33 ルリカと休日の終わり
◇
「ルリカ!」
「──っ!」
地面に叩きつけられる前に、フワリと落下速度が軽減され、私はニゲラの腕の中に収まった。
「ニ、ニゲラ君……」
「魂術で、重力を操作した。大丈夫か?」
「う、うん……あ、ごめん、ニゲラ君。腕一本しか切り落とせなかった」
辺りを見回すと、私とニゲラは氷でできた足場の上にいた。
ニゲラが、魂術で作り出したらしい。
「いや、ルリカが囮になってくれたおかげで、助かった」
「え?」
そして毛虫型神異を見れば、地面から突き出した氷の槍に貫かれていた。
『ぴぃぃ!』
「あ、カラスバちゃん! 大丈夫だった?」
『ぴぴぃ!』
「無事でよかった」
涙を浮かべながら、カラスバちゃんが飛んできた。
落としてしまったことを謝っているようだ。怪我はないみたい。
『ぎゅ、ぎぎ……』
それでも毛虫型神異は身をよじって針のような体毛を飛ばそうとした。
「さて、それじゃあ、仕上げだな。カラスバ、飛び降りるからアシストしてくれ」
『ぴぃ!』
カラスバちゃんの足が伸び、私とニゲラをぐるぐる巻きにした。
「え? 飛び降りる?」
「ルリカ、しっかり捕まっていてくれ!」
「ええええええ!?」
宣言通り、ニゲラは私を抱きかかえたまま飛び降りた。
「『魂術変換・泉下』!」
毛虫型神異を貫いていた氷の槍が水に変わり、その全身を覆い尽くした。
『〜〜〜〜っ』
私とニゲラは、カラスバちゃんのアシストで、無事に着地した。
「お、溺れてる?」
「神異って呼吸しているんだな」
「大丈夫かい、二人とも!」
アオハさんが駆け寄ってきた。
「なんとかな。あとは、神異の目玉を引きちぎるだけだ。ルリカを頼む。少し離れていてくれ」
「あ、ああ。ルリカさん、こちらへ。カラスバも」
「は、はい!」
『ぴぃ!』
私たちはニゲラから、少し離れる。
「それじゃあ、こうだな」
ニゲラが右手を毛虫型神異にかざす。そして何かを殴るように前に突き出した。
同時に毛虫型神異の口がガコッと開いた。
次に、ニゲラが何かを掴むような仕草をすると、毛虫型神異の舌と一体化している弱点が引き摺り出される。
え? 魂力で作り出した水を操って、遠隔操作的なことをしてる?
『ごぼっがぼぼっ!?』
「それじゃあ、水の一部だけ〝氷刃〟にして……」
目玉の周りの水を氷の刃に変化させて切断すると、毛虫型神異は黒い煙になって消えた。
ニゲラが魂術を解くと、魂力で作り出していた水も霧のように消えた。
「あとは、禍津祠の駆除だな」
「ニゲラ君、凄い……」
さすがは原作漫画の序盤ボス! 漫画終盤で、「あいつ、序盤で倒されてたけど、もしかしてめっちゃ強い奴だったんじゃないの!?」と言われるやつだ。
「おーい! 禍津祠を見つけたぞ!」
『こちらですー』
ルコウさんと小熊型神異のぷーちゃんが呼んでいる。
ワタゲさんは大型犬サイズのまま、まだパイナップルを咥えていた。
「行こう、ニゲラ君!」
「ああ」
私たちは、ルコウさんの元へ向かった。
◇
毛虫型神異の禍津祠は、廃屋の中にあった。
廃墟の中にはまだ家財道具などが残されており、以前は人が住んでいたことを物語っていた。
中には家族写真もあり、ここに住んでいた子供は、学校に行くのが大変だっただろうなと思った。
「これか」
禍津祠に近付き、御扉を開けると、毛虫型神異の真名が書いてある。
「せっかくだから、ニゲラ、勝利宣言をしてみろ」
「ん? 分かった」
ニゲラは禍津祠の前にしゃがみ、手を合わせる。
「『毛羅主』討伐完了、これにて終幕」
勝利宣言をすると、禍津祠も黒い煙になって消えた。
「これで、終了か?」
「だな」
『わーありがとうございますー』
「それじゃ、戻りますか」
『あ、その前に!』
「どーした。ぷーちゃん?」
『こちらのお嬢さんは怪我をしていますね! ボクの屋代で治療をさせてください!』
「えーと?」
私のことだね。
体を確認すると、頬に浅い傷ができており、少し血が滲んでいた。
毛虫型神異の毛羅主の毛針が掠ったかな? 毒がなくて良かった。
これくらいなら、回復の魂術で治せるけど……。
「せっかくだから、お言葉に甘えましょう」
「そうだな。せっかくだしな!」
ん? アオハさんもルコウさんも、何か企んでいる?
