41 ルリカと決裂
※前半はニゲラ視点です。
◆◇◆
「ルリカが攫われただと!?」
「……」
事態を知ったニゲラは、思わずツノゴマに詰め寄った。
ツノゴマは言い訳もせずただ黙って、ニゲラの言葉を受け止めていた。
「やめろ、ニゲラ。ルリカもツノゴマも爆破蟲を探して二手に分かれていたんだ。ツノゴマだけを責めるな」
ウツギに諭され、ニゲラも感情を荒げるのを止める。
「しかし、ルリカの元婚約者は生きていたんだな。……ルリカは、相手を確かにイソトマと呼んでいたのか?」
「はい。スマホから聞こえた声では、確かにイソトマと呼んでいました。それに、婿取山の主についても話していました」
ルコウの問いに、ツノゴマが答える。
ニゲラは、屋上に残されていたルリカのスマホを握りしめる。
画面には多少ヒビが入ってしまったが、使用には問題なさそうだ。
なお、スーパーで確認された爆破蟲の反応は、ルリカが連れ去られると同時に消えていた。
「ルリカはイソトマに連れ去られたと見て良いだろう。あとは、居場所だが……」
ウツギはニゲラを見る。
「何だ?」
「ニゲラとルリカは婚姻契約を結んでいたな? それなら、相手の居場所も分かるだろう?」
「……あ!」
「え!?」
ニゲラはハッと気付き、ツノゴマはショックを受けたような声をあげた。
「どうした? ツノゴマ?」
「い、いえ……」
「それよりどうだ? ルリカの居場所は分かるか?」
「確認する」
ルコウの言葉に、ニゲラは左手の薬指に記された婚姻契約の証に、魂力と意識を集中させる。
すると、婚姻契約の証が輝き始め、ニゲラの脳裏に、ルリカのいる場所のイメージが浮かび上がった。
「居場所が分かった」
「山の中の集落……地図があれば、特定できそうだ」
「地図アプリでもいいか?」
ルコウはこの辺りの地図をスマホに表示させる。
「多分……ここだ」
ニゲラがルリカの居場所だと確信した場所は、紛うことなき婿取山だった。
「確定か。そんじゃ、アタシとニゲラで先行部隊ってことで先に行こう」
「殺虫剤の完成もまだだぞ?」
「もう少しだって、オルレアが言っていた」
「しかし……」
「あの、お取り込み中のところ、申し訳ありません」
「ん? どうした、エビネ」
対策局のオペレーター、枯野エビネが慌てた様子で、ウツギの執務室へとやってきた。
「お客様が、来ています」
「客? 誰だ?」
「夜長イチゴという、高校生のお嬢さんです」
「高校生?」
「婿取山で行方不明になった恋人からの言葉を伝えたいとか……」
◇
その後、ルコウとニゲラは宣言通りに先行部隊としてルリカ救出へと向かうことになった。
ルコウはいつもどおり愛用の刀を携え、契約神異のワタゲを伴っている。
ニゲラは魂力を効率よく制御できるという数珠型のブレスレットを装備した。
「殺虫剤だけど、仕様変更が入ったから少し遅くなるかもね」
と、オルレア。
「大丈夫ですよ。俺はルリカが無事ならそれで良いんで」
「これも一途ってことなのかねぇ」
「ルリカを無事に助け出すことも大切だが、君たち二人も無事に帰ってくるように」
「……はい!」
「了解」
ウツギに気合を入れて返事をするニゲラ。
心配されることに慣れていないニゲラは、少し胸が温かくなった。
「転移の札、使いましょう。婿取山の麓までですが、一瞬で移動できますよ」
「あ、ありがとうございます」
と、ルリカの兄のヒスイが転移用の札を渡してくれる。
「ルリカのこと、頼みます」
「もちろんです。必ず助けます!」
「では行こう」
ニゲラは早速、転移の札を発動させた。
◇◆◇
「……ここは?」
連れてこられたのは、古風な日本家屋の室内だった。
土間があり、床は板張りで、中央には囲炉裏がある。その煙のせいか、板の間の木材は濃い茶色になっていた。
そこまで広くはないが、綺麗にはされているようだ。
「あれ? 転移酔いもしてないんだ?」
「そういう体質です」
「なるほどね。ここは、婿取山にある〝迷い家〟だよ。婿取山の主様が男たちと住んでるテリトリー。
まあ、家というより小さな集落だけどね」
「なるほど」
イソトマ様は、婿取山の主の下僕になってしまったようだ。
「そして、ここはオレの家。オレ、主様に気に入られてるから、戸建ての家をもらったんだ。専用の風呂やトイレも備わっている。まあ、トイレが水洗じゃないのは、ちょっとアレだけど……。
まあ、身売りしたおかげで、ここでは比較的良い扱いをされているよ」
「そうですか。それで? どうして私はここに連れてこられたんです?」
