43 ◆それぞれの
◆◇◆
「ここが婿取山の主のテリトリーか」
異空間の門の先には、古い時代の村のような光景が広がっていた。
一際大きく立派な日ノ本家屋を中心に、複数の和風の建物が建っている。
「我々は〝迷い家〟と呼んでいる。実際には集落といった感じだがな」
と、先ほど案内人に無理やり任命した男が説明する。
「なるほどね。ここにはどれくらいの人間がいる?」
「四十人前後だ」
「そうか、なら私は周りを混乱させつつ、救助の準備をしよう。その隙にニゲラはルリカを探し出すんだ」
「了解」
「救助? 俺たちは……助かるのか?」
「本人にその意思があるのならな」
「なるほど、その意思がありそうなメンツを集めよう」
「どこに?」
「集落の隅に、病人や怪我人を押し込めている小屋がある。そこがいいな。ここの主も、気にかけない場所だ」
「いいだろう。その前に……ワタゲ、この集落を混乱に陥れろ。死者は出すな。ついでに〝偽火〟をつけて回れ」
『応っ!』
ルコウの影から白くて大きな狼が飛び出した。
〝偽火〟は、大きな炎のように見える光を生み出す魂術だ。大火事が起きているように見えるが、辺りを照らすだけで、実際には熱を持たない。
その規模は、焚き火程度のものから、大火事と見紛うほどのものまでさまざまだ。魂術者も使用するが、神異が標的を誘き出すために使うことも多い。
「人と契約している神異!?」
「解散する前に、あんたの名前を聞いておこう」
「俺? 俺は南風トキオ。つい最近、友人たちと共に、ここに拉致られた」
◆◆◆
「うわあああっ!?」
「何だこいつはっ!?」
「狼っ!?」
そんな騒ぎ声が、婿取山の主の屋敷にも響いてきた。
「うるさいのう、何事じゃ?」
それは、イソトマと晩酌をしていた婿取山の主も眉を顰めるほどのものだった。
「様子を見てみましょう」
イソトマは、縁側に面した障子を開ける。
婿取山の主の屋敷は、小高い丘の上にあるため、集落の様子がよく見えた。
「──なっ!?」
イソトマの目に、集落の至る所から火の手が上がり、人々が逃げ惑う様子が映る。
そして、そんな集落で暴れまくっている、白くて大きな獣──。
「どうした、イソトマ? ……は?」
イソトマの様子がおかしいことに気付き、婿取山の主も障子の外を見る。そして、その異様な状態に言葉を詰まらせた。
「わ、妾の迷い家に……犬畜生が……?」
「どうやら、神異のようですね」
その時、廊下が騒がしくなった。
「主様!」
「ムベ? どうした?」
「申し訳ありません、蔵に閉じ込めていた女人が逃げ出しました」
「何!?」
「ルリカが?」
「ひとまず、私は女人を探します」
「では、あの狼はオレが対処しましょう。主様、爆破蟲の使用許可をお願いします」
「仕方あるまい……」
婿取山の主は、ムベとイソトマに爆破蟲の使用許可を出した。
「妾も行こう」
◇◆◇
「……なんか騒がしいな?」
蔵を密かに抜け出した私は、辺りの騒がしさに足を止めた。
念のため、準備していたお札をしまい、空を見上げれば、明るくなっている。
時間的に夜明けではない。これは──。
「──火事!?」
このままじゃ、私まで焼け死ぬじゃん!
……って、あれ? よく見れば、〝偽火〟の魂術?
それにこの気配……ニゲラ!?
すぐ近くにいる? 助けにきてくれたんだ。なんか嬉しい。
……いや、まさか、勝手に単身乗り込んできたわけじゃないよね?
彼ならありそうだから困る! でもとにかく、ニゲラと合流しよう!
そう思って、再び歩き出そうとした時──。
「ああ、ここにいましたか」
「!?」
「まさか、蔵から逃げ出すとは、なんともお転婆なお方だ」
そこにいたのは、ムベさんだった。
「私と一緒に戻りましょう。もちろん丁重におもてなしはしますよ? 処刑されるまでですが」
「……」
私は、お札ホルダーに手を伸ばした。
◆◇◆
「これは……」
ルコウは小屋の中の様子に、目を疑った。
そこには、腹が大きく膨れ、体内から異様な気配を放つ男たちが数人、横たわっていたからだ。
「彼らは?」
「婿取山の主の端末が合わなかった者たちです。かろうじて生きてはいますが、体内で増えた爆破蟲に魂力をゆっくりと奪われている状態です」
「なるほどね」
「隣の小屋は、それとは別に老衰や病気や怪我で動けない者たちを押し込めています」
こうした小屋は複数あり、そこに収容されている動けない者は、全員合わせて数十人ほどいるようだ。
「彼らの移動は無理だな」
ルコウはスマホを確認するが、圏外だ。
(この分じゃ、伝令用の札も婿取山の主に阻まれるか)
「外部と連絡を取りたい。この場所で、外界への出入り口を開けられるか?」
「あ、ああ」
「イチゴって子の言った通り、虫下しも必要みたいだからな。準備してもらう」
「え? イチゴ? もしかして、夜長イチゴですか?」
「知り合いか?」
「俺の彼女です! そうか、彼女には最後に、自分のことは忘れてほしいと伝えたのですが……」
トキオは自分の腹に手を当てた。
「虫下しということは、この腹の中の爆破蟲を何とかできるんですか?」
「そろそろ薬が完成するらしい。まあ、虫下しが完成する前に婿取山の主が倒されれば、その時点で消滅するとは思うがね」
