2 ルリカと神異
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次の日、引っ越しの片付けが一段落したので、私は買い物に行くことにした。
近くのスーパーでは、揃わない物もあるので電車で少し遠出をし、大型商業施設に向かう。
念のため、攻撃用のお札もいくつか持っていくことにした。
平日の昼間ということで、ショッピングモールは、客が少なめだった。
必要な物を買い終えたが、一人で持ち帰るには多すぎるので、すべて配送してもらうことにした。明後日、届けてもらう予定だ。
この辺りのサービスも、前世の日本とほとんど変わらない。
買い物を済ませ、昼食をとって一休み。
今日と明日の分の食料は、マンション近くのスーパーで買う予定だ。
さて、帰ろうと建物の外に出たところで、異様な気配に気づく。
これは……?
私は、その気配がする場所へ行ってみることにした。
◇
このショッピングモールには、〝庭〟と総称される屋外空間が複数ある。
噴水を備えた人工池のある中庭が最も大きく、その他にも、憩いの場として大小さまざまな〝庭〟が設けられている。ただ、中にはあまり人の寄りつかない場所もある。
そんな人けのない庭の一つで、そこで小さな祠を見つけた。
近代的なショッピングモールには似つかわしくない、禍々しい気配を放つ古びた石の祠だ。
これは、人が作ったものではない。〝神異〟が発生する前触れである
〝神異〟には、さまざまな種類がいる。
人や動物などが何らかの影響で転化する場合もあるが、その多くは発生原因すら分かっていない。
ただ、そうした神異が現れる前には、元となる祠が、ある日突然その場に出現する。まるで一夜にして生えるキノコのように。
そして、神異を生み出すその祠を、〝禍津祠〟という。
目の前の祠はまだ、御扉が閉ざされているため、〝神異〟が生まれる前の卵に当たる状態といえる。
これは……すぐに対策局に連絡したほうがいい。
〝神異〟という脅威がいるのなら、それを倒す組織もある。
その名も『神異対策局』。そのまんまな名前だ。
昔は『特殊災害対策局』と呼ばれていたらしく、〝神異〟による被害は、災害として扱われていたらしい。
いずれにしろ、『対策局』で意味は通じる。
対策局は、強力な魂術を操る退異師が多数在籍している。
原作漫画でも、後に主人公たちが後に所属することになる組織だ。
ちなみに、対策局に所属せず、フリーで活動する者は〝魂術師〟と呼ばれている。
異世界ファンタジー風にいうなら、魂術師は冒険者。退異師は国に仕える騎士といったイメージだ。
なお、魂術師が仕事を請け負うための専用ギルドも存在するらしい。
しかし、ショッピングモールのように大勢の人が集まる施設は、建設時に〝神異避け〟の結界を張るための設備を建物に組み込むので、基本的に、敷地内で神異が発生することはないはずなんだけどな?
まあ、とにかく通報しておこう。
私はスマホを取り出し、この地域を管理する対策局の支部に連絡を取ろうとした、そのとき──祠の御扉が開いた。
内陣の中には御神体ではなく、一つの目玉がこちらを覗いていた。
──マズイ!
その目玉が私の姿を認めた瞬間、〝神異〟が生まれた。
それは、骨だけの魚のように見えた。
だが、胸ビレに当たる部分には、人間の腕が生えている。
頭部には下顎しかなく、そこから上はえぐれており巨大な目玉が一つあった。
先ほど、御扉から覗いた目玉だ。
全身骨なのに、人間の腕部分だけは皮膚も筋肉もあるしっかりした腕なので、なんとも奇妙な造形だ。
「仕方ない!」
私は攻撃用のお札を取り出し、その骨魚神異に放つ。
効果は〝氷刃〟。お札を経由して氷の刃を作り出し、その目玉を狙って射出。
しかし、胸ビレの代わりに生えた人間の腕が、飛来した氷の刃を弾く。
やはり、先に人間の腕を無力化しないと、核は狙えないか。
私は、捕まえようとしてくる骨魚神異の手から逃れる。
生まれたばかりだからか、大した攻撃もしてこないし、動きも速くはない。
一刻も早く目の前にいる他の生き物から、魂力を摂取したいという本能だけで動いているようだ。
神異には必ず、人間と同じ体の部位がある。その部位を破壊すれば大幅に弱体化し、目玉の形をした〝核〟を壊せば討伐できる。
この骨魚神異の場合、人の部位に当たるのは胸ビレ代わりの両腕、核はむき出しになった巨大な目玉だ。
しかし、この骨魚神異の場合は両腕が邪魔をして、なかなか攻撃が当たらない。
ショッピングモール内である以上、周囲への被害を考えて術の威力を抑えているのもあるが、早く倒さないと生まれたばかりの今は露出している目玉も、成長すれば骨に覆われてしまうかもしれないし……。
まあ、支援型の私では、一人で神異を倒すのは無理だけどね!
正式な異師でもないしさ!!
