8 ルリカと巡回
◆
「おはよーさん」
『遅刻しないで来たか』
翌朝、事務所へ出勤すると、ルコウさんとワタゲさんが出迎えてくれた。
「おはようございます」
「今日は、アタシとワタゲと一緒に、見回りに行く」
『実践研修だ』
「なるほど。よろしくお願いします!」
準備を済ませると、ルコウさんの車で早速出発した。
「うちの支部はこの県の南部を担当してるから、所属している退異師は、大抵二、三人で組んで、担当地区を巡回する。
担当地区は、二、三年ごとに変わる。これは、慣れや不正を防ぐためらしい」
この県では、北部、中央部、南部の三か所に対策局の支部がある。
ちなみに、私はルコウさんの車の助手席に座り、膝の上にワタゲさんを乗せている。
「見回りといっても、車で決まったコースを回って、車で行けない場所は歩いて向かうだけだ。そこまで大変じゃない。
事務所にいる千里眼持ちのおかげで、禍津祠や神異のおおよその場所は分かるが、近くまで行ったら、あとは現地を歩いて探すしかない。
まあ、魂力持ちは神異や禍津祠の気配が分かるし、近隣住民も協力はしてくれる」
『禍津祠はまるで、雨が降った翌日のキノコみたいに生えてくるからな。昨日はなかった場所に、今日は発生していることもある』
それ、神異であるワタゲさんが言っていいの?
ああでも、人間と契約を結べる神異は、生まれたときから、ほかの神異とは性質が違うらしいから、言ってもいいのかな?
「アオハも言っていたが、神異がまだ生まれていない禍津祠は、千里眼では捕捉しづらいらしい。朱塗りの祠は逆にすぐ分かるんだがな」
「なるほど……ところで、ワタゲさん。なんだか小さくなってません?」
車に乗り込んだとき、ワタゲさんの体は小型犬くらいの大きさになっていた。
ホワホワした真っ白な毛並みも相まって、まるでポメラニアンだ。
顔つきは精悍だけど。
なお、元の姿なら、人を背中に乗せられそうなほど大きい。
『元の姿では一般人が怖がるからな。そもそも、車にも乗れぬ』
「というわけで、巡回のときは小さくなってもらうんだ」
「なるほど〜」
神異って便利だ。
そうして、私たちは担当地区の巡回を始めた。
私たちが担当することになったのは、県南支部の事務所が置かれている市内。
県南部で二番目の広さを持つ市なので、複数の退異師が手分けして巡回している。
私の担当が事務所のある市内になったのは、新人に何かあっても、事務所がすぐに対応できるようにするためだ。
さすがに個人宅の敷地内までは立ち入れないが、公道や公共施設などを、決められた巡回経路に沿って見て回る。
「あ、あれ!」
巡回を始めて間もなく、新たに発生した禍津祠を見つけた。
まだ神異が生まれていなかったので、真名を読み上げた後『見つけました。お帰りください』と宣言することで、禍津祠を駆除することができた。
「あ! 退異師さん? 神異が出ちゃったの!」
「どこですか?」
しばらく巡回していると、声をかけられた。
こんな感じで、この世界では神異の発生が日常の一部になっている。
まるで、異世界ファンタジーの魔物みたいだ。
「こっちこっち!」
近所の奥さんに案内されて向かった先には、一軒の廃屋があった。
その家の壁に、でっかい蝶が止まっている。間違いなく神異だ。
前世はもちろん、この世界にも、こんな巨大な蝶はいない。
「ああ、これは……」
「春先になると、こういうのが出るから嫌よねぇ」
田舎だからか、神異に対してもこんな反応である。
まあ、実際に春先は虫系神異が多いらしいが……。
「とりあえず、倒そう。ワタゲ!」
『おう!』
「ルリカはアタシの援護を頼む」
『蝶形は鱗粉に毒がある。周囲に結界を張ったほうがいい』
「分かりました」
ワタゲさんの助言を受け、お札を使い、周囲に結界を張る。
それが済むと、ルコウさんが魂力で指先に小さな火を起こし、それを蝶形神異に投げた。
戦闘開始だ。
『ギュアッ!?』
蝶形神異が飛び立つ。
頭部は丸ごと巨大な目玉になっており、六本の脚は、すべて人間の腕の形をしていた。その黒い羽には、髑髏のような模様があり、とても不気味だ。
巨大な蝶形神異が羽を大きく羽ばたかせると、辺り一面に鱗粉が舞った。
あらかじめ結界を張っていたので、周囲に飛散することはない。
私はそれを、『火の浄化』のお札で焼き尽くす。
普通の火とは違い人に害をなすモノだけを焼き尽くすことができる。
「やるな!」
ルコウさんは携えていた刀を構えると、一気に蝶形神異との距離を詰め、勢いのまま跳躍した。空中で刀を閃かせ、一瞬にして六本の腕を切断する。
『──っ』
跳躍の勢いを失い、落下するルコウさんの背中にしがみついていたワタゲさんが飛び出し、その爪で蝶形神異の核である目玉を切り裂いた。
ええ!? 凄い威力!
