42 ◆ニゲラと潜入
◆◇◆
ニゲラとルコウはヒスイに貰った転移用のお札で、婿取山の麓まで転移した。
「うぅ、気持ちが悪い!」
「どうした?」
「転移酔いだ。すぐ治る」
転移の魂術を使うと、頭の芯が気持ち悪くなり、乗り物酔いのような症状が出ることがある。
ルコウは酔い易い方だが、症状はそこまで酷くはないようだ。
「婿取山の主は、本当にこの山にいるのか?」
「そのはずだ──」
婿取山は、元は巌艇山と呼ばれており、山肌が露出した特徴的な山容が、船のように見えたことからその名がつけられ、その地域の地名にもなった。
大昔は修験者の修行の場であり、そのため女人禁制であったが、婿取山の主が住み着いてからは、逆に男性が立ち入ることができない場所になってしまった。
名前も男性を攫う神異の影響で婿取山となり、現在では、男性も女性と一緒であれば攫われることはなく、ハイキングコースとしても人気だ。。
だが、婿取山の主や彼女に攫われた男性たちが見つかることはなかった。
「見つからなかった?」
「ああ。恐らく、婿取山の主の結界の影響だろうな。この前行ったキャンプ場で出会った、ぷーちゃんの屋代も結界内というか、異空間にあっただろう? あれと一緒だ」
「なるほど、それなら、どうやってその場所に行く?」
「そうだな……いくら、異空間内に引きこもっていたとしても、日用品などを買いに、使用人の男たちが山を降りることがあるらしい。そいつらを捕まえるのが手っ取り早いが……」
「そんな人物が、都合よく現れるといいがな」
山頂に向かって歩いているが、あまり人の気配はない。
普段ならハイキングを楽しむ人々がチラホラいるが、婿取山の主が爆破蟲テロの犯行声明を出してから、婿取山は入山禁止となってしまったのだ。
山に出入りする下僕の男たちについては、これまでは下手に接触すると、体内に潜む爆破蟲が起爆して周囲に被害が及ぶおそれがあるため、その行動を黙認されていた。
しかし現在は、対策局によって山の外へ出ることを禁じられている。
しかし、婿取山の主が従えている男たちの中には〝転移の札〟を作れる者がおり、その札を使って密かに山の外へ出る者もいるようだ。
「つまり、今この状況で私たち以外で婿取山にいる人間は、婿取山の主の関係者だ」
そうして、しばらく進むと、頂上にある小規模な寺院に辿り着いた。管理はされているが、普段は人がいないような寺院だ。
そこまで行くと、境内に何者かがいることに気付く。
どうやら、若い男のようだ。
「くそ、……の奴、先に戻りやがって……」
誰かを呪うような言葉を呟いているのが、微かに聞こえる。
「おや、丁度良い」
そう言ってルコウは、身体強化を使い、一瞬で距離を詰め、その人物を羽交い締めにした。
「〜〜〜〜っ!?」
いきなりのことで、男は抵抗さえできなかった。
「さて、動くな。お前、婿取山の主の関係者だな?」
「な、何者だ?」
「ここに攫われた仲間を助けに来た。ついでに婿取山の主も倒す」
「……婿取山の主は強い。諦めろ。その男を探しに──」
「攫われたのは、女だ」
「え?」
「イソトマという男を知っているか?」
「──っ!」
「そのイソトマに、元婚約者のルリカが攫われた。ここは男なら生かされるだろうが、女はその限りではないだろう?」
女性が婿取山の主に連れ去られたという記録はないが、過去に討伐へ向かった女性退異師や魂術師は、過剰なほどむごたらしく殺されたらしい。
「それは……」
「それに、お前も婿取山の主に従わざるを得ない状況のはずだ。婿取山の主を倒せば、お前も解放されるだろうな。現在、体内の爆破蟲を排除するための虫下しも作っている最中だし」
「──そうか。それなら、案内してやる」
「おや」
「素直で良いことだ」
「とりあえず、逃げないし、反撃もしないので、離してほしい」
「良いだろう。だが抵抗すれば殺す」
ルコウが男を解放すると、男は一枚のお札を取り出した。
「これで、〝迷い家〟への入り口が開く」
そう言って、そのお札を起動させると、お札の消失と同時に、異空間への出入り口が開いた。
「確かに、さっきまで薄かったルリカの気配が、はっきりしたな」
「では、行くぞ」
「ああ!」
こうして、ルコウとニゲラは〝迷い家〟へと足を踏み入れた。
◇◆◇
婿取山の主に見つかったあと、私は蔵の中にある座敷牢へと入れられた。
「其方の処理は明朝行う。戒めのために、皆を集めてな。
イソトマよ、この女は其方の元婚約者だったな? 最後に話をする時間を与えてやろう」
「あ、ありがとうございます……」
イソトマは真っ青になりながら、婿取山の主に礼を言った。
どうやら、彼は本当に婿取山の主に逆らえないようだ。
それなら何故、こんなところに私を連れてきたのだろう?
