32 ルリカとぷーちゃん
◇
「落ち着け、ルリカ。抱きついているのは、ニゲラだ」
「え?」
ルコウさんの声に振り向くと、確かにニゲラが私に抱きついていた。その後ろには、ルコウさんと小型犬モードのワタゲさん、それにアオハさんがいた。
……どういう状態?
「すまんな。静かに気づかせろと言ったら、何故かそうなった」
「浴衣姿のルリカを見たら、衝動が抑えられなかった」
「ええ……」
何の衝動?
「とにかく、異常事態だ。いつでも動ける準備をしてくれ」
「は、はい!」
とりあえず着替えて、お札ホルダーも装備する。持ってきておいて、よかった!
「神異……ですよね?」
「恐らく。それにしては、何か様子がおかしいが……」
しばらく様子を見ていると、その神異はコテージの玄関先までやってきて、ドアをノックし始めた。
「ええ!?」
「俺たちに用があるみたいだな」
「どうします?」
『敵意はないみたいだぞ?』
「それなら……」
意を決して、ルコウさんが玄関のドアノブに手をかけ、ドアを開けた。
そこには、膝丈くらいのテディベアがいた。
いや、違う。小熊だ。
『あ、あの……』
喋った!? いや、ルコウさんと契約しているワタゲさんも喋るけど!
おずおずとした仕草が、かわいらしい。
意思の疎通ができるから、朱塗りの祠から生まれる、人と契約できる神異か?
「えーと? 君は神異か?」
『は、はい!』
「アタシたちに何か、用があるのか?」
『た、助けてください〜』
「ええ!?」
◇
とりあえず、コテージに小熊型の神異を上げて、話を聞いた。
『ボクは、この辺りを守っている神異です。真名は明かせませんが、みんなからは〝ぷーちゃん〟って呼ばれています』
「ぷーちゃん……」
小熊のぷーちゃん……大丈夫か?
「みんなってことは、君のことを認識している人間もいるってことかな?」
『はい。はい。ここのオーナーさんの一族は、ボクを代々可愛がってくれています。でも、その一族には神異と契約できるほどの魂力がないので、誰とも契約はしていないんです』
「なるほど。それで、何を助けてほしいんですか?」
『それは……』
小熊型の神異、ぷーちゃんの話によると、最近、この近くに人に害をなす神異が現れ、時折キャンプ客を襲っているらしい。
『今までは、ボクが何とか倒していたのですが、大本を断たないと、何度でも復活してしまうので……』
「それで、アタシたちに接触してきたのか」
「よく僕たちが退異師だと分かりましたね?」
『それは、その……そちらの青髪のお姉さんが、お札を使っていたので……』
「あ、花火の時の!」
導火線に火をつけた打ち上げ花火が倒れたので、火事にならないように〝水檻〟のお札を使ったから!
「えーと、なんかすみません……」
せっかくの休暇が……。
「どうせ、神異絡みなら退異師が対処しなければならないんだから気にするな。
それに、休みでぼーっとしているより、断然マシだ!」
「でも、ルコウさん。刀を持ってきていないですよね?」
「……大丈夫。刀がなくても、この鍛え抜かれた肉体がある!」
「とにかく、無理はしないように……」
「は? アオハだって脛当てを持ってきてないだろう?」
「僕は肉体を強化して攻撃するので、脛当てが無くても大丈夫です」
「……」
ルコウさんが、アオハさんを睨む。
「とにかく、行くぞ!」
私たちはぷーちゃんの案内で、この辺りを荒らしている神異の元へ向かった。
◇
明かりの魂術札で足元を照らしながら、私たちはぷーちゃんの後をついていく。
案内された先は、キャンプ場から北西へ数十分歩いた場所にある、浄水場の近くだった。
ちなみに浄水場とは、ダムや川などから取り入れた水を、水道水として使える状態に浄化する施設らしい。
「……結構、歩いたな。つーか、虫がウザい……」
「はい。道が舗装されていたのは、助かりましたけどね」
「正直、神異より普通のく……野生生物の方が怖いですけどね〜」
アオハさんが熊というところを濁している。小熊型神異のぷーちゃんに気を遣ったのかもしれない。
「というか、ルコウ。なぜパイナップルを持ってきたんです?」
ルコウさんは何故か、夕食時に食べきれなかった丸々一個のパイナップルを持ってきていた。
「手ぶらで敵地に行きたくない」
「刀の代わりですか?」
まあ、投げつければ武器にはなるのかな?
「お。あれじゃないか?」
ニゲラが指さした方向を見ると、確かにそれらしい神異がいた。
毛虫……いや、海毛虫の方が近いかな? それを巨大化させ、もっと毛を生やしたような見た目だ。
実際の海毛虫の口がどうなっているかは知らないが、頭には鋭い牙が生えた口があり、頭からは、人間の腕が触角のように一対生えている。
核であり、弱点でもある一つ目は、この位置からは見えなかった。
どうやら、浄水場近くの廃墟のような家の庭にいるらしい。
道は舗装されてるけど、こんなところに住んでいた人がいたのかな?
