7 ルリカと初出勤
◇◆◇
あの怒涛の面接(?)から一週間後。
この日は、私の初出勤だ。
前世で経験した、バイトの初日を思い出すけど、やっぱり緊張する。
でも、深呼吸をして……よし!
「おはようございまーすぅ!?」
事務所内に入ると、そこには、疲れ果てた様子の人たちが、そこかしこに倒れ込んでいた。
「あ、おはよう新人ちゃん……」
「エビネさん!? 何があったのですか!?」
あの美女然としたエビネさんが、見る影もないほど疲れ果てている!
「この一週間、色々あってね。でも、新人ちゃんの研修には影響ないから、大丈夫よ〜」
「全然、大丈夫そうに見えないですね」
「大丈夫、大丈夫〜。これ、制服のジャンパーね。あと、腕章。ジャンパーを着ないときは、これを左腕につけておいてね。証明写真は持ってきた?」
「はい。あと、必要な書類も」
「ありがとう。顔写真付きの身分証は、二週間くらいでできるから、それまではこの仮身分証を使ってね」
「分かりました」
私は、厚紙製の仮身分証を受け取った。
そこには、私の名前と所属などが簡潔に書かれていた。
それを一緒にもらった名札ケースに入れて首から下げる。
「あとは、こっちで用意した書類にも署名してもらう感じね〜」
まずは、対策局で働くために必要な書類へ署名し、入局の手続きを行った。
それが終わると事務所内を軽く案内され、更衣室にある自分用のロッカーの鍵をもらった。
そうしているうちに午前中は終了。
出勤したときに事務所内で転がっていた方々は、いつの間にかいなくなっていた。
みんな巡回に行ったらしい。
ただし、緊急時に備えて、待機室には数人が残っているそうだ。
そうして、昼休みとなった。
同じくお弁当を持ってきていたエビネさんと、一緒に食べることにした。
「午後は退異師として働くための研修ね。アオハ君が戻ってくるから、彼に教わって」
「はい。そういえば、事務所に人が少ないですね」
「普段は持ち場の巡回が主な仕事だからね。たまに、強力な神異が発生してイレギュラーな仕事が入るけど、大抵は、生まれたばかりの弱い神異の討伐と、禍津祠の処理がお仕事よ」
「なるほど」
神異って、そんなに頻繁に発生するんだ。
そういえば、原作漫画も、主人公の家族が神異に襲われるところから物語が始まったっけ。
原作の物語も、もう始まっているのだろうか?
私の記憶では、原作第一話の出来事が起きるのは今年だったはずだ。日にちは覚えていないけど。
「午後はせっかくだから、ジャンパーを着て研修を受けましょう」
「はい!」
そうして昼休みは終了した。
◇
昼休みが終わると、荷物をロッカーに置き、支給されたジャンパーを着た。
首から下げた名札ケースも、動かないよう胸ポケットに留めた。
支給されたジャンパーの色は、瑠璃色にしてもらった。
理由は、私の名前にちなんで選んだ。まあ、私の髪色とも近いし、変ではないと思う。多分。
指定された会議室に向かうと……。
「や、やあ、久しぶり……」
「お久しぶりです……」
明らかに疲れ切っている朱夏院アオハさんが、出迎えてくれた。
「ルリカ。元気だったか?」
『元気そうではあるな』
「ルコウさん! 狼さんも元気になって、良かった!!」
『お主のおかげだな』
「ちなみに、コイツの名前はワタゲだ」
「ワタゲ?」
「禍津祠の中にある真名じゃなくて、あだ名というか、呼び名みたいなものだから、普通に呼んで大丈夫だ」
『人間と契約している神異は、真名を知られても問題はないけどな』
「分かりました。よろしくお願いします、ワタゲさん」
『うむ、よろしく』
「それで、どうしてルコウさんも研修に?」
今から始まるのは、新人研修だけど……?
「午後は巡回の予定がないからな。アオハが粗相しないか、監視してるんだ。まあ、待機組だ」
「まだ提出されていない報告書が、いくつかありますけどね!」
「それは、この後書くさ」
「まだ書いていないと……? 一体、いつの任務だと……」
「アタシのことはいいから、早く研修始めろよ」
「はあ、今週中にはすべて提出してくださいね?
