39 ルリカと危険な蟲
◇
「に、兄様!?」
なんで、ヒスイお兄様がここに!?
桃木さんの農場で会って以来だ!
「ウツギ支部長に頼まれてね、万象札を持ってきた。コウゾも連れてきたぞ!」
『メェ〜』
「コウゾ! 久しぶり!!」
『メェエ〜!』
コウゾは実家で世話している神異の一体だ。
体毛が上質な和紙になっているので、符術が得意な我が家では重宝されている。
そして、私と最も仲が良かった神異だ。
個人ではなく本家で契約しているため、本家の血筋の者が近くにいれば、遠出もできるのだ。
ただ、大ダメージを受けると、朱塗りの祠がある本家に帰ってしまう。
「連れてきて良かったのですか?」
「符術用の紙を作る神異は他にも囲っているし、普通の和紙も十分仕入れているしな。大丈夫だろ?」
「でも、久しぶりに会えて嬉しいです。そういえば、シスイは元気でしたか?」
「相変わらず、色々とうまくやっているらしい。俺としては、すべてを押し付けちまって、申し訳なくはあるけどな」
「……私もです。婚約がなくなってから、ずいぶん自由にさせてもらっていますから」
「まあ、ルリカはその方がいいと思うぞ? イソトマはお前とは合わなかったと思う。性格もクソだったしな。
まあ、父上はそれが最善だと思ったのだろうが、いつものように空回っただけだ」
「あはは、なるほど」
お父様は当主としては優秀な方だが、焦ると空回って事態が悪い方向に行ってしまう人なのだ。
そのせいで、正妻であるお母様との仲まで冷え切ってしまったり……。
「さて、お札作るんだろ? 俺も協力しよう。符術無効の札を作るんだったか?」
「あ、はい!」
お兄様は治癒の天賦は持たなかったが、符術に関しては天才的だ。
私が作った〝お札無効化のお札〟──いや、符術無効の札の方が格好良いな──〝符術無効の札〟も術式を見ただけで解析してしまい、すぐに作れるようになってしまうくらいには。
そうして、符術無効の札もあっという間に作ってしまった上、その術式は私のものよりも綺麗にデザインされていた……。
◇
翌朝、回収した爆破蟲たちはオルレアさんが研究用に残す分を除いて、すべて山間部にある皇国軍の演習場に運ばれて行った。
トラックは、皇国軍が用意してくれたようだ。
爆破の瞬間が見たいということで、お兄様がトラックに同乗して行った。
対策局に所属しているわけではないが、身元がしっかりしている青春院本家出身の魂術師だから、特別に許可が下りたらしい。
そしてお昼頃、無事、すべての爆破処理が完了したと連絡が来たのだった。
しかし、ほっとしたのも束の間。
芝草市にある有名な植物園が爆破されたという緊急連絡が入ったのは、その日の午後のことだった……。
◆◇◆
時間は少し遡る。
イソトマは、とある場所に来ていた。
ひとまず、婿取山の主から命じられていた爆破蟲の設置は、すべて終わったので、次の命令が来るまでは自由行動となったのだ。
トキオは他に用があると言ってどこかに行ってしまったので、イソトマも好きに行動させてもらうことにした。
さすがに逃げたりすれば体内の爆破蟲がイソトマたちの命を奪うだろうが、それ以外の行動は、特に制限されていないらしい。
(恐らく、主様が一度に操れる端末の数には、限りがあるのだろう)
もっとも、イソトマの行動については、彼の願いを婿取山の主が快く聞き入れてくれたため、彼女も認めているのだ。
そして、イソトマが向かっていたのは、自分を騙し、ルリカとの仲を拗らせる原因となった女のところだった。
日永チコリ。
高校に入学してすぐ、ルリカとの関係改善に悩んでいた時にイソトマに近づいて来た女だ。
彼女の家は退異師や魂術師の家系ではない一般家庭だ。しかし、彼女には治癒の〝天賦〟があった。
どうやら彼女の何代か前の先祖が、青春院家の分家の者と結婚していたらしい。といっても、彼女の家は青春院とはまったく関わりがない。
彼女にとってはそれが不満だったのかもしれない。
だが、ちょっとした切り傷や擦り傷を治せる者なら、青春院の分家にも腐るほどいる。
彼女が青春院から目をかけてもらえることは、ない。
今思えば、チコリはルリカからイソトマを奪い、都合が悪くなったため、婿取山の主に彼を処理させようとしたのだろう。
これなら、彼女側に慰謝料は発生せず、ついでに事情を知るウメキとトキオも処理できた。
ウメキの妹でトキオの彼女だったイチゴは、恐らく事情を知らないだろう。
イソトマはまず、高校時代何度も行ったことがあるチコリのアパートへ向かった。
チコリは家族との仲が悪いらしく、高校時代から一人暮らしをしていた。
(さすがに、まだ住んでいるとは思えないが……)
イソトマは、チコリの部屋があるアパートの二階を見上げた。
その時、目的の部屋のドアが開いた。
「もう! 帰ってよ!!」
「はあ!? 来いって言ったのお前だろうが!!」
男女の言い争う声が聞こえ、男は怒った様子で部屋を出て行った。
イソトマは、その女の声をよく知っていた。
(チコリはまだ、このアパートに住んでいる!)
