ではないかも?
ん〜? なんとも、既視感のある話だ。
ちなみに、五行家のそれぞれの当主は、正妻の他に側室を複数持つことが許されているし、推奨されている。
血族を増やさなければ、神異と戦える人員が減ってしまうからね。
私のお父様も側室が二人いるし、母親の違う兄弟姉妹もいる。
「つーか、玄冬院家の人間? 本家からの正式な依頼じゃないのか?」
「ああ。連絡を寄越した人物のことは明かせないが、身元は確認している。信用できる人物だ」
「調査、ということは、まだ凍土家が何かしているという、確固たる証拠はないんだな?」
「そういうことだ。だから君たちには、まず事実関係を調べてもらいたい」
「それは、急いだ方が良さそうですね!」
虐待されている可能性があるなんて……その子が心配だ。
「まあ、子供といっても今年で十九歳だがな」
「……って、アタシより、一個下じゃねーか!」
「意外と大きいですね……」
私より一歳上だ。
「だが、何かあってからでは遅い」
「何かっていうのは……」
「玄冬院本家の血を引く者なら、間違いなく膨大な魂力を持っている」
「……暴走の可能性があるってことか」
「ああ。もし虐待されており、その怒りや悲しみが積もり積もって爆発でもしたら、甚大な被害が出るだろう。最悪、神異に転化するかもしれない。
そうなる前に、その子を救出してほしい。それが今回の任務だ」
玄冬院家。養子に出された子。膨大な魂力。そして、魂力の暴走の可能性。
あれ? これって……?
◇
それから私たちは、〝凍土家〟について調べ、任務計画を立てることにした。
玄冬院家の分家であり、その名の通り氷系の魂術が得意な一族だった。かつては、優秀な退異師も数多く輩出していたそうだ。
しかし、現代ではその血も薄まり、〝天賦〟が発現しないうえ、魂力も減少し、魂術もほとんど使えなくなってしまったらしい。
その理由は、何代か前に血筋ではない者が当主になったからだとか、神異に呪われたからだとか、いろいろ言われているが、定かではない。
現在は、退異師や対策局に関わる仕事をしている者は少ないが、魂力を込めた水晶『魂力石』を販売することで、莫大な財を築いているとか。
「魂力が少なくなっているのに、ですか?」
『魂力石の販売を始めたのは、五年くらい前だな』
ワタゲさんも話し合いに参加している。
「養子をもらったのも五年前だ」
支部長さんが補足する。
「これ、そういうことですよね?」
『だな』
「玄冬院家から来た養子に、〝魂力石〟を作らせている可能性が高いな」
「それが本人の意思でなければ、虐待ですよね?」
「まずはその子の安否確認をして、もし虐待されていることが分かれば、そのまま救出するという流れになるか」
「ああ。未成年者への虐待は、当然ながら犯罪だ。
それに、特別な理由がない限り、魂力を持つ未成年者に無理矢理〝魂力石〟を作らせてはいけない。後者は法律ではなく、退異師や魂術師の間の常識だがな」
特別な理由とは、魂力が多すぎて害になり、自身の肉体を傷つけてしまうなどの場合だ。
その場合でも、莫大な財を築けるほど大量の魂力石を作らせたりはしない。
ちなみに、この世界の日本では、二十歳から成人として扱われる。そのため、十九歳の彼はまだ未成年なのだ。
『では、養子の子供の救出に動くのか?』
「そうなるな」
「えーと、でも、私たちだけで、ですか?」
私、入局一ヶ月くらいの新人なんですが。
「他に人員がいないからな。地方はいつでも人手不足だよ。
本来、入局するはずだった新人は、直前で飛んでしまったし……。まあ、ルリカには感謝しているよ」
「アレは仕方なかっただろう? 事実上、死亡扱いの行方不明者になったんだから」
『むしろ、ここは人が多いほうらしいがね』
「それに、ルリカは入局したばかりだ。だから、顔が割れていない」
「え? それって、どういうことですか?」
なんだか、とても嫌な予感がする。
「潜入するには、もってこいということだ。五行家系の屋敷は、分家でもたいてい広いから、使用人を雇う。だが、神異関係の家は危険も多いから不人気なんだ。応募すればほぼ採用されるぞ?」