それでは、研修を始めます」
「よろしくお願いします」
研修では、改めてこの国のことについて教えられた。
日ノ本皇国では『神異』と呼ばれる化け物が跋扈している。
神異が現れ始めた正確な時期も、その理由も分かっていない。
ある者は国が行った実験の結果だといい、またある者は異世界からやって来た存在だと唱えている。
しかしその原因は、いまだに分からない。
ただ、神異は日ノ本皇国にしか存在せず、それによって、他国の侵略からも守られている節があるらしい。
ただし、人間と契約した神異だけは、契約者に同行して国外へ出ることができる。
神異は、唯一の生命維持源である魂力を得るために、人間を喰らうらしい。人間以外のものも口にはできるし、味も分かるが、それだけでは体を維持できないそうだ。
まあ、食材にも微量の魂力が含まれているため、まったく体の足しにならないわけではないらしいが。
また、人間と契約できる神異は、通常の神異とは生まれ方からして異なる。
通常の神異が石造りの禍津祠から生まれるのに対し、人間と契約できる神異は、朱塗りの祠から生まれるらしい。
祠の呼び名も、禍津祠と区別して、そのまま〝朱塗りの祠〟と呼ばれている。
神異が必ず備えている人間の身体部位は、体内に隠されていることが多く、弱点となる目玉状の核は、自分の意思で体内を移動させることができるらしい。
力を増すほど、そうした操作も容易になるとか。
朱塗りの祠から生まれた神異は、発見し次第、保護することが定められている。
敵性か友好的かにかかわらず、神異は神と妖怪の中間にあたる存在らしい。
そして、人間に危害を加える神異を退治する人々もいる。
その中でも特に有名なのが、青春院、朱夏院、白秋院、玄冬院、土用院と呼ばれる家で、まとめて五行家と呼ばれる。
私の実家である青春院家は、そんな家の一族の一つだ。
五行家の一族は、それぞれ固有の〝天賦〟と魂術を受け継ぎ、互いに協力して神異に対抗している。
青春院家の場合は、治癒系の〝天賦〟と〝符術〟がそれに当たる。
五行家は、家同士の結びつきを強め、互いを監視するために代々、家同士で婚姻を結ぶことがあるのだが、私とイソトマ様は、その慣例によって婚約した。
他の家に嫁いでも、その子供は父母いずれかの〝天賦〟を受け継ぎ、その性質に適した家で修行するのが習わしだ。
そして、神異対策局には、そうした能力を持つ人々が所属しており、神異の討伐を主な任務としている。
ちなみに国の認可を受けた準公的機関である。
対策局に所属し、神異の討伐を担当する者を〝退異師〟と呼ぶ。
つまり、対策局に採用された私も、今日から退異師ということになる。
そして、対策局に所属せず、魂術を生業として使っている者は〝魂術師〟と呼ばれる。また、彼らが依頼を受けるためのギルドも存在する。
「次は、神異が発生する仕組みと倒し方についてです。ルリカさんは知っていますか?」
「あ、はい。まず発生方法は──」
神異が発生する前には、まず〝禍津祠〟と呼ばれる祠が出現する。
禍津祠の発生理由は様々だが、生き物の死体や誰かが意図的に禍津祠の元を設置することで発生する場合もある。
そして、神異は禍津祠から生まれる。
生まれた神異は様々な形状をとるが、大抵の神異は、核となる一つの目玉と、人体の部位を持っている。人体の部位を破壊すれば弱体化し、目玉状の核を破壊すれば倒すことができる。
「まあ、例外はいるけどな」
『儂が持つ人体の部位は体内に隠れておるから、そそう易々と弱体化させられはせぬ。それに、弱点の目玉も隠しておる!』
と、ドヤ顔のワタゲさん。
「朱塗りの祠から生まれた奴は、大体そんな感じだがな」
「ふむ。神異についてよく学んでいますね。早苗鳥家での活躍も素晴らしかったですし、どこかで修行を?」
「あはは、一応青春院家の分家出身なので……」
アオハさんの言葉に、濁して答える。
そういうことになっているのだ。
「そして、神異を倒したあとは、禍津祠の御扉を開け、中に書かれている神異の真名を唱えながら勝利宣言をすれば、禍津祠も処理できます。
これをしないと、同じ神異が復活してしまいますので注意です」
「まだ神異が発生していない場合は、真名に続けて『見つけました。どうぞ、お帰りください』と言えば、禍津祠は消えるぞ」
「なるほど」
この辺りのルールは、鬼ごっこのような子供の遊びっぽい。
なお、宣言の意味さえ通じれば、細かな文言は問われないため、人によって言い方は違う
「他にも、人から転化して神異になる者もいる。この辺りでは、婿取山の主が有名ですね」
「はい」
よく知っていますとも。
あれから一ヶ月近く経つけど、イソトマ様はどうなったのだろうか?
送ったメールにも、いまだに返信はない。
まあ、もう他人になった私が、心配することではないのだけど……。
「人が神異へ転化する条件には法則性がなく、詳しいことは分かっていません
しかし、強い恨みや誰かに対する激しい嫉妬など、負の感情が引き金になることは判明しています。
また、生まれつき多量の魂力を持っていることも、転化の要因になるようです」
「つまり、事前に防ぐ方法はないと?」
「そうなります。そして、人から転化した神異は、ほとんどの場合、強力です。もし遭遇した場合は、決して交戦せず、すぐに撤退してください」
「はい……」
青春院家の魂術は、戦闘向きではないからね……。
「我々の普段の仕事は、主に神異の討伐と、禍津祠が発生していないか確認するための巡回です。
神異の発生を感知できる人物が、各支部に最低一人はいますが、まだ神異を生み出していない禍津祠は感知しにくいため、地道に探すしかありません」
ここでの仕事は外勤が基本らしい。
「まあ、巡回といっても、ほとんどは車だけどな。車が入れない場所は、歩いて調べるしかないけど」
「神異の中には、ワタゲ君のように人間と契約できる者もいます。人間と契約した場合、祠は消滅し、契約者が祠の代わりとなります
つまり、契約者が生きている限り、その神異も死ぬことはありません。ただし、契約者が死亡すれば、神異も同時に死にます」
「なるほど〜」
こうして初日は、事務手続きと基礎研修だけで終わった。
明日からは、実際の巡回に同行するらしい。
緊張する〜。