男の姿が見えなくなると、イソトマは急いで階段を駆け上がり、目的の部屋へ向かった。
玄関のドアノブに手をかけて捻ると、開いていた。
そのまま室内に侵入し、背後でドアに鍵をかけた。
1Kの部屋なので、玄関からでも室内の様子が窺えた。
靴は脱がずに、チコリのそばまで進む。
毛足の長い白いカーペット。その上にあるローテーブル。立て掛けられているスティッククリーナー。
お姫様が使うようなベッドは、高校時代何度もチコリと一緒に使った。
チコリの部屋は、四ヶ月前とほとんど変わってはいなかった。
いや、自分以外の男の私物がいくつかあったので、そのあたりは変わったのかもしれない。
「何よ! いまさら戻ってきたって……え?」
チコリは、イソトマの顔を見ると、固まった。
「あ……イソトマ……? なん、で……」
「久しぶり。死んだと思っていた男が生きていて、驚いたか?」
「〜〜〜〜っ!?」
自分でも驚くほどの冷たい声が出た。
「あ、無事で良かったわ、イソトマ! 心配していたの!!」
チコリは慌てて表情を取り繕い、イソトマに擦り寄った。
昔は可愛らしいと思っていた、作ったようなアニメ声も、今となっては耳障りなだけだった。
「卒業旅行は、邪魔なオレを始末するためにお前が計画したのに?
事情を知るウメキとトキオまで犠牲になって、さぞ都合が良かっただろうな」
「ち、ちが……私は、自分だけ幸せになろうとしてる男たちに少し怖い目に遭ってもらおうと思っただけで……。
──大体、イソトマが婿取山の主を挑発しなければ、アンタたちは捕まらなかったじゃない!」
「でも、オレとルリカの仲をこじらせるように仕向けたのは、お前だろ?」
「それは……」
チコリの顔が、嫉妬で醜く歪む。
「あの女は、私が欲しいものを全部持ってるくせに、辛そうにしてたから……」
(どうしてオレは、コイツのことが好きだったのだろう?)
チコリといると、ルリカが何か言いたげな様子でこちらを見ていたので、それが心地よかった。
ルリカがイソトマを気にしてくれている証拠だから……。
(ああそうか、オレは……ルリカに気にされたかった。構って欲しかったんだ……)
その感情に気づき、イソトマの口から乾いた笑いが漏れる。
「な、何よ……?」
「自分のバカさ加減に、呆れただけだ」
そして、酷く冷たい目で、チコリを見つめた。
「ひぃっ……!?」
「オレが大変な目に遭っている間、お前は他の男と付き合ってたのか?」
「だ、だって……イソトマはもう死んだって、言われて……」
「そうか、それは仕方ないな……」
イソトマは笑みを浮かべた。
「あ……イソトマ、私……」
それを許しと受け取ったチコリは、少し気を抜いてしまった。
「オレはどうやら婿取山の主に気に入られたみたいでね。最近、〝夫〟にしてもらったんだ。それで、彼女の能力の一部を使う許可を得ているんだ」
「え?」
イソトマが右手のひらを上に向けると、その手の上に何かが現れる。
『ギギィ……』
「ひっ!?」
それは巨大な地虫だった。
『ギギ……イソトマよ、それがお前の復讐したい相手か?』
「そうです。主様」
『では、爆破蟲共に処理させよう』
「ありがとうございます」
そして、チコリの周りに同じ地虫が数体、転送されてくる。
「とりあえず、オレが味わったことを君も体験してみてくれ。性別が違うから、女性バージョンということになるけどね」
「ぎゃ……んぐっ!?」
地虫たちは、その身体にそぐわない素早さでチコリの体によじ登った。
そして、そのうちの一体が、叫び声を上げようとしたチコリの口を塞いだ。
「こいつらは婿取山の主の能力の一部……いや、端末と呼ぶべきかな? 君がやってきたことをすべて世間に暴露するのなら、命だけは助けてあげるけど?」
もっとも、返事を聞くつもりなど、最初からなかった。
「〜〜〜〜っ」
チコリは呑み込まれていく地虫をどうすることもできず、ただ、愉快そうに自分を見下ろすイソトマを見上げることしかできなかった……。
◇
『……イソトマ、其方たちが設置した爆破蟲の様子がおかしい』
「おや? 対策局にでも気づかれましたか?」
『その様子もないのだが、このままでは、失敗してしまう可能性がある』
「ではこの後、もう一つの場所にも爆破蟲を設置してきましょう」
『トキオはどうした?』
「何か用があると言って、今は別行動中ですね。まあ、爆破蟲を設置するのはオレ一人でも問題ありませんよ」
『……そうか、頼んだぞ?』
そこで、婿取山の主との通話が切れた。
手に持っていた爆破蟲をチコリの部屋の床に放ると、イソトマは彼女の部屋を後にした。
彼らは、役目が終わったら勝手に婿取山の主の元へと帰るだろう。
部屋の中からは、くぐもったうめき声が響いていたが、『ボンッ』という鈍い音が響くと、静かになった……。