そして、ある考えが、私の中に浮かぶ。
「……ああ、なるほど」
「ルリカ?」
「イソトマ様は、私に復讐したかったのですね?」
「え? なんのことだ?」
「イソトマ様は、婿取山の主に私を始末させるために、私をここへ連れてきたのでしょう?」
「い、いや、そういう訳では……」
「ほう?」
私の言い分がおもしろいのか、婿取山の主は邪魔せずに聞いている。
「イソトマ様は、婿取山の主が、この場所にご自分以外の女性がいることを許さないと知っていたはずです。
それなのに、私を連れてきたということは、それ以外の理由があるとは思えません」
「ち、違う! オレは、ただ話を……」
「そして、日永チコリさんのように私の命を奪うのですね。
彼女は貴方の恋人だったというのに、無残な殺し方をするなど……」
「彼女は最後まで自己保身をやめず、謝罪すらしなかった。だから……」
「だから、死んでも仕方がないと?」
「それは……」
「えーと、ちょっと良いか?」
「あ、はい」
婿取山の主が、話しかけてきた。
「おぬしはイソトマの元婚約者だったな?」
「はい」
「しかし、彼にはチコリという恋人がいたのか?」
「はい。私は彼に愛されてはいませんでしたから」
私は、中学から高校にかけてイソトマ様から受けた仕打ちを説明した。
婿取山の主に身の上話をするなんて、変な感じだ。
どうせ死ぬからと、全部ぶちまけてやった。
「イソトマ、おぬし……最低な奴じゃな」
婿取山の主が、彼の所業に引いている。
「……す、素直になれなかったんです。チコリには、騙されて……」
「私はもう、イソトマ様と話すことはありません」
「ルリカ……そんな……」
「まあいい。女、せいぜい朝まで最後の時を安らかに過ごせ。ムベ、面倒を見てやれ」
「かしこまりました……」
「イソトマ、行くぞ」
「は、はい」
婿取山の主はイソトマと共に蔵を出て行った。
「……」
見せしめとして処刑するだけで、拷問はなしってこと?
「……はあ、助かりましたね」
と、ムベさん。
「処刑されることは免れませんよ」
「それはそうですが……」
「……すみません、しばらく一人にしてください」
「分かりました。蔵の外にいますので、ご用の際には声をかけてください」
「はい。ありがとうございます」
「……」
ムベさんが蔵から出ていくのを見送ると、私はほっと息を吐いた。
幸い、お札ホルダーは取り上げられていない。
それなら、何とかなるだろう。
私は座敷牢の隅に座り込み、周りに気づかれないように〝万象札〟を二枚取り出す。
一枚は、爆破蟲探索用のお札にし、発動させる。
すると、至るところから反応があった。
いくら何でも多すぎる。
一番近い反応は、この蔵の近く?
感覚を研ぎ澄ませると、蔵の中にはいない。
しかし、蔵の外。出入り口付近に一体……。
「──っ!」
そこで、ツノゴマ君から聞いた日永チコリの無惨な状態を思い出す。
『まるで、内側から破裂したような──』
破裂と爆破蟲。
つまり、あの爆破蟲は人間の体内にも潜ませることができるのだ。
元の姿では大きすぎるとも思うが、ワタゲさんもチトセさんもその大きさを変えられた。
それなら、婿取山の主が自らの能力で生み出した端末も、その大きさを変えられるだろう
もしかして、下手なことをすると、この〝迷い家〟にいる男性の方々が無惨なことになる?
さらに、桃木農園で魂桃の大木を警護したときのことも思い出す。直接は見ていないが、婿取山の主の下僕たちがやってきて、周囲の竹藪に血と肉を撒き散らしたことを。
私たちは直接見てはいないが、つまりあれはそういうことだったのだろう。
ということは下手に動くと、この〝迷い家〟が血の海になりかねない。
だってお気に入りの男性がいるということは、そうではない男性もいるということ。
魂桃を取りに行った男性たちを人間爆弾にした彼女が、お気に入りではない男性たちの安否をいちいち気にかけるはずがない。
となると、密かに抜け出した方が良いのかな?
私は、もう一枚の万象札を〝腐食〟のお札に変えて、座敷牢の檻に貼り付けた。
そして、〝強制睡眠〟のお札を準備して、座敷牢を出たのだった。




