34 ◆イソトマと久しぶりの娑婆
◆◇◆
時間は少し遡る。
「……」
イソトマは、久しぶりの外界の空気に泣きたくなった。
久々の洋服の肌触りにも感動した。
家柄的に着物にも着慣れていたが、やはり洋服の方が動きやすい。
家柄的に着物にも着慣れていたが、やはり洋服の方が動きやすい。
「ほい。モバイルバッテリー」
「ありがとう……」
イソトマと共に婿取山の主に囚われた南風トキオが、買ったばかりのモバイルバッテリーを渡してくる。乾電池で充電するタイプのものだ。
公園でスマホの充電が終わるのを待ちながら、二人でコンビニで買ってきたホットスナックや弁当、菓子パンなどを貪り食う。
公園に人がいれば不審に思われただろうが、平日の昼間だったことが幸いして、他に人はいなかった。
久しぶりのコンビニ飯は、涙が出るほど美味かった。
腹が満たされると、スマホの電源を入れてみる。
今日の日付を確認すると、彼らが失踪してから約四ヶ月が経っていた。
そして、これまでに送られてきたメールが、一気に受信された。
(まだ、スマホは解約されていないのか?)
スマホの使用料金は、引き落としになっているはずだが、もしかしたら彼の家族は解約するのを忘れているのかもしれない。
すでにイソトマは死んだことになっているはずだ。
今更、メールの内容を読む気にはなれなかったので、未読のままゴミ箱に入れた。
「……っ!」
だが、婚約者だった青春院ルリカから送られてきたメールを見つけたところで指が止まった。
(結局、彼女には謝れなかったな……)
ルリカからのメールは全部で三通あった。イソトマは、そのメールを開く。
一通目の内容は、婿取山で行方不明になったイソトマを心配するもの。
二通目は、イソトマたちの捜索が打ち切られたこと。
三通目は、ルリカとの婚約が解消されたことと、別れの言葉……。
そこに、イソトマを責める言葉は無かった。
「……」
イソトマはとうとう涙を流した。
そして、最後になるかもしれない返信を、ついルリカに送ってしまった。
未練がましいとも思ったが、どうしても送らずにはいられなかった。
「……イソトマ、そろそろ行こう」
「ああ……」
トキオの様子を見ると、どうやらトキオの方も同じような状態らしい。彼には恋人がいて、家族仲も良かった。今でも、恋人や家族は彼の帰りを待っているのかもしれない。
彼の恋人も、卒業旅行で婿取山へ向かった際に同行していた。
(そういえば、チコリとイチゴは無事に山を降りられたのだろうか?)
日永チコリは、イソトマが高校時代に付き合っていた女性だ。卒業旅行を最後に、別れるつもりだった。
夜長イチゴは、イソトマとトキオと共に婿取山の主に囚われた夜長ウメキの妹であり、トキオの彼女だ。
一学年下なので、まだ高校生だ。
二人を自分の我儘に付き合わせ、怖い目に遭わせてしまった。
婿取山の主は、女は基本的に襲わないし、攫わない。無事に下山できていれば、今も生きてはいるだろうが……。
しかし、イチゴからは心配するメールが来ていたが、チコリからのメールは一通もなかった。
(……なんでオレ、チコリと付き合ってたんだろう?)
今更ながら、ふとそんなことを思った。
初めは、ルリカの関心を引きたかった。嫉妬してほしかったのだ。
しかし、いつしかルリカよりも優先し、一緒にルリカを馬鹿にするようになった。
ルリカとはできなかった、恋人同士でするようなことは、チコリで一通り済ませた。
彼女は、『ルリカと結婚したときに恥をかかないための練習だと思って』と言ってくれたので、それに甘えた。
だが、今思えば、本当に愛していたかどうか疑わしい。
「……イソトマ、そろそろ行こう」
「あ、ああ」
公園を出て、目的地に向かう。
四ヶ月程度では、世間に大きな変化は見られなかったが、それが逆に焦燥感を駆り立てた。
「ここだな」
目的地は、先ほどの公園から徒歩十分くらいの場所にある市営の運動場。体育館や競技場などが併設されており、今も、競技場の周囲をランニングしている人たちがいる。
しかし夜明け頃なら、あまり人はいないだろうし、破壊されても、人々の生活への影響はそこまで大きくないだろう。
平日なら大きなイベントも入っていないはずなので、最初の標的としては悪くない。
イソトマとトキオは、彼らの主からある任務を受け、約四ヶ月ぶりに外界へ来ていた。
イソトマたちは人気のない場所に向かい、作業をしながらこうなった経緯を思い出した──。
◆
数日前。
その日は珍しく、〝迷い家〟で暮らす男たち全員が広間に集められ、集会が行われた。
「これから、妾は外界に侵攻することにした。そのための一歩として、主要施設を順次、爆破する!」
そして、主の言葉に男たちは凍りついた。
彼らの主である〝婿取山の主〟は、強力な能力を持つ神異だ。
婿取山を根城にし、異空間に〝迷い家〟を作り、時折、山に来た男たちを攫ったりするものの、比較的静かに暮らしていた。