「俺はどっちでも良いぞ」
「そ、それじゃあ、お願いします!」
『はい! ではこちらへ!』
ぷーちゃんの言葉で、目の前の空間が歪み、穴が開いた。
「こ、これは……」
「異空間への入口、かな?」
『さあ、どうぞ! この先が、ボクの屋代です!』
私たちは顔を見合わせたが、ぷーちゃんに誘われるがまま、その後に続いた。
異空間への入口みたいなゲートを抜けた先は、深い森の中だった。
少し開けた場所に、朱塗りの屋代がある。
どうやら、朱塗りの祠がレベルアップした状態らしい。
『ここは、先ほどの場所からそれほど離れていない山中と、同じ場所にあります』
「同じ場所?」
なんか、変な説明だ。
『ええと、同じ場所にはあるんですが、別の世界なので、皆さんの世界には存在していないといいますか……別の空間に、自分だけの小さな世界を作っているような感じでしょうか?』
「う〜ん、分かったような」
「分からんような?」
「まあ、結界に囲まれて、普段は認識できないとでも思っておけば良いんじゃないか?」
『さあ、ルリ色の髪のお嬢さん。怪我の治療をしましょう!』
ぷーちゃんは、屋代の中から木製の薬箱と木桶を持ってきた。
『まずは、傷口を洗います!』
木桶に魂力で水を張る。そして、綺麗なガーゼ(手拭い?)で、頬の傷を綺麗にしてくれた。
『傷薬、塗りますね!』
私はぷーちゃんにされるがままに、薬を塗ってもらった。
『はい、治りました!』
「え?」
早いな!?
「ほ、本当だ……」
「魂力に作用して、治癒力を高めたのか?」
「え? 本当に?」
「ああ、もうすっかり治っている」
ニゲラ君も、かなり驚いているようだ。
『お嬢さんは、治癒系の天賦を持ってるから、治りも早いですね!』
「あの、この傷薬の作り方、教えていただけませんか!?」
『いいですよ〜。メモを渡しますね〜。ちょっと待っててくださ〜い』
「ありがとうございます!」
ぷーちゃんは薬箱や桶を片付けるために、屋代の奥へ戻った。
屋代の中を覗くと普通の神社のように祭壇があった。
その祭壇の奥に、掛け軸のようなものが半分隠れるように飾られている。
そこに記されていた文字は、護熊主。
恐らく、ぷーちゃんの真名だろう。
他のみんなも気づいているみたいだが、あえて言葉には出さなかった。
『はい、こちらです!』
ぷーちゃんが紙を持って戻って来た。
紙には、傷薬の材料と作り方が細い筆で書かれていた。
意外と達筆だ。
「ありがとうございます。ぷーちゃんは、薬とか作るのが得意なのですか?」
『はい。そういった性質で生まれたので〜』
「……人間と契約する気はありませんか?」
『ボクは、この地を守りながら、静かに暮らしたいだけなので〜。今のところは考えてはいないですね〜』
「そうですか。あ、せっかくだから、朝食食べていきません? 神異の糧にはなりませんけど……」
神異は、魂桃か人間を食べなければ、魂力を得られないのだ。あとは、人間と契約するくらいか。
『え? いいんですか?』
そうして、コテージに戻ってくる頃には、空が白み始めていた。
まあ、ぷーちゃんにコテージ近くに出口を設定してもらったので、歩かなくて済んだんだけど。
その後、朝食のカレーをぷーちゃんと一緒にいただいた。
昨夜、ちゃんと回収したパイナップルも切って、焼いてみたらこれがまあ、美味しい!
『こんな美味しいもの、初めて食べました〜』
ぷーちゃんも、大満足である。
「気に入ったのなら、今度からお供えしてもらうといい」
『お願いしてみます〜』
朝食が済むと私たちはぷーちゃんと別れ、後片付けをし、少し仮眠をとってから帰路に就いた。
その後、青蔓ふれあいの森で、焼きパイナップルが名物になったりするのだが、それはまた別の話。
自宅マンションに着くと、ニゲラがもう一泊したいと駄々を捏ねたが、ルコウさんとアオハさんに強制的にウツギさんの家へと運ばれて行った……。
六日間の特別休暇は、残り一日だ。
私は自宅でゆっくり過ごすことにした。
◆
翌日、私は一人で静かな朝食をとった。
誰かと一緒に過ごしたのは、たった三日だけなのに、なんだか寂しく感じてしまう。
掃除などを終え、ぼんやりとテレビを見ていると、スマホにメールの受信を知らせる通知が表示された。
ルコウさんか、ニゲラからかな? あるいは、アオハさんからの業務連絡?
「──えっ!?」
キャンプでの出来事を思い出し、わくわくしながら差出人を確認すると、元婚約者のイソトマ様からのメールだった。
なんで今頃!? というか、帰ってきたの!?
バクバクとうるさい心臓をどうにか落ち着かせ、私は明日出勤したら職場に相談しようと決めた。
──県内南部にある公共施設が、明け方に爆破されたというニュースが報じられたのは、その翌日のことだった。
犯行声明も出されており、その名義は『婿取山の主』だったらしい……。