「どうする? まだこちらに気付いていないようだが……」
「まずは私が斬りかかる……と、言いたいところだが、刀がないのでアタシはサポートに回らせてもらうよ」
ニゲラの言葉を受け、いつものように自分が戦おうとしたルコウさんは、刀を持ってきていないことを思い出して言い直した。
「そうだね。ここはルリカさんとニゲラ君に任せたいところだけど……大丈夫?」
「がんばります!」
「しかし、でかいな。……核の目玉、口の中にあるぞ?」
「あの位置だと、地上から狙うのは難しいですね。飛べたりしない限り……」
「あ、それなら。カラスバ、起きてるかい?」
『ぴょ?』
アオハさんの影の中から、黒いヒヨコが顔を出した。
ヒヨコではあるが、大きさは皇帝ペンギンくらいある。
まだまだ、見た目通りのヒヨコなので、長時間のお昼寝が必要らしい。まあ、今は深夜だけど。
「神異退治に協力してほしいんだけど、大丈夫かい?」
『ぴよ!』
カラスバちゃんは快く承諾してくれた。
「さて、問題はどちらが飛ぶか、だけど……」
「え?」
「飛ぶ?」
「ルリカさんが言っていた通り、あの位置では、地上から核を狙うのは難しいです。なので、どちらかにカラスバと一緒に飛んでもらいたいのです。
できれば、体重が軽い方がいいんですが……」
「それなら、ルリカが良いんじゃないか?」
「ニゲラ君!?」
何を言い出すんだ!?
「俺は、飛べる訳ではないが、魂術でどうとでもなるし……」
「それじゃあ、ルリカさんで……」
えええええええ!?
「高いところは、あまり得意じゃないのですが……」
「大丈夫、何かあっても、俺が受け止める!」
「ニゲラ君、ありがとう……」
微妙に嬉しくないのは何故だろうね……。
「それじゃ、カラスバ、ルリカさんを飛ばしてみてくれ!」
『ぴよょ!』
アオハさんの言葉に、敬礼みたいなポーズで答えるカラスバちゃん。可愛らしいけど、今の私には萌えている余裕はない。
「わ、わっ!?」
カラスバちゃんは私の肩に飛び乗ると、両方の足を蔦のように変化させ、私の両肩に巻きつけた。
『ぴ〜よ〜!!』
そして、物凄い速さで、ヒヨコ特有の小さな翼を一生懸命羽ばたかせる。
だ、大丈夫なのかな!? 色んな意味で心配なんだが!?
「お? おおおお!?」
段々と足元が浮いてきて……。
「うわ〜〜っ!?」
ばびゅーんと飛んだ。
『……ぶぎゅ?』
何かに気付いた毛虫型神異がこちらを見た。
『ぶぎゅぎゅぎゅーーっ!?』
目の前にいきなり空を飛ぶ人間が現れたら、そりゃ驚くだろう。
人間に置き換えたら、目の前へ突然オオスズメバチが飛んできたようなものだ。
「おい、毛虫野郎、こっちだ!」
ルコウさんが、神異の気を逸らすためか、パイナップルを投げつけている。
『ぎゅぶーーっ!?』
毛虫型神異はそれを避け、なんだか怯えている。
まあ、生まれたばかりの神異からしてみれば、パイナップルってちょっと怖い見た目かもしれない。いや、知らんけど。
神異に避けられたパイナップルは、大型犬サイズになったワタゲさんがキャッチしていた。
「それにしても、私、本当に飛んでる……」
『び、びよ……』
「あ、ごめんね! 急いで片付けるから、もう少し頑張って!」
私は、万象札を〝風刃〟に変え、構える。
とりあえず、人体部分の腕を切り落とそう。
そうすれば、弱体化するはずだ。
「カラスバちゃん、まずはアレの腕を狙おう!」
『ぴよ!』
カラスバちゃんに腕を狙いやすい位置まで飛んでもらい、〝風刃〟のお札を投げる。
『ぶぎゃぁーー!?』
腕を一本切り落とすことに成功!
しかし、反撃とばかりに、針状の毛を飛ばしてきた!?
私は、〝防御壁〟のお札で防ぎつつ、再度〝風刃〟の札で斬りつける。
しかし、飛針で相殺されてしまう。
というか、完全にこちらを狙っている!
『び……びよ……』
防御壁を展開し続けてるけど……ああ、カラスバちゃんも限界が近いかも!?
そして、毛虫型神異の飛ばした針がカラスバちゃんをかすめ、私の肩に巻きついていた足から力が抜けた。
あ、終わった──。
私の体は、地面に向かって落ち始めた。