攫われた男たちも、主の命令に従っていれば平和に過ごせてはいたので、あまり不満は出なかった。
……いや、不満を抱いた者は処分されていたので、不満を抱くこともできなかっただけなのだが。
だが、自分たちから犯罪を犯しに行くとなれば、話は別だ。ただの魂桃泥棒とは訳が違う。
しかし、彼らには拒否権はない。
「其方たちには、十分に協力してもらうぞ?」
そう言って、婿取山の主はニヤリと笑った。
そして、婿取山の主の目的のために、イソトマとトキオは抜擢され、約四ヶ月ぶりに外界へと戻ってきたのだった。
ある程度の自由行動は許されてはいるが、二人は逃げ出したり、他者に助けを求めたりできないようにされている。
◆
イソトマは、婿取山の主から預かった転送用の札をいくつかトキオの風の魂術で目の前の施設の上空に飛ばし、イソトマの〝天賦〟で固定した。
そして、爆発する機能を持つ婿取山の主の端末を転送する。
婿取山の主から、爆破する時間帯は夜明け頃と指定されていた。
それまでに、別の場所にも同じ仕掛けを設置する。
まずはこの運動場を爆破して、様子を見てからその他の施設も爆破する予定だ。
ちなみに、トキオの家は魂術師の家系で、彼も風系の魂術が使える。
「これで俺たちも犯罪者だな」
「そうだな。でも、逃げたくても、逃げられないだろう?」
「次の目的地に向かう前に、着替えよう」
二人はファッションショップで服を買い、着替えてから、別の目的地へ向かった。
活動資金は、婿取山の主が現金を用意してくれたので、問題はない。
どこから得た資金かは、不明だ。
◇
「……なあ、トキオはオレのことを恨んでいるだろ? こんなことになって……」
バス停でバスを待ちながら、イソトマは意を決して、以前から気になっていたことを尋ねた。
「……そうだな。でもそれ以上に、お前を止められなかったことを悔やんでいる」
「それは、オレが我儘を言って……」
「山に行ったことじゃない。日永チコリと付き合うことを止めなかったことを、だ」
「チコリと?」
「俺とイチゴが付き合うのに協力してもらう代わりに、俺はお前とチコリが付き合うのを後押しした。
ウメキは、妹のイチゴをチコリに友人という名の人質にされていた」
「それは……」
イソトマは、トキオが言おうとしていることが分からない。
「なんだ? おかしいと思わなかったのか? 婚約者がいる男と付き合おうという女なんて、マトモなわけがない。
あの日、卒業旅行の行き先に婿取山を選び、そこで腕試しをしようと言い出したのはチコリだっただろう?」
「──っ!?」
イソトマは息を呑んだ。
「だ、だが……何故?」
「高校を卒業したら、お前はルリカと結婚する。チコリを愛人としてそばに置くことすらせず、何事もなかったかのように捨てて、幸せになる。
それが許せなかったんだろうよ。自分を捨てるお前のことがな」
「そん、な……」
「まあ、俺やウメキも婿取山の主のことを、甘く見ていたのは事実だが……」
(そんなことで、オレの未来は閉ざされたのか?)
「俺もウメキも、チコリがまともじゃないことには気づいていた。それでも、止められなかった。だから、今こうなっているのは、その罰なんだ」
「……」
イソトマの心に黒いものが湧いてくる。
(それなのに、チコリは逃げ出し、のうのうと生きているのか……?)
二人はバスに乗り込み、目的地へと向かう。
ふと窓の外へ目を向けたイソトマは、見覚えのある瑠璃色の髪を見つけた。
(ルリカ──!?)
ルリカは対策局の制服である、特徴的なデザインのジャンパーを着ていた。
色は、瑠璃色。
その隣には、同じデザインで黒色のジャンパーを着た赤髪の女性がいた。
(なんで、ルリカが対策局の制服を!?)
二人はコンビニの駐車場にいた。車から降りたところらしく、楽しそうに言葉を交わしながら、コンビニの中へと入って行った。
時間からして、昼食でも買いに来たのだろうか。
「イソトマ? どうした?」
「いや……何でもない」
(まさか、ルリカは対策局に就職したのか? オレが就職する予定だった対策局に!?)
イソトマの心の中に、黒いものがさらに湧き出てくる。
(どうしてあんなに楽しそうにしているんだ? オレがいなくなったのに、どうして平気で笑っていられる?
オレはもう、元の生活には戻れないのに──!!)
先ほどまで抱いていた後悔は、いつしか憎悪に塗り潰されていた。
ルリカには何の責任もない。それは、イソトマも頭では分かっていた。それでも、彼女だけが新しい人生を歩んでいることが許せなかった。
イソトマの胸の中で、嫉妬と逆恨みが燃え上がる。
(そもそもの原因は、チコリだ。あの女は絶対に許さない!)
イソトマの心は、完全に黒く染まってしまった。
(そして──ルリカにも、オレと同じ場所まで……堕ちてきてほしい……)
自分がルリカにしてきた仕打ちを顧みることなく、イソトマは心の底からそう願った。