それでも、なんとかこいつを食い止めて、せめて対策局に連絡だけでもしないと……。
その時、誰かの声が響いた。
「動くな!」
「え?」
私がその言葉に従った瞬間、疾風のような魂力の塊が二閃、すぐそばを物凄い勢いで駆け抜けた。
『──ッ!?』
二閃の斬撃は、骨魚神異の両腕を瞬く間に切断した。
赤い髪をなびかせた人影は地面を蹴ると、空中に浮かぶ骨魚神異へ跳びかかり、その目玉を十字に切り裂いた。
『〜〜〜〜!!』
骨魚神異は声にならない叫び声を上げ、黒い煙になって消滅した。
その場には、その元になった禍津祠だけが残される。
おっと、こちらも何とかしないと!
神異だけを倒しても、禍津祠が残っていては神異はいずれ復活してしまう。だから、こちらも駆除しなければならない。
私は禍津祠に近づくと、開いた御扉の奥、内陣に記された神異の真名を確認した。
そして──。
「『骨天魚主』は討伐しました! こちらの勝ちです!!」
私の宣言で、禍津祠も黒い煙のようにほどけ、消滅した。
その跡には、魚の骨らしきものが一揃い、残っていた。
この魚の骨が、禍津祠を生み出すきっかけになったのだろうか?
正月とかに出てくる、鯛の骨っぽい。
わざわざ回収するほどのものでもないが、そのまま放置しておくのも良くないだろう。私は庭の隅に穴を掘り、魚の骨を埋めた。
これで、さっきの骨魚神異──いや、骨天魚主が復活することはないだろう。この地の魂力をかなり消耗したからね。
「アンタ、大丈夫かい?」
声をかけられた。
振り向けば、赤い髪とオリーブ色の瞳を持つ女が、刀を鞘へ収めながら、こちらへ歩いてきた。
女性はカーゴパンツと黒いジャンパーを着ており、姉御肌の格好いい雰囲気を纏っている。
先ほど、骨天魚主を倒してくれたのは彼女なのだろう。
ん? さっきの魂力の塊は、斬撃的なもの?
もし当たっていたら、私まで真っ二つになっていたのでは?
い、いや、とりあえず、お礼を言っとこう。
「あ、あの! 助けていただいてありがとうございました!!」
「いや、こっちも仕事で来たんだ。気にするな」
「え?」
「うちに千里眼持ちがいてな。禍津祠の発生を察知したんだよ──と、自己紹介がまだだったな。
アタシは雲ノ峰ルコウ。この辺りの対策局支部に所属している退異師だ」
ほ、本物の退異師だ!
「私は、長閑ルリカと申します」
長閑は偽名であり、青春院家の分家の一つが名乗る姓だ。
一人暮らしを許してもらう条件の一つに、私が青春院本家の娘であることを明かさない、というものがある。
理由は、面倒ごとに巻き込まれないようにするためらしい。
「アンタ……」
「は、はいっ!?」
お姉さんが、ずいっと近づいてくる。
「さっきの符術……アンタ、青春院家の血筋か?」
「え? はい……」
やっぱり、術を見れば分かるのか?
まあ、符術で戦うのは青春院家の血を引く人が多いか。
「やっぱり! アタシも朱夏院家の分家筋なんだ!」
「そうなんですね……」
あの戦闘力は、やはり朱夏院家の血筋によるものだったのか。
朱夏院家の者は、肉体や武器を強化する〝天賦〟を受け継ぐことが多い。それ故、個々の戦闘力が高いことが特徴だ。
「青春院の一族なら、治癒系の魂術も得意だろ?」
「え? それは、まあ……」
青春院家では、治癒系の〝天賦〟を使えなければ、一人前とは認められないからね……。
そのせいで、いろいろと苦労している人を身近に知っているし。
「それなら、アタシを助けてほしい!」
「え? 雲ノ峰さんを?」
雲ノ峰さんは元気そうだが?
「あ、えーと、アタシじゃなくて、アタシの相棒を助けて欲しいんだ! あと、私のことは、ルコウでいい」
「なるほど。そういうことなら、喜んで」
私の手に負えなくても、腕の良い一族の者を紹介すればいいしね。
「そうか、助かる! それじゃあ、早速一緒に来てくれ!」
「え? ちょっ!」
「そうだ、アンタはここまで何で来たんだ?」
「電車とバスですね。車を持っていないので」
地方では、車がないと何かと不便なのである。
自動車運転免許は、高校在学中に取得している。
私が通っていた高校では、卒業見込みが立った生徒に限り、在学中の免許取得が許可されていた。
実際に車に乗るのは卒業まで禁止されていたけど。
「それなら、このまま乗せていっても問題ないな。帰りはアタシが送るから」
私は雲ノ峰さん──いや、ルコウさんの車に乗り込み、彼女と一緒にある場所へ向かった。
ルコウさんの車は真っ赤な四輪駆動車で、車内には、甘い芳香剤の匂いが漂っていた。
う〜ん、いかにも格好いいお姉さんの車、といった感じだ。
◇
「これは……」
それからルコウさんの運転で三十分ほど走り、連れてこられたのは、名前も知らない山の中だった。
山道をさらに進むと、やがて開けた場所に出た。
そこに建物らしきものはなく、開けた土地の手前にに古びた鳥居だけが立っていた。
かつては、ここに神社でもあったのだろうか?
車を降りて鳥居の奥へ進むと、結界が張られていることに気づいた。
その結界の中に、巨大な白い犬──いや、白銀の狼がいた。




