5 ルリカと内定
◇
「──いぃっ!?」
私は血の気が引くのを感じつつ、腰に付けているお札ホルダーから、お札を取り出し、魂力を込めながら投げる。
私の前に防御壁が展開された直後、二体目の神異の縦に裂けた口から伸びた手が壁に弾かれ、バチンッと激しい音を立てた。
びっくりしたー! 危なかったー!
「どうした!?」
「神異です! もう一体いました!!」
こいつは、居間にいた奴より少し小さいか?
「なんだと?」
「こちらはなんとか対処しますので、支部長さんは早くそちらを片付けてください!」
「──仕方ない。無理はするなよ!」
「はい!」
さて、どうする? ルコウさんを呼ぶのは……無理そう。
スマホを出している余裕がない。
ひとまず、支部長さんと離した方がいいか。
二体を同時に一人で相手するのは、さすがにキツいだろうし。
今日持ってきたお札は……よし、これで行こう。
防御壁を生み出していたお札が燃え尽きると同時に、私は二体目の神異へ声をかけ、その注意を引いた。
「ほらほら〜、こっちだよ〜」
さあ、できるだけ大きく、その口を開いてくれ。
『──』
二体目の神異は何も答えず、縦に裂けた口から、再び何本もの細い腕を伸ばしてきた。
その口が大きく開いた瞬間、私は別の札を投げた。
効果は〝金縛り〟。対象の肉体に作用し、その自由を奪う札だ。
狙いどおり、二体目の神異の動きが止まった。
そして、私はさらに別の札を投げた。
『ギィッ!?』
投げた札から氷の杭が形成され、二体目の神異の目玉へ突き刺さった。
こちらの効果は〝氷刃〟。
〝氷刃〟で形成する氷は、ある程度なら好きな形に変えられるのだ。
そして、目玉を破壊された二体目の神異は、黒い煙となって消えた。
た、倒した……!
膝から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
神異を倒したのは、実家での修行以来だな。
骨天魚主のトドメはルコウさんだったし……。
その時、銃声が響いた。
支部長さんだ。
「大丈夫か!?」
支部長さんが居間から顔を出す。
「だ、大丈夫です。支部長さんは?」
「こちらも倒した。ルコウと合流しよう」
「はい」
私と支部長さんは外に出た。
「ルコウさん!」
「ルリカ? 支部長も。神異は倒したのか?」
「ああ。二体いた」
「こちらも丁度、禍津祠を見つけたところだ。
禍津祠が二つあったから、神異も二体いると分かってな。加勢に戻ろうとしていたところだ。」
ルコウさんの視線の先には、確かに二つの禍津祠があった。
大きさからして、同時期に発生してそれからさほど経っていないようだ。
二つの禍津祠の内陣には、それぞれ、〝縦口主〟と〝大口主〟と書かれている。
「神異の片方は、彼女が倒した」
「え? ルリカが?」
「運が良かったんです」
「とても助かった」
「弾の装填が必要ないくせに、何やってるんすか?」
「面目ない。それじゃあ、勝利宣言をしよう」
「はいはい」
「『縦口主、討伐完了。これより終幕を宣言する』」
「『大口主、討伐完了。これにて終い』」
支部長さんとルコウさんが、それぞれの禍津祠で勝利宣言をする。
すると禍津祠は、神異と同様に黒い煙となって消えた。
禍津祠が消えたあとには、紐でぐるぐる巻きにされた木製の人形が、二つ残されていた。
明らかに、人の手で作られたモノだ。
それが二つも、同じ家の敷地内に? ……妙だな。
「ん? これは……」
「回収して調べるか」
支部長さんはジャンパーのポケットから二枚のチャック付きポリ袋を取り出すと、人形を一つずつ入れて回収した。
原作漫画でも、禍津祠が消えたあとには元になったモノが残されるけど、これもそうなのかな?
なんだか、ただの人形というより、誰かが意図的にこの家の敷地内へ置いたように見えてならないけど……。
「では、戻ろうか」
「あ、あの」
ああ、そうだ。
気になっていることを聞いてみよう。
「ん? どうした、ルリカ」
「家の中にいた人たちは、どうするんですか?」
居間で倒れていた人たちは、恐らく早苗鳥クロバ君のご家族だ。
このまま放っておいていいのだろうか?
まだ息があるのなら、私にも助けられるかもしれない。
「……彼らは、すでに死んでいた」
支部長さんは、目を伏せて言った。
「え?」
「それなら、あとは警察と医者に任せるしかないっすね」
「……」
「我々、神異対策局の仕事は、神異を倒すのが仕事だ。時には、目の前の被害者を救うよりも、神異の討伐を優先しなければならないことがある。
……それは理解できているか?」
「は、はい……」
死者には、青春院家の治癒魂術も効かない。
ああ、人間と分かり合える神異もいるけれど、本来は人間を襲い、命を奪う存在だったな……。
「神異を前にしても逃げず、状況を判断して神異を一体を倒した。被害者を気遣うこともできる。それでいて、我々の任務も理解している。ふむ、……合格だ!」
「え?」
今、合格って言った?
