4 ルリカと面接
◆
ルコウさんが契約している狼型の神異を治癒してから、三日後の午後。
私は、この地域を管轄する神異対策局の支部を訪れていた。
私の住む県には、北部と中部、南部の三ヶ所に支部があり、ここは南部の支部だ。
ここまで送ってくれたルコウさんと別れ、支部長さんと面接をしているのだが……。
「……」
「……」
互いに見つめ合ったまま、無言である。
履歴書にはパッと目を通したきり、それ以降は見ようともしていない。
入室の際も前世の知識を総動員したので、マナーに問題はなかったはずだ。この世界のマナーも、前世の世界とほとんど変わらないし。
いや、強面髭面高身長ガチムチ男性に睨まれていると、身がすくむし、聞きたいことがあるなら、さっさと聞いてほしい。
「失礼しま……あれ? 面接中?」
沈黙を破って部屋に入ってきたのは、黒髪をセンターで分け、眼鏡をかけた知的なイケメンお兄さんだった。
「……おう、アオハか」
「えーと……大丈夫そうですか?」
「いや……」
「あらら」
「……それより、何かあったのか?」
「ああ、はい。新たな神異の出現が確認されまして……」
「ルコウの手が空いているだろう?」
「契約している神異が負傷しています。そちらのお嬢さんに治療してもらったそうですが、まだ本調子ではありません。
僕が行っても良いのですが、連続出動が続くので……」
「そうか……仕方ない。俺が出るか」
え? 面接は!?
「……よし、君も一緒に来い」
「ええ!?」
「ちょ、面接はどうするんですか!?」
お兄さんも驚いている。
しかし、支部長さんは私の履歴書にもう一度目を落とすと、そこに記された名前を確かめるように目を細めた。
「人手が足りない。それに――君なら問題ないだろう」
「私なら?」
「詳しい話は向こうでする。来てくれ」
どうしてそうなった。
◇
現在、私と支部長さん、そしてルコウさんは新たに出た神異退治に向かっている。
契約している神異が療養中で、本調子ではないルコウさんは運転手だ。ちなみに、車もルコウさんのやつだ。
助手席には支部長さん、私は後部座席に乗っている。
「なあ、ウツギさん。ルリカの面接はどうなったんだ? つーか、何で連れてきた?」
「緊急事態だから面接は保留だ」
「ハァ?」
「人手不足だからな。それに、ショッピングモールで神異と善戦したと、お前から聞いている」
「そりゃあ、実力は問題ないと思いますけど……」
「なら、実戦での動きも見ておきたい」
え? もしかして、これも面接の一部なの?
「なんで、こういうことは、思い切りが良いんだか……。
悩んでないで、さっさとルリカを雇えば良いじゃないですか」
「……」
「まさか、自分が他人を評価するのは烏滸がましい、なんて思っていません?」
「……いや」
「支部長の目は確かなんだから、もっと自信持ってくれませんかねーー?」
「おう」
え? つまり先ほどの面接でダンマリだったのは、色々と悩んでいたってこと?
「まったく、実力も人を見る目も人望もあるのに、どうしていつまで経ってもノミの心臓なんすかねーー?」
まったくもって、同意である。
「……」
あ、支部長さんの大きな背中が、分かりやすくしょんぼりしている。
仕方ない……。
「あ、あの〜」
「ん? ルリカ、どうした?」
「新たに出た神異ってどんなヤツなんですか?」
話題を変えよう。
「ああ、とある家の庭に現れ、家の中に侵入し、そこの家族を食い物にしているらしい。比喩ではなく、本当にな」
「食い物……」
比喩ではないということは、本当に食べられてしまったのか……。
「周囲にほかの民家は無いので、多少派手に戦っても、巻き込む心配はないとのことだ」
「……生き残りはいるのか?」
「長男である中学生が一人、生き残っているうそうだ」
「そうか……」
え? 声が少し震えている? まさか、泣いてるのか!?
この支部長さん、普通にいい人だ! 顔怖いけど!!
◇
それから三十分ほど車を走らせ、目的地に着いた。
周りは田んぼばかりで、民家が少ない。
一番近い隣家さえ、ずいぶん遠くに見える。
そして、件の家に行くとすでに警察によって立ち入り禁止にされていた。
警察車両も複数台停まっており、警察官たちも避難誘導や交通整理をしている。
まあ、田んぼに囲まれた家なので、そこまで混雑してはいないけど。
件の家の周囲には黄色いテープが張られ、神異を閉じ込めるための簡易結界用のお札も貼られている。
ちなみに、このお札は対策局が一般向けに販売しているものだ。。
四枚一組で販売されており、守りたい場所の四隅に貼り付けるだけでいい。そうすれば、お札に囲まれた範囲に神異除けの結界が張られる。
魂力を封じた水晶の粉末が墨に混ぜられているため、魂力を持たない者でも簡単に結界を張ることができる。
「お待ちしておりました」
「ご苦労さん」
私についても支部長さんが「局の協力者だ」と説明すると、警察官は私の存在を認めてくれた。
待機していた警察官が、支部長さんと話をしている。
「生存者は?」
「あとは、単身赴任中の父親が、現在こちらへ向かっているとのことです」
「話は聞けそうか?」
「ショックは受けていますが、恐らくは……」
「では、ひとまず話をさせてくれ」
そうして、私たちは生存者の元へ向かった。
案内された先には、学ラン姿の少年が座り込んでいた。
そばにはリュックサックが置かれている。足は靴下のままで、靴を履いていない。
靴を履き直す余裕もなく、家から飛び出したのだろうか?