「なんと……」
「トキオ! ここにいたか!」
トキオの上司に当たる炊事場の主任が、駆け寄ってきた。
「無事だったか? ……その人は?」
「俺たちを救ってくれる方々です!」
◆◆◆
イソトマは、集落で暴れている白い狼の元へ向かった。
「〝動くな!〟」
『──っ!?』
そして、彼の天賦である〝停止〟の魂術で、白い狼の動きを止めた。
白い狼の近くに爆破蟲を転送し、起爆させる。
爆煙が晴れる。しかし、そこに白い狼の姿はなかった。
(逃げたか? しかし、一体どうやってこんなものが……そもそも、神異はお互いのテリトリーを侵すようなことは、ほとんど無いはずだ)
神異は大抵、自分が生まれた禍津祠の周辺をテリトリーとする。他の神異と縄張りが被っても、野生生物のように争いに発展することは、まずない。
(その神異が、誰かと契約しているなら別だが──ああ、それか)
イソトマは、この迷い家に侵入者がいることに思い至る。
(だが、ここに入るには、主様の通行許可札がないと無理だ。現在、外界にいるのは、食料調達組の数人と、俺が置いてきてしまったトキオ……。
食料調達組が戻るのは明日。今、迷い家に戻ってくるのは……)
イソトマは、この事態を引き起こした人物が誰なのか察した。
「トキオの奴、見つけ次第尋問だな」
そう言って踵を返そうとした時、何かが凄まじい勢いでイソトマを目掛けて飛んできた。
「──っ」
イソトマはそれを咄嗟に〝停止〟の魂術で止めようとした。
しかし、実戦経験が乏しく、大して魂術の修行をしていなかったイソトマは、自分に突進してきたそれが何か分かっていなかった。
気付けば、目の前に獣の息遣いがある。
「あ……」
(オレの天賦である〝停止〟の魂術を受けて、何故動いている?)
『ふむ、何か驚いているな?』
「!?」
目の前の狼型の神異が、人間の言葉を話した。
『魂術は自分より格下の者にしか十分な効果を発揮しない。相手が自分より格上ならば、その効果を打ち破っても不思議ではなかろう?』
「あ、ああ……」
イソトマは相手の威圧感に気圧され、手も足も出なくなった。
彼は中学までは退異師になるためにそれなりの修行をしてきたが、高校に進学するとチコリや友人たちと遊ぶのに忙しく、修行はおざなりになっていた。
だから、神異の本当の恐ろしさを忘れていた。
『儂は長年、自分の屋代を普通の神社に見せかけ、人々を守護する神様の真似事をしていた。お主のような小童の魂術なんぞ効くわけがなかろう。……それでは、さらばだ』
巨大な白い狼はイソトマに体当たりし、その身体を思い切り吹き飛ばした。
イソトマは、そのまま近くの無人の物置に突っ込んだ。
『おっと、死者は出してはいけないんだった。大丈夫か?
……うん、生きているみたいだから、良いか!』
そんな呟きを聞いた気がしたが、そこでイソトマの意識は途切れたのだった。
◇◆◇
私は、ムベさんと対峙していた。
「ふむ、戻るつもりはないと?」
「戻ったら、確実に処刑されますよね? しかも私は無理矢理ここに連れてこられて、何かした訳でもないのに。それなのに戻る訳ないですよ」
「この地では、主様以外の女性がいること自体が罪なのです」
私はあらかじめ準備していたお札をムベさんに投げる。効果は〝氷檻〟だ。
氷の檻に閉じ込める!
「生憎ですが、そのルールに従うつもりはありません!」
「では仕方がありませんね」
ムベさんが私に向かって、手をかざす。
私の目の前に、爆破蟲が現れる。
それが、一瞬光り輝き──大爆発を起こした。
「うわ〜、びっくりした……」
しかし、私は事前に展開していた防御壁によって守られる。
「私が今この場であなたを殺します」
「……」
婿取山の主のために動いているムベさんは、とても嬉しそうというか、満足した顔をしていた。
◆◇◆
「ルリカ……」
(この地にいることは分かるが、なかなか位置が掴めない)
ニゲラの中に、苛立ちが募る。
少しでも見渡しが良くなるように屋根の上に登ったが、どうにも他の神異の気配が濃く、位置の把握が難しかった。
恐らく、婿取山の主のテリトリー内にいるのが原因だろう。
(いっそのこと、邪魔な建物を全部壊してしまおうか? ……いや、ルリカを巻き込んでしまうかもしれない。やめておこう)
「おや? 妾と似た気配を感じたと思えば、珍しい存在がおるではないか!」
声の方を見ると、白い髪に白い肌、炎のような朱色の瞳と同色の一対の角を生やした女性が、屋根の上に現れる。着崩した着物が印象的だ。
その気配から、この〝迷い家〟の主のようだ。
「何だお前は?」
ニゲラは冷たい目で、その女性型の神異を睨む。
「おお、良いな! その冷たい態度! おぬしが屈服したとき、どのような顔をするのか楽しみじゃ!」
嗜虐的な笑みを浮かべる女性型の神異。
「……」
「おっと、巫山戯過ぎたな。妾はこの〝迷い家〟の主。大抵の者は〝婿取山の主〟と呼ぶな」
「そうか。では死ね!」
ニゲラは、〝氷刃〟の魂術を高出力で展開した。
「な──っ!?」
波のように連なる氷の刃が、婿取山の主を襲う。
そして、少し離れた場所から爆発音が響いた──。