「支部長! やったな、ルリカ!」
「は、はい!?」
「丁度、治癒系魂術が使える人材が不足しているからな。むしろ助かる」
「あ、ありがとうございます!」
合格ってことは……採用してもらえるってこと?
やったーー!
◇
その後、行きと同じくルコウさんの運転で、私たちは事務所へ戻った。
事件現場に残された遺体については、二人が言っていたとおり、警察が対応してくれるらしい。
事務所には、面接の時にいた眼鏡の青年と、艶やかな大人の女性がいた。
二人とも、ルコウさんや支部長さんと同じデザインのジャンパーを着ている。やっぱりあれが制服なのだろう。
ちなみに、ルコウさんは黒、支部長さんは黄色、眼鏡の青年は青、美女は琥珀色だ。
また、ジャンパーはスカジャンに似たデザインで、両腕部分は白で胴体がそれぞれの色になっている。
「お帰りなさい」
「ああ。エビネもいるな」
「あら、どうしたの?」
「新しく採用することになった、長閑ルリカ君だ」
「新しいお仲間?」
「あ、採用したんですね」
「よろしくお願いします」
「では、ここにいるメンバーを紹介しておこう。
まず、私は千秋楽ウツギ。この支部の支部長をしている」
「知っているだろうが、アタシは雲ノ峰ルコウ。ここの退異師だ。」
「僕は、朱夏院アオハ。ここの副支部長です。といっても、ただの雑用がほとんどですけどね」
「一応、朱夏院本家の血筋だからな。地方支部でも、本家の人間なら、若くたってそれなりの地位に就けなきゃならないんだ」
と、ルコウさん。
「ルコウ……新人さんに、変なことを吹き込まないでください。それだと僕が、コネで入局したみたいじゃないですか!」
「違うのか?」
「違います! 実力です!!」
二人は、仲が良いらしい。
「次は私ね。私は、枯野エビネ。ここの受報官よ」
「じゅほうかん?」
「神異発生の通報を受け、現場へ指示を出すオペレーターのことね」
「なるほど、よろしくお願いします!」
「ほかのメンバーについては、その都度紹介する。
いつから働けそうだ?」
「いつでも大丈夫です!」
「では、来週から来てもらえるか?」
「はい!」
「じゃあ、今のうちに制服のサイズ教えてもらおうかしら? あと、好きな色はある?」
「ああ、詳しい雇用条件や手続きについては、あとでアオハから説明させるから、確認してくれ」
「は、はい!」
こうして、仕事が決まった。
あれ? でも、対策局って原作の主人公たちとも関わりが深い組織だよね?
……大丈夫かな?
◆◆◆
退異師や警察官たちが引き揚げたあとの早苗鳥邸は、住む者を失い、がらんと静まり返っていた。
すべての遺体が回収され、血の生臭いにおいだけが、家の中に残されていた。
その静寂に包まれた屋敷の庭へ、黒衣の男女が降り立った。
「おや? 人形は回収されてしまいましたか」
禍津祠のあった場所を見て、男の方が言った。白い髪が風に揺れている。
「キョウサク、あんたが調子こいて、人形を二つもあいつらに渡したからでしょ」
女の方が、呆れたように言った。長い白髪をツインテールにしている。
「まさか、渡した二つの人形を、同じ相手に使うとは思わなかったんだ」
「他人をいじめるような連中に、まともな思考を期待する方がバカなのよ。
そういう場合は、いじめられている方に渡すのよ」
「じゃあ、生き残ったいじめられっ子の彼に、素敵なプレゼントをしよう。きっと、死にたい気持ちなんて吹き飛ぶくらい喜んでくれるぞ!」
「はぁ、まあいいけど」
「ヒサメはこのあと、どうする?」
「婿取山の主の様子でも見てくるわ。あいつ最近、また婿を取ったらしいの。そのせいで調子こいてるらしいのよね。現代ではもう少し大人しくしていてほしいんだけど」
「彼女にはまだ、使い道はあるけど……会ってくれるかな?」
「あんたが行ったら、帰れなくなるわよ? 精も魂も搾り取られて、ミイラにされるんじゃない?」
「それは、嫌だな……」
「キョウサクはどうするの?」
「いじめられっ子君に接触してみよう。うまく導けば、彼も僕たちの役に立ってくれるかもしれない。我々の可能性を広げるためにもね」
「じゃあ、決まりね」
「ああ」
二人の姿が黒い煙のようになって消えた。