まあ、小さくなっても、能力までは弱くならないということか。
目玉を破壊され、蝶形神異は黒い煙になって消滅した。
「あとは、禍津祠だな」
「手分けして探しましょう!」
毒性のある鱗粉が残っていないことを確かめ、周囲に張っていた結界を解除した。大抵は本体の神異が倒されれば、その神異の影響はなくなるが、念のため。
基本的に、神異は自分の禍津祠の近くから動くことができない。
行動できる範囲は神異によってまちまちだが、あの様子だと、蝶形神異は生まれたばかりだろう。それなら尚更、禍津祠は近くにあるはずだ。
ちなみに、神異は力を増すほど、行動できる範囲も広がるらしい。
そうして気配を追いながら探していると、蝶形神異がいた廃屋のそばの路地に、禍津祠があった。
「ルコウさん、祠見つけました! 勝利宣言をします!」
「頼んだ!」
私は禍津祠の御扉を開け、そこに記された真名を確認した。
「『黒蝶主』は討伐しました! こちらの勝ちです!」
その言葉で、禍津祠は消滅した。
こうして、私の初めての神異討伐は終わった。
「ありがとね〜」
「何かありましたら、またご連絡ください」
ルコウさんの言葉と共に、私も頭を下げる。
「新人さんもありがとね! 頑張ってね!」
「あ、ありがとうございます!」
神異を見つけた奥さんもお礼を言って自宅へ戻っていった。
お礼を言われて、何だか胸がポカポカした。
◇
黒蝶主を討伐したあとも巡回を続け、神異が生まれる前の禍津祠をいくつか発見した。すべて駆除し終えたころには、辺りは暗くなり始めていた。
ようやく巡回業務が終わり、事務所へ戻る。
ワタゲさんは後部座席で丸くなって眠っていた。
「どうだった? 初めてのお仕事は?」
事務所に戻る車の中で、ルコウさんが言った。
「そうですね……面接の時よりはマシでした?」
「あ〜、最初にあんなのを経験しちゃったら、そうなるよな〜」
言いながらルコウさんは笑う。
「あれは、衝撃的でした」
「あんなのはさすがに稀だけどね。ああなる前に、アタシたちがなんとかするから。
まあ、だからこそあそこまで被害が出てからじゃないと、対策局が気づかなかったというのは、おかしいんだがな」
「確かに……」
神異や禍津祠を千里眼で観測できる人が、あれほどの異変に気づかなかったとは考えにくい。
となると、誰かが意図的に神異を発生させたか、千里眼持ちの方が、わざと知らせなかったか……?
まさかね。
そんな話をしながら、私たちは事務所へ戻った。
◇
事務所へ戻ったら、その日の報告書を書いて提出するのが日課らしい。
忙しいときは後日でもいいらしいけど、私は面倒なことは先に終わらせたい性分なので、エビネさんに書き方を教わりつつ、報告書を完成させた。
完成した報告書をその日のうちに提出すると、副支部長のアオハさんに、驚くほど喜ばれた。
みんな、そんなに報告書を出さないのかな?
ルコウさんは、過去の分も含めて未提出の報告書をためていた。そのため、今日中にすべて提出するよう支部長さんに命じられ、残業することになったらしい。
「手伝いますか?」
「マジ!?」
「ルリカさん、ルコウを甘やかさないでください!」
と、アオハさんに、すかさず止められた。
「そもそも、入局二日目の新人ちゃんに手伝ってもらうとか、先輩としてちょっとナイわね〜」
エビネさんまで、呆れたように言う。
「ぐぬぬ……」
『主よ、さっさと終わらせろ』
「というわけで、ルリカちゃんは先に帰って大丈夫よ〜」
「わ、分かりました! お先に失礼します!!」
「そんな〜」
ルコウさんの声に少しだけ罪悪感を覚えつつ、私は事務所を後にした。
外はすっかり暗くなっていた。
空には、星が輝いている。
異世界とはいっても、ここはパラレルワールドの日本だ。月は一つだし、夜空の景色も前世の日本とほとんど変わらない。
むしろ、前世にいたころよりも、よく見える気がする。
「……」
春とはいえ、日が沈むとまだ肌寒い。
しかし、その冷たい空気が、緊張と疲れで火照った体を心地よく冷ましてくれる。
私は、ほどよい疲労感を覚えながら帰路に就いたのだった。