「ええ!? 私が潜入するってことですか!?」
「それが一番、手っ取り早い。ワタゲもつけてやるからガンバレ!」
「ワタゲさんも? 間違えて、退治されません?」
「人と契約している神異は、大丈夫だ。そもそも、血が薄れている家だから、神異の気配も探れないだろうさ」
「まあ、それなら。……そういえば、養子の子の名前は何ですか?」
「たしか……『玄冬院ニゲラ』だな」
「え?」
「ああ、養子になったから、凍土ニゲラか」
……マジか。
既視感の正体が分かった。
◆◆◆
「おい、いつまで寝てるんだ!」
「──っ!」
寝ていた……というより、気を失っていたところへ、いきなり水をかけられて飛び起きた。
「魂力石が足りん。準備しろ」
「……はい」
昨日も限界まで魂力を絞られたので、まだ完全には回復していない。
だが、死ぬことなく、死ぬほど疲れている程度で済んでいるのは、俺をこんな体に生んだ母と、血縁上の父親のおかげだろう。
そんな考えに至り、反吐が出そうになる。
濡れた寝間着を脱ぎ、新しい寝間着に着替える。
外に出ることがないから、俺が持っている服は白無地の寝間着しかない。
着替えを済ませて作業室へ行くと、来るのが遅いと家主に殴られた。
文句は使用人に言ってほしい。
水をかけられたせいで、着替えに時間がかかったのだから。
まあ、この体は殴られたところで、あまりダメージを受けないんだがな。
「ではさっさと、魂力を込めろ。終わらなければ、飯はないからな!?」
作業室に入ると、水晶の欠片が山盛りになっていた。
磨かれていない、原石の状態のやつだ。どれも手で握れるほどの大きさだ。
「はい……」
まったく、ほとんど食事をとっていなくても死なない体が、恨めしい。
家主は監視役の使用人を残し、ドスドスと足音を響かせて作業室を出ていった。
俺はため息を一つ吐いてから、水晶の山の前に座る。そして、一つずつ手に取り、自分の魂力を込め始めた。
魂力を込めすぎると、水晶が割れてしまうので注意が必要だ。
そうなると、また殴られるし、せっかく込めた魂力も無駄になるからな……。
魂力を十分込めると、透明だった水晶は深い紫色に変わる。
玄冬院本家の血筋なら、普通は深い青か艶やかな漆黒に変わるはずだ。そうならないのも、俺が本家を追い出された原因の一つだった。
だが、もうそろそろ、俺をここまで生かして育ててくれた恩は返せたと思うんだよね……。
俺は、監視している使用人に悟られないように、水晶に魂力を込めつつ、とある魂術も仕込む。ついでに、魂術を仕込んでいない魂力石もいくつかくすねておく。
幼い頃、密かに血縁上の父からさまざまな魂術を教わったことが、ここで役に立つとはね。
その父も、俺が養子に出されて以降、消息は不明だ。
そもそも、探す術が俺にはないのだが。
◇
仕事が終わったのは、午後になってからだった。
自室に戻ると、今朝脱ぎ捨てた寝間着は回収されており、新しい寝間着が用意されていた。
そのあたりは、面倒を見てくれるらしい。
「食事でございます」
そして、この日初めての食事が運ばれてくる。
雑穀米と、具の少ない味噌汁、そして漬物が数切れ。
白米だけを食べるより健康そうだ。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、食事を運んできた若い女中は、顔を赤らめて、部屋を出て行った。
あれを利用すれば、ここから逃げ出せるだろうか?
……いや、今の俺にはそうするだけの気力がない。
俺はとりあえず、質素極まりない食事に手をつけた。
しかし今では、それすら胃が受け付けなくなり始めている。
何とか食事を胃に押し込み、食べ終えた膳を部屋の外に出すと、早々に横になった。
布団はあるが、ほぼ毎朝、寝起きに水をかけられるため、今では使っていない。
まあ、さすがに冬場だけは、毛布を使うが。
このまま、人外の暮らしを強要されていると、父方の血が勝ってしまうかもしれない。
そうなると、俺はどうなってしまうのだろうか?
果たして、人間らしい自我が残っているのだろうか?
俺は、それが怖い。
だから、人間として有ることに縋りついている……。




