35 ルリカと犯行声明
◇◆◇
「おはようございま〜す……」
翌日、私は痛む胃を押さえながら出勤した。
私は、緊急招集こそされなかったが、早朝に発生した神異による爆破テロのため、対策局の事務所は朝から騒がしかった。
今日の早朝に起きた神異による爆破テロについては、〝婿取山の主〟の名で犯行声明が出されていた。
これまで、自分のテリトリー内に入った男性を攫う以外には目立った動きをしていなかった婿取山の主が突然起こした事件に、対策局も対応を追われているようだ。
婿取山の主に元婚約者を拉致された私も、まったくの無関係ではない。いや、私は何もしていないけど……。
そして昨日来た、イソトマ様からのメール……。
何故今頃? どういう意図? 本人なのか?
そんなわけで、昨日私は一日中、胃痛と頭痛に悩まされながら過ごしたのだった。
ちなみに、『ルリカ、愛してる。会いたい』という短いメールだったが、私の胃を破壊するには十分な内容だった。
送り主が本人だとすれば、中学時代は都合のいいパシリにされ、高校時代は恋人の日永チコリと共に私を馬鹿にし、邪険にしてきた癖に今更何なのだろう?
一応、支部長さんに相談してから、ご実家にも連絡してもらおうと思うけど、この忙しい時に申し訳ないな……。
あ、それにはまず、私の本名を明かさないといけないのか。
「はぁ〜……」
「おはよう、ルリカ。どうした? 体調が悪いのか?」
出勤して、最初に話しかけてきたのはニゲラだった。
そして、目敏く私の異変にも気付く。
「おはようございます、ニゲラ君。え〜と、体調は大丈夫なんですが……」
「何か嫌なことでもあったのか? まあ、今朝の事件のことを考えれば、無理はないけど……」
ニゲラは私の両手を優しく掴みながら言った。心から心配しているようだ。
ニゲラ、なんていい奴なんだ……。
「お〜、ルリカおはよ〜。なんか大変なことになったよな〜」
「おはようございます、ルリカさん。……ルコウは、緊張感がなさすぎですね」
ルコウさんとアオハさんもやって来た。
『緊張しすぎて、動けなくなるよりはいいんじゃないか?』
『ぴぴぃ?』
二人の契約神異たちも一緒だ。
「……」
正直、これ以上抱え込むのは、私の胃が持たない。本当に体にも悪影響が出そうだ……。
軟弱と言われるかもしれないが、こういう場合、一人で抱え込んでいても、大抵、良い結果にはならない。原作漫画でもそうだった。
なので、私は皆さんに相談することにした。
「アオハ、ルコウ、ルリカ、ニゲラ。全員出勤しているな? 神異たちも一緒に、俺の執務室に来てくれ」
その時、支部長の千秋楽ウツギさんが呼びに来た。
「はい」
「りょうか〜い」
私の事情を話すのにも、ちょうど良いタイミングかもしれない。
私たちは、ウツギさんの執務室へ向かった。
◇
ウツギさんの執務室に行くと、すでにイワツメ先輩と、バショウ先輩、そしてツヅミさんがいた。
「皆も知っているとは思うが、本日早朝、我々の管轄内で神異による爆破テロが起きた」
話の内容は、やはりそのことだった。
しかし何故、このメンバー?
「とうとう、婿取山の主が動き出したということだな」
「支部長、そもそも婿取山の主って、どんな奴なんですか?
あ、男だけで山に入った人間を攫うのは知っていますけど」
イワツメ先輩が言った。
確かに私もそれくらいしか知らない。他に知っていることといえば、昔からいるということくらいか。
あとは、元婚約者のイソトマ様と、その友人たちが攫われて、私との婚約が解消されたとか……あ、昨日のメールを思い出して、胃が……。
「そうだな。現在では、その由来もあまり伝わっていないだろう」
ウツギさんの説明はこうだ。
昔々、まだ江戸の世だった頃、一人の女性がいた。
その女性はとある商家の一人娘で、とても裕福だったが、不美人だった。
その一方で、家業を支えられるほどの商才があった。
彼女は、従業員で最も優秀な男性と結婚したが、男は女を裏切って陥れ、彼女の両親も死に追いやり、商家を奪った。
夫になった男性は、彼女の商才など認めておらず、不美人で、裕福な家に生まれたことしか取り柄のない女だと見下していた。
そして、そんな女性と添い遂げるつもりはなく、初めから家を乗っ取る目的で結婚したらしい。
女性は夫の用意した悪漢たちに襲われそうになり、命からがら山へと逃げた。しかし、そこで山犬に襲われ、動けなくなった。
そのとき、何かを強く願った女性は、神異へと転化したらしい──。
「その後は、男のみを襲う神異となり、自分を裏切った夫や襲って来た悪漢たちを葬ったと言われているが、真偽は定かではない」
なるほど。そんなことをされれば、男を襲う神異になっても不思議ではないかも?