「話を、したかった」
「話?」
「ああ、座ってくれ。お茶を準備しよう」
イソトマ様が、囲炉裏でお湯を沸かし始める。
私は靴を脱ぎたくなかったので、土間の式台部分に座った。
「それで、話とは?」
「せっかちだな。まあ良いか。
ルリカ、今まで申し訳なかった。本当にオレに相応しい女はお前だけだった。
だがオレはそれに気づかず、お前に酷い態度を取り続けてしまった。だが、オレは心を入れ替えた。だからオレとやり直して欲しい!」
「やり直すというのは?」
「え? オレとまた婚約して欲しいというか、付き合って欲しいというか……」
「無理ですね」
「はっ? 何故っ!?」
「私たちの婚約は、家同士の繋がりのために結ばれたもの。イソトマ様が失踪された時点で、その契約は解消されました。
そもそもの話、私たちの間に愛情や恋愛感情はありませんでしたよね? 今更そのようなことを言われても、困ります」
イソトマ様が婿取山の主に囚われてしまったことには同情するけど、元はといえば、婿取山で腕試しなんてしなければよかったのだ。
正直、自業自得としか思えない。
「え……? お前はオレのことを愛していたのではなかったのか? だから、オレの理不尽な要求にも応えてくれたのでは……?」
「違います。イソトマ様の機嫌を損ねて、家に害が及ぶことを避けたかっただけです」
五行家の間に、どの家が上位で、どの家が下位という序列はない。土用院家はまとめ役なので、ほかの家から多少一目置かれているが、基本的にどの家も対等だ。
まあ、私は波風を立てないために、イソトマ様に従いすぎたところはあるかもしれないが。
「そもそも私はすでに、別の玄冬院の方と婚姻契約を結んでいます。貴方との関係を再構築する未来はありません」
「そん……な……」
「イソトマ様、お客様ですか? ──なっ!?」
その時、四十代くらいの黒い着物を着た男性が、家に入ってきた。若い頃はイケメンというか、美人だったことを思わせる面影がある。
そして私を見ると、酷く驚いた表情をした。
「イソトマ様、この方は? 女性の方ですよね!? どうして連れてきてしまったのですか!?」
「あ……ムベ。これは、その……」
ムベと呼ばれた男性は、咎めるというより焦った様子で、イソトマ様に問いかけている。
しかし、放心してしまったイソトマ様は、うまく答えられないようだ。
仕方ないので、自分で説明することにした。
「申し遅れました。私は長閑──いえ、青春院ルリカと申します。
ここへは、イソトマ様に連れてこられました。理由は話がしたかったからだそうです。私は望んでいません。イソトマ様の一方的な希望です。
慌てているようですが、何か理由があるのですか?」
早口にならないように気をつけつつ、冷静に。それでいて有無を言わせない圧力をかけてムベさんに話しかける。
「あ……失礼しました。私は凍土ムベと申します。あなた様がこの地へ来てしまった理由は理解しました。
私が焦っていたのは、この地では、婿取山の主様以外の女性の存在が許されていないからです」
凍土というと、長男が失踪してその代わりにニゲラを養子として迎え入れたものの、魂力を搾取していた家か。
現在はお取り潰しの一歩手前の状態らしいけど。
「私がここにいると、どうなりますか?」
「恐らく、主様に捕らわれ、拷問されたうえ、最悪の場合は死に至るでしょう……」
「そこまでですか」
「ええ。それほどまでに、主様は自分以外の女性がお嫌いなのです」
「迷い家から逃げる方法は?」
「最近、主様は積極的に外界へ侵攻しています。その際、外界へ通じる門が開きますので、どさくさに紛れて脱出するのが一番でしょう」
「なるほど」
イソトマ様を見ると、意気消沈して黙りこくっている。
その時、囲炉裏にかけていた鉄瓶の湯が沸いた。
「──っ!?」
同時に、重厚な神異の気配が目の前に立ち現れる。
「おや? 夫を迎えに来てみれば、招いていない客がいるのう……?」
そこには、死人のように白い肌と、長く白い髪、そして残忍そうな赤い瞳を持つ女性が現れた。
頭の上には一対の赤いツノがあり、着物を、遊女も驚くほど大胆に着崩している。
「主様、ご機嫌麗しゅう。こちらの方は、イソトマが連れてきたようですが、話は終わったのでもう帰ってもらうつもりです」
「おやおや、ムベはここでの規則を忘れたか?」
「それは……」
「〝迷い家〟に妾以外の女人は禁止。それを破った場合には──」
婿取山の主は、残忍な笑みを浮かべながら続けた。
「女人は全員死刑、じゃ!」