まだ学生が帰ってくるには早い時間だが、そういえば今日は土曜日だ。この世界でも週休二日制が主流だから、部活帰りなのかもしれない。
「君が、この家に住んでいる子かな?」
学ラン姿の少年が顔を上げた。
「何が起きたのか、説明できるかな?」
支部長さんはその場に片膝をつき、少年と目線を合わせた。
「は、はい……」
少年は早苗鳥クロバと名乗った。
彼が部活を終えて帰ってくると、家の中の様子がおかしかったという。
居間を覗くと、家族が血まみれで倒れていた。
そして家の中には、見たこともない異様なモノがいたという。
「そいつが、母さんたちを食べていたんだ。家中が血まみれで……。オレ、怖くなって逃げて……」
そこまで言って、クロバ君はガタガタと震え始めた。
「あとはこちらで……」
クロバ君は救急車に乗せられ、病院へ運ばれていった。
一応、病院で検査をするらしい。
「では、行こうか」
私たちは、神異がいまだ徘徊している家へと向かった。
◇
敷地内に足を踏み入れると、支部長さんはジャンパーの懐から、何かを取り出した。
よく見ると、そのジャンパーはルコウさんのものと色違いだ。
対策局の制服なのかな?
「──っ!」
銃だ!
リボルバー式の、でっかい拳銃だ!
名前はちょっと分からないけど、漫画やアニメでよく見る、あのでっかいリボルバー!
この世界にも、あんな銃があるのか!?
「ルコウは、彼女を守ることに専念しろ」
「戦えますよ?」
「〝ワタゲ〟がまだ療養中だろう? 無理はするな」
「了解です。ルリカはアタシから離れないように」
「は、はい!」
「君には、負傷者が出た場合の治療を頼みたい。ただし、これは実戦だ。危険だと判断したら、すぐに退避しろ」
「私は戦わなくていいんですか?」
「必要になれば頼む。そのときは、君の符術を見せてもらう」
「わ、わかりました」
大丈夫かな〜?
そうして、警戒しながら家の中に入る。
その家は、かなり大きな日本家屋だった。……いや、この世界風に言うなら、日ノ本造りの家だろうか。
襖を取り払えば、大宴会も開けそうだ。
庭に大きな納屋もあったし、田舎の農家のお金持ちといったところだろうか?
靴は脱がずに、そのまま家に上がる。
玄関には靴が散乱している。結構な大家族なのだろうか?
台所では、食事の準備が途中で放置されていた。
生活感はあるのに、人気がない。それが酷く不気味だった。
居間に近づくたびに、生臭さが鼻をつく。
そして、神異はすぐに見つかった。
居間には、大きな座卓とテレビが置かれていた。家族がそろって食事をし、団らんの時間を過ごしていた場所なのだろう。
そこには、血まみれになった複数の人々が倒れていた。生きているのかどうか、ここからでは分からない。
そして彼らに寄り添うように、奇妙な物体が立っていた。
それはまるで、派手な布で簀巻きにされた人形のように見えた。
表面には、黄色を基調としたサイケデリックな模様が描かれている。かろうじて頭と首の位置は分かるが、手足はないように見える。
その体の中央が縦に大きく裂けており、その奥には、核となる目玉と鋭い牙が覗いている。
それだけではなく、その口からは、人間のものによく似た腕が何本も生えており、口から生えた腕は、周囲に倒れている人々の肉を少しずつちぎり取り、せっせと口の中へ運んでいた。
ああ。こいつは、人を喰っているのだ。
なんとなく、昔テレビで見た蟹の食事風景を思い出した。
そう思った瞬間、銃声が響いた。
神異の腕が一本、弾け飛んだ。
「──っ」
支部長さんが撃ったのだ。
「すまん、外した」
神異はすでに口を閉じており、弱点の目玉を体内へ隠していた。
そうして口を閉ざした姿は、殻付きのピーナッツのようにも見えた。……もう、ピーナッツ食べられないかも。
「らしくないっすよ」
「頭に血が上った」
「アタシは禍津祠を確保してきます」
「頼む」
「ルリカなら自分の身くらい守れるでしょうけど、無茶はさせないでくださいよ? まだ正式な局員じゃないんですから」
「了解」
「ルリカは自分の身だけを守るようにね」
「は、はい」
そうして、ルコウさんは家から出ていった。
「君は、そこから動くな」
「え?」
支部長さんは、一気に居間へ突入した。
同時に、神異は再び口を開き、何本もの腕を支部長さんへ伸ばした。
支部長さんは伸びてくる腕をかわしながら発砲するが、神異はすぐに口を閉じてしまい、核となる目玉まで弾丸が届かない。
支部長さんはどうするつもりなのか。そう思った瞬間──不意に、ドチャリ、と湿った音がした。
音がしたのは、居間の中ではない。
廊下の奥だ。
廊下の奥へ目を向けると、そこにはもう一体、同じ姿をした神異がいた。