「それがどうして今更、爆破テロなんて仕掛けて来たんだか……」
「それが分かれば苦労はしない……が、一説には人間から転化した神異には組織のようなものがあるらしい」
ルコウさんの言葉に、ウツギさんが答える。
「組織、ですか?」
「ああ。詳しくはまだ分かってはいないが、元人間の神異が集まっても、どうせ碌なことはしないだろう」
「というか、その組織、統率が取れるんスか?」
イワツメ先輩たちの会話を聞きつつ、私はあることを思い出す。
そういえばあったよ! 人間から神異に転化した人たちの組織!
組織名は読み飛ばしてたから覚えていないけど、そのリーダーは覚えている。
確か、〝ソラナキ〟という神異で、ラスボスだと思われていた人物だ。
組織の目的は、神異だけの国を創ることだとか、人間への復讐だとか、そんな感じだったけど、元人間の神異って、強い負の感情をきっかけに神異となっているから、みんな我が強い。
統率なんて取れるわけがないので、お労しいって、読者からも言われていた苦労人だ。
原作では、婿取山の主は出てこなかったが、どうせ、爆破テロの理由なんて利己的なものだろう。
その組織が今回の事件にどう関わってくるかは分からないが、原作の展開に近づくほど、私の死期も迫っているような気がして嫌だな〜。
「ルリカ? 大丈夫か?」
「え?」
「顔色が悪い」
またしても、ニゲラに指摘されてしまった。
皆さんからも、注目されているし……。
いや、これはチャンスだ。
この場で私の悩みの種を伝えておこう。
「あの、今回の件に直接関係するかは分かりませんが、無関係とも言い切れないことなので、お伝えしておきます」
「何だ?」
「実は……」
私は元婚約者のことや、彼が婿取山の主に捕らえられていることなどを伝えた。
「婚約者……ということは、ルリカはもしかして……?」
ルコウさんが目を見開いた。
「え〜と、実家は青春院の本家です。一人暮らしをするにあたり、色々面倒なことに巻き込まれないようにと、〝長閑〟の姓を名乗っていました。一応、遠い親戚の姓です」
「なるほど……」
ウツギさんも難しい顔をしている。
あれ? これって、経歴(?)詐称的なことになる? 私、クビかな!?
「それは、知っていた」
「え?」
「五行家の本家やそれに近しい血筋の者は、数年に一度、集まることもあるからな。
青春院本家で檸檬色の瞳の者は、君と君の母上だけだし、瑠璃色の髪と檸檬色の瞳の組み合わせは君だけだ」
「な、なんと……」
意外と目立ってたんだな、この容姿……。
「それで、青春院本家のお嬢さんを預かるから、当主のリンドウさんにも許可をとったんだ」
「知りませんでした……」
お父様……良かれと思って、私に知らせなかったのかもしれませんが、相変わらず空回ってるな〜。
「それに、君の元婚約者だった玄冬院イソトマ君についても知っている」
「え?」
「元々、彼は対策局に就職する予定だったのだ」
「ええっ!? そうなんですか?」
それは、初耳だ。
いや、高校卒業したら、結婚する予定だったから、就職先が決まっているのは知っていたけど、まさか、対策局だったとは……。
「もちろん、彼が婿取山の主に捕まって生死不明なのもな」
「そうでしたか……あ、そういえば、そのイソトマ様から、昨日、メールが来まして……」
「生きていたのか?」
「本人かどうかは、分かりませんが……」
私は、メールの内容を見せる。
「……これ、本人じゃないか?」
「ですかね?」
「イソトマ君に、未練は?」
「無いですね。そもそも、私、彼に嫌われていましたし、今更こんなことを言われる理由が分かりません」
私はルコウさんの言葉を否定する。
「え? どういうこと? ルリカちゃん?」
「婚約者なのに嫌われていたのですか?」
イワツメ先輩とバショウ先輩が引いている。
「実は……」
私は、中学・高校時代のことを話した。
もちろん、センシティブな部分はぼかしてね。
「酷い奴ですね、イソトマ君……」
「面接の時は、好青年だったのだが……」
アオハさんとウツギさんも、引いている。
「なるほど、ルリカの事情は分かった。こちらも留意しよう。
さて、君たちを呼んだ理由をまだ説明していなかったな」
「そういえば」
「まだだった」
「入ってくれ」
ウツギさんの言葉を受け、ある人物が、執務室につながる応接室から入ってきた。
その人物は中性的な顔立ちをしており、制服である檸檬色のジャンパーを着ていた。
「自己紹介を」
「雨月ツノゴマです。よろしく」
え? 雨月ツノゴマって、え?
『ぴよ?』
少し前に、カラスバちゃんを巡って私たちと争った、あの魂術師……!?




