3 ルリカと白い狼
◇
「こいつはアタシと契約している神異だ。怪我をして、今は療養中なんだ」
神異の中には人間と契約して使役できるモノもいる。
そういった神異は、他の神異とは成り立ちからして明確に異なり、保護対象になっている
うちの一族にも、代々契約している神異がいるけど、元気にしているだろうか?
いや、家を離れてまだ数日だし、何も変わってないか。
それはいいとして、わざわざこの場所に結界を張って療養しているということは……。
「それでは、ここがこの子の祠があった場所なのですか?」
「そうだ。人と契約すれば祠も真名も必要ないが、怪我を負ったときは、生まれた土地で休むのが一番回復にいいからね。
魂桃を食べさせても、回復力が上がるわけではないからな……」
「それでは、診させていただいてもよろしいですか?」
「いいよ」
私が狼型の神異に近づくと、ルコウさんが結界を解いた。
『ルコウ、何だそいつは?』
伏せっていた神異が、頭を上げてこちらを見る。
見たところ、人間の体の部位も、核となる目玉も表面には露出していない。かなり格の高い神異だ。
「お前の怪我を治してくれる、青春院の血筋の者だ。失礼がないようにしろよ。名前は確か……」
「長閑ルリカです。よろしくお願いします」
『そうか。まあ、頼む』
「はい!」
狼さんは再び地面に伏せってしまった。
神異……と呼ぶのは失礼か。
とりあえず、狼さんと呼ぼう。
狼さんの脇腹には大きな傷があり、その周囲だけが赤黒く変色している。
神異の血も、人間と同じように赤いらしい。ただし、こちらは少し黒みが強いか。
「……結構、酷いですね」
「ああ、本部から来たクソッタレな監察官を守って、こうなった」
「な、なるほど」
対策局の本部と支部の間には色々あるらしい。
原作漫画でも、対立していたような気がする。
「とにかく今回は、応急処置だけします。完全に治すには、治癒促進用のお札が足りないので……」
治癒魂術には、さまざまな施術方法がある。
私は、術式を必要としない〝天賦〟を神異治癒のチャンネルに合わせ、その効果を術式化してお札に印刷する方法をよく使っている。あとは、その札を傷口に貼るだけだ。
これなら、私がその場を離れても、傷が治るまでお札が治療を続けてくれる。その間に、私は別の怪我人を治療できる。
治癒効果のある、お札の絆創膏みたいなイメージだ。
もちろん、この方法は人間の治療にも有効だ。
とはいえ、今回は治療用のお札が足りなすぎるので、直接天賦でほとんど治療をする。
「いいよ。ありがとう!」
私は、狼さんの傷口に手を当て、神異用の治癒魂術を発動させる。
『おお、暖かい! これが治癒魂術か!!』
「大人しくしてろ」
──こんなところかな?
「とりあえず、傷の深い部分は繋いだので、応急処置は完了しました」
「ありがとう!!」
「あとは、完全治癒のために、お札の準備が必要ですね」
「じゃあ、明日また来てくれ! 迎えに行くから!」
「そうですね……」
今日購入した荷物が届くのは明後日だし、大丈夫か。
「分かりました。お願いします」
「ああ!」
その後、この日はルコウさんに自宅のマンションまで送ってもらい、連絡先も交換した。
あ、食料が無い!
帰りに近くのスーパーで買う予定だったから!!
一応、実家から持ってきた乾麺の蕎麦はあるけど、鍋などの調理器具が届くのは明後日だ。
そもそも、麺つゆが無い。これも帰りに買う予定だったから!
「仕方ない。コンビニに行こう……」
日本風異世界だから、コンビニもあるのだ。
便利!
