44 ルリカと決着
◆◆◆
「ほらほら、もう逃げ場がありませんよ?」
「うわっ!?」
凍土ムベは爆破蟲から逃げ惑うルリカを眺めながら、楽しそうに言った。
たまに小規模な爆発を起こすと、短く叫び声を上げるのが心地いい。
爆発音が、あたりに響く。
今は符術で防御して凌いでいるが、それもいつまで続くか分からない。
(ああ、やはり私は、こういったことが楽しくて仕方がないらしい)
その事実を改めて思い知らされ、絶望した。自分の性質に。
彼が凍土家に生まれたとき、家族は喜ぶ一方で、不安も抱いていた。
凍土家には長らく男児が生まれておらず、彼の父は、数十年ぶりに誕生した待望の男児だった。
しかし、その父親は残酷な性格をしており、家族や使用人を虐待するのはもちろんのこと、資産を食い尽くし、女遊びをやめず、その相手の女性にも虐待めいた行為を強要した。
挙げ句の果てには、死者まで出してしまい、その隠蔽のために、凍土家の財政は火の車となった。
そんな時に生まれたムベは、今度こそまともな跡取りになるように育てられた。
ムベが物心ついた時には、彼の父も多少は大人しくなり、ようやく凍土家にも平穏が訪れると思われていた。
だが、ムベは確実に父親の性質を受け継いでいた。
可愛らしいものや、自分より弱い者、立場の低い者を見ると、つい虐めたくなるし、酷い目に遭わせたくなるのだ。
幸い、自分の父親を反面教師として育ったため、彼はその性質を隠し、誠実な青年として振る舞えるようになった。
しかし、それでも彼は誰かを加虐したいという願いを捨てることができなかった。
転機が訪れたのは、彼が二十歳の頃だった。
彼は学生時代からの友人と、婿取山にハイキングに向かった。
婿取山は男だけで行くと戻ってはこられないが、男女で行けば襲われることはないといわれていた。
だから怖いもの見たさもあり、男女混合のグループで行ったのだが、不意に男だけになった時に、婿取山の主は彼らを襲った。
その結果、ムベは身を挺して仲間を守り、彼一人だけが捕まることになった。
初めは、残された家族や友人たちを思って、泣いたこともあったが、やがてムベは、ここでの生活が自分に合っていると思い知った。
顔の整っていたムベは、早速、婿取山の主の寵愛を受け、ほどなくして彼女の〝夫〟になった。
しかし、年を重ねると寵愛も薄れ、やがてその座を追われた。
そして、新たに〝迷い家〟へ来た若い男たちの面倒を見る役目に就いた。
しかし、迷い家へやって来る男たちの中には、素行の悪い者もいた。
愛する主のために、ムベはそういった不安要素を処分するようになる。
ムベは、その仕事がとてつもなく楽しかった。
彼の性質と所業を知った婿取山の主は、再び彼を側近としてそばに置くようになった。
彼は優しげな風貌と柔らかな物腰を利用し、ここに来た男たちを気遣うふりをして、婿取山の主に心酔するように仕向け、そうでない者は秘密裏に処理するようになった。
そして──。
ルリカは壁を背にして、追い詰められていた。
周りには爆破蟲。
もはや、逃げ場はない。
「防御壁も、いつまで持ちますかな?」
「……」
「泣いて許しを乞えば、命だけは助けてあげてもいいですよ」
その代わり、死ぬ以外のことは徹底的にヤらせてもらおう。
その結果、死んだとしても嘘は言っていない。
「あなた、性格悪いですね」
「は?」
ルリカは札を一枚取り出し、発動させる。
「〝神異停止〟!」
その効果は、文字通り神異の動きだけを止めるもの。
「人間に作用させることもできるけど、対象を神異に限定することで、効力を増強してみました!」
「──っ」
「あれ? どうやら、新たに爆破蟲を呼び出せなくなったみたいですね」
それどころか、ムベ自身も満足に動くことができなくなっていた。
体内に爆破蟲を宿し、婿取山の主の能力の一部を使っているため、間接的に札の強い影響を受けたようだ。
体内に爆破蟲を宿し、婿取山の主の能力の一部を使っているため、ムベも間接的に札の強い影響を受けたようだ。
「これで……」
ルリカが新たな札を構える。
そこへ轟音とともに、氷をまとった何者かがルリカとムベの間へ転がり込んできた。
「な──っ!?」
それは、ムベが愛してやまない婿取山の主だった。
◆◇◆
時間は少し遡る。
「む?」
ニゲラが放った〝氷刃〟は、波のように婿取山の主へ襲いかかった。
婿取山の主は豪奢な着物をその場に脱ぎ捨て、氷刃をかわす。
「かなりの魂力と魂術じゃ。ますます其方が欲しくなった!」
振り返れば、黒を基調としたボディスーツ姿になった婿取山の主が立っていた。
「はぁ? 意味分からんことを言うな。ルリカを攫った時点で、お前は敵だ。死ね!」
今度は薄く鋭い氷刃を、雨のように婿取山の主に向けて放つ。
「ルリカとは、あの瑠璃色の髪の女か。今頃、ムベに殺されているのではないかのう?」
それを避けながら、婿取山の主は無駄口を叩く。
「……何だと?」
「その女がいなければ、其方は自由だ。そうなれば、妾を愛することを許そう!」
「死ぬがいい!」
ニゲラはうっとりとそう宣言する婿取山の主を、魂力を込めた拳で殴る。
婿取山の主は吹っ飛ばされるが、そこまでダメージは通っていない。
「いい拳だ」
「そうか、ではもっと喰らえ」
ニゲラは、両の拳を立て続けに叩き込む。
「ぐっ──」
次第に、婿取山の主にダメージが入り始める。
だが、決定的ではない。
婿取山の主は手をかざし、爆破蟲をニゲラに向けて放つ。
「──っ!」
そして、ニゲラの目の前で爆発した。恐らく、ただでは済まないだろう。
「はあ、つい爆破蟲を使ってしまった。一晩中魂力を注いで、傷を癒さねばなるまいな。──は?」
「……」
ニゲラは、ほぼ無傷でそこにいた。
対策局のジャンパーに仕込まれていた防御機能が発動したため、ジャンパーが吹き飛んだ以外の被害はない。
「……お前、マジで不愉快だな。さっさと死んでくんない?」
「随分な言いようだな。しかし──っ!?」
婿取山の主が次の爆破蟲を放とうとしたとき、その体が動かなくなった。
(は? 何故、体が動かない?)
「──なんだ? 巫山戯ているのか?」
不審に思いつつも、ニゲラが近づいてくる。
(コイツが何かした訳ではないのか?)
少なくともニゲラは、婿取山の主が動けなくなっている理由を理解していないようだった。
「〜〜〜〜っ」
「まあ、何でもいいか。死ね」
ニゲラは、〝氷の拳〟を作り出し、婿取山の主を思い切り殴り飛ばした。
◇◆◇
「ニゲラ君!?」
「ルリカ?」
いきなり、全身タイツの白髪の鬼美女が吹っ飛んできてびっくりしたが、ニゲラの姿を見て私はほっとしてしまった。
「無事だったか!? 怪我は?」
ニゲラ君は屋根の上から私の近くに飛び降りると、私に抱きついてくる。
「大丈夫! そうなる前に逃げ出したし、ニゲラ君が助けに来てくれた!」
「そうか、安心した……」
「それより、ニゲラ君の方がボロボロじゃない!?」
「ジャンパーが吹き飛んだだけで、俺は無傷だ。ジャンパーの防御機能が発動してな」
「そ、そんな機能が……?」
知らなかった。でも、なんでジャンパーが弾け飛んだの?
「それより、何があった?」
「あ、そうだった」
まだ、〝停止〟のお札の効果が持続中だった。
「婿取山の主の端末である爆破蟲を、〝停止〟の札で止めています。人間には作用しない設定ですが、下僕さんは体内の爆破蟲が止まった影響で動けなくなっているみたいです」
いまだに、ムベさんも爆破蟲たちも動けない状態だ。
「なるほど。それで、婿取山の主にも影響が出たのか」
「え? ……あ、さっき吹っ飛んできた女の人! あれが婿取山の主!?」
「そうらしい」
「へえ……」
結構美人だが、今は白目をむいて、気を失っている。
「主様……」
「コイツは?」
「彼女の信奉者的な感じ? 人間だから、殺すのはダメだよ」
「そうか……」
ニゲラ君、残念そうにしないでくれ。
「だが、ルリカは見つかったことだし、コイツを生かしておく理由はないな?」
ニゲラが、婿取山の主に向け、魂術を展開しようとした。
その時──。
「主様!」
ムベさんが駆け出し、婿取山の主を庇うように、私たちの前へ立ちはだかった。
あれ? どうして動けるんだ? ……ムベさんの体から神異の気配が消えた?
「どうか、見逃してください」
「……どうする?」
「そういうわけには……」
人に危害を加えている神異を、放置はできない。
「お願いです、どうか──がっ?」
その時、ムベさんの動きが止まった。
「感謝するぞ、ムベ。其方のおかげで、助かった。其方は我が支配から解放してやろう」
「あ、主様……?」
ムベさんは、背後から婿取山の主に首を掴まれていた。
「褒美として、其方の魂力をすべて献上することを許そう!」
「あ、が、が……」
ムベさんの魂力が吸い取られ、四十代に見えていたムベさんは、干からびた老人のような姿になってしまった。
婿取山の主は、ムベさんの体内にいた爆破蟲を消したのだろう。だから、ムベさんは動けるようになったんだ。
〝神異停止〟のお札は、あの爆破蟲を基点に効果を広げていたから、そのせいで術全体の効力も弱まったのだろうか?
それに、魂術は術者より格上の相手には効きにくいらしいし……。
まあ、即興で作ったお札だから、術式に不備もあったのかもしれない。
ムベさんの魂力を吸い尽くすと、婿取山の主は彼を私たちに向かって投げつけた。それと同時に、いくつもの人影が空中から降ってくる。
「な──っ!?」
「うう……」
降ってきたのは、腹を異様に膨らませた複数の男性だった。
男性たちは地面に落ちると、苦しそうに呻いた。
「ニゲラ君!」
「ルリカ!?」
嫌な予感がして、私はニゲラに抱きつき、〝結界〟の札を展開した。
同時に、結界の外で『ボンッ』『ボンッ』と、嫌な音が立て続けに響いた。
「──っ」
「……」
私はただ、ニゲラに抱きしめられたまま、その音が鳴りやむまで、目をつぶっていることしかできなかった。
やがて音が途絶え、あたりは急に静かになる。
結界の外は赤く染まり、婿取山の主の姿は消えてしまった。
「……逃げられてしまったね」
「そうだな。だが、俺の目的はルリカの救出だから、それは達成した。とりあえず今は、ルコウと合流しよう。婿取山の主は、他の誰かに任せればいい」
「そうだね……」
ルコウさんも来ているんだ。
結界を解くと、それまで結界にせき止められていた血が、私たちの足元へ流れ込んできた。
甘いような鉄臭さと生臭さが、鼻をつく。
爆発に巻き込まれたムベさんの遺体は、もはやどこにあるのかも判別できない状態になっていた……。