◆
「やあ、ルリカ。おはよう!」
「……おはようございます、ルコウさん。早いですね」
翌日、朝一番でルコウさんが迎えに来た。
「いや〜、気が急いてしまってな!」
「すみません、準備がまだです」
「いいよ〜。待たせてもらっても?」
「上がってください」
仕方なく、部屋に上げる。
「車、どこに置きました?」
私は車を持っていないので、駐車場の契約はしていないのだ。
「近くのコインパーキングに停めた。経費で落ちるから、気にしなくていいぞ」
「そ、そうですか……」
まあ、退異師が契約している神異の治療だから、経費でいいのか。
「すみません。引っ越してきたばかりなので、お茶の準備もできなくて……」
昨夜、コンビニで買っておいたペットボトルのお茶を出した。
「え? いつ引っ越してきたの?」
「一昨日ですね。調理器具とかは明日、届く予定です」
「そうなんだ〜」
「それじゃあ、準備しますね」
「はいよ〜」
それから私は素早く身支度を終わらせ、昨夜用意しておいたお札が入っているお札ホルダーを、腰のベルトに下げる。
「お待たせしました」
「それじゃあ行こうか」
私はこの日も、ルコウさんの車で狼さんのいる山へと向かった。
◇
『来たか治癒師』
昨日と同じ場所に着くと狼さんが嬉しそうに出迎えた。
結界を解いてもらい、狼さんのそばへ近づく。
「はい。今回はお札を使うので、昨日より効率よく治せると思います」
『そうか、頼む』
私は昨日の治療をもとに作った神異用の治癒魂術札を取り出し、狼さんの傷口に貼っていく。
この札を使えば、昨日のように直接魂術をかけるよりも、少ない魂力で効率よく治癒できる。
傷口を覆うように札を貼り終えると、魂力を込めて一斉に発動させる。
これで、私が魂術をかけ続けなくても、お札が傷を治し続けてくれる。
「これで、傷が治るまで安静にしていれば大丈夫ですよ。傷が治れば、お札は自然に剥がれます。剥がれたお札は、燃えるゴミとして捨ててください」
神異を治癒するのは久しぶりだったけど、何とかうまくいって良かった。
「ありがとう、ルリカ!」
『うむ。体が回復していくのが分かる。其方の魂力はとても暖かくて優しいな』
「あ、ありがとうございます……」
誰かに『ありがとう』と言われるのは、いつぶりだろう?
家族は優しかったけど、修行に関しては厳しかったし、学校の友人とは、元婚約者に遠慮して、上辺だけの付き合いしかできなかった。
元婚約者は、言わずもがなだ。
「……」
「ん? どうした、ルリカ?」
『体調でも悪いのか?』
「い、いえ! お役に立てたことが嬉しくって!」
「そ、そうか……」
『ならいいが……』
ルコウさんと狼さんは、そろって困惑した様子でこちらを見ていた。
それが面白くて、笑ってしまう。
契約した神異は、契約主に似るという。なるほど、本当らしい。
「あはは!」
「おお!? 急に笑い出した!?」
『忙しない子だな……』
「最近、つらいことが多くて、ちゃんと笑えていなかったから……!」
その後、ひとしきり泣いて笑って、ようやく気持ちが落ち着いた。
「失礼しました」
我に返ると、急に恥ずかしくなってきた。
「えーと、その、なんだ。何があったのか、話だけでも聞くけど?」
『人間は、口に出すだけでも苦しみや悲しみが和らぐと聞く』
「そ、そうですね……」
私は、自分の身に起きた出来事を話した。
青春院の本家出身だということは伏せて。
まあ、分家でも婚約することは珍しくないので、不自然ではないだろう。
「はあ!? 何だその婚約者!?」
『控えめに言っても、クソだな』
良かった。私の感覚は間違ってはいなかった。
「もう、元婚約者です。〝婿取山〟に力試しに行ったきり、戻って来ませんし、彼の家族も、すでに生還を諦めていますから」
「婿取山か……」
『あそこの〝主〟は変態な上に、強いからな……』
「ですね……」
その場に、なんともいえない空気が流れた。
「そ、そうだ! ルリカは、こっちでの仕事はもう決まっているのか?」
「いいえ。これから探そうと思っています」
できれば、魂力を生かせる仕事が希望だ。
「それなら、対策局で働かないか?」
「え? 対策局で、ですか?」
神異対策局といえば、退異師のエリートが集まる組織だ。
原作主人公も、東都の本部と何度も揉めていた。
高卒の私が所属しても大丈夫なのだろうか?
「本部は高学歴のエリート様の巣窟な上、〝血筋〟へのこだわりが強い選民思想の集団だけど、地方支部はそこまでじゃないよ。むしろ叩き上げが多い。
学歴や血筋にこだわっていたら、地方支部は人手不足で回らなくなるからね」
『それに、戦力を補うため、神異と契約している退異師も珍しくはない。
神異の治療ができる術師は貴重だからな』
そうか。
対策局で働ければ、魂術や魂力を存分に活かせるのか!
「ルコウさん!」
「わ!?」
「ぜひ、対策局で働かせてください!!」
「ああ、もちろん。でも、それにはまず……」
「それにはまず?」
「支部長の面接を受けないとな!」
「ですね……」
就職するためには、まず面接。
これは日本風異世界でも同じらしい。
面接といえば、前世では何十社にも落ちて、ようやく内定をもらえたのに、その直後に死んだんだよね……。
あの苦労の日々が全部無駄になったのかと思うと……。
「うぐっ!?」
「ど、どうした、ルリカ!?」
「い、いえ、今から緊張してしまって」
「大丈夫だよ! ここの支部長は見た目ほど怖くないし、やる気さえあれば、とりあえずは雇ってもらえるから!」
「だといいんですが……」
ブラック企業の求人広告にありそうな文言に一抹の不安を覚えつつ、そして三日後、私は対策局の支部で、温厚とは到底思えない強面の支部長さんと対峙することになる。




