29 ◆ルコウと決着
◆◇◆
『グゲェーーーーッ!?』
蛙型の神異は、叫び声を上げながら、黒い煙になって消滅した。
蛙型神異の消滅に伴って、端末になっていた蛙死人は元の死体に戻り、蛙型神異の内臓と魂術によって作り出された巨大な人形も消滅した。
後に残されたのは、死体の山と血の池。そして神異が消滅し、守る者がいなくなった禍津屋代だった。
「あとは、屋代を──っ」
そこで、ルコウは膝をつく。
すでに、魂力はほとんど残っていなかった。
(あとは、屋代に勝利宣言をするだけだが……)
しかし、そこまですれば完全に魂力を使い果たすだろう。
(今ここで、気を失うのは、不味い気がする……!)
ふと近くに何者かの気配を感じて、顔を上げる。
そこには、先ほど生存者の少年と一緒にいた、白髪黒衣の男がいた。
酷く冷たい目で、ルコウを見下ろしている。
消耗していたとはいえ、移動に気付かなかった。かなり強いのかもしれない。
「まさか、ここまでやるとはね。しかし、これ以上の邪魔はやめてもらおうか」
「……」
どうやら、ルコウのカンは当たったらしい。
『ルコウ!』
「ああ、動かないでください。裏切り者。動けばこの女の首を刎ねます」
『……っ』
白髪黒衣の男はワタゲを牽制し、ルコウの首に手刀を突きつける。
「まあ、祠……いえ、屋代があればなんとかなるか……うわっ!?」
そこまで呟いたところで、男は衝撃を受けてつんのめった。
そのおかげで、ルコウは男の手刀の間合いから逃れることができた。
「な……!?」
男が振り返ると、学ラン姿の少年が、青白い顔で男を見ていた。
先ほど、男と一緒にいた少年だ。
どうやら彼が、男を突き飛ばしたらしい。仲間ではないようだ。
「……なるほど? 神異にはならないと?」
「なりません。僕は、退異師になりたいです!」
「そうですか」
「……!」
「うわ──!?」
ルコウは一瞬の判断で少年の制服を引っ張り、自分の後ろに投げた。
同時に、文字通り手を刀に変えた男とルコウが鍔迫り合う。
「おや? まだ動けますか」
「あ゛? 心配してくれてんのか? 怖気が走るからやめてくれ!!」
そう言ってルコウは力の限り、男を押し返した。
『ルコウ!』
同時にワタゲが放った〝暴風〟の魂術により、男は吹き飛ばされ、少し離れた場所に着地する。
「──っ」
「ルコウさん!?」
「ルリカ、いきなり突撃すると危ないぞ!?」
その時、ルリカとニゲラの声が体育館に響いた。
どうやら、他の実働メンバーが合流したらしい。
「チッ、仕方ありませんね……」
白髪黒衣の男の姿が消える。
気配を探るが、この近くにはすでにいないらしい。
(転移系の魂術で逃げたか……)
「ルコウ! 大丈夫ですか!?」
アオハがルコウに駆け寄った。
「アタシは大丈夫だ。それより屋代を……」
「うわ、なんだこの死体の山と血の海は!?」
「禍津祠も短期間で禍津屋代に進化してますね……」
イワツメとバショウも無事なようだ。
ほっとすると同時に、ルコウの体から力が抜ける。倒れる寸前、その体をアオハが支えた。
◇◆◇
私たちが体育館に到着すると、アオハさんも丁度到着したところだった。
「ルコウさんは!?」
「支部長によりますと、先に突入したみたいですね」
「……あれ? アオハさん、ボロボロですね。それに眼鏡がないですが、大丈夫ですか?」
アオハさんは、眼鏡をかけていないと、爽やかイケメンだ。
「あはは……少し苦戦してね。眼鏡は伊達だから、なくても問題はないですよ」
「ルリカ、そいつより俺を心配して欲しい」
と、ニゲラ。
「ニゲラ君は強いから、心配いらないでしょ?」
「そ、そうか……」
ニゲラはしょんぼりしてしまった。
「それより、体育館に突入しようぜ?」
「そうですね」
イワツメ先輩とバショウ先輩の言葉に、一同は体育館内に突入する!
そして、そこで見たのは、死体の山と血の海。そしてその中心にある社──いや、屋代だった。
その屋代の前でルコウさんとワタゲさんが、白髪黒衣の男と戦っている。
「ルコウさん!?」
その光景を目にした途端、私は一目散に駆け出した。
「ルリカ、いきなり突撃すると危ないぞ!?」
ニゲラの声が後に続く。
男は私たちの姿を認めると、消えてしまった。どうやら逃げたらしい。
ルコウさんは限界のようで、フラついている。
「ルコウ! 大丈夫ですか!?」
アオハさんが凄まじい速さで駆け寄り、倒れかけたルコウさんを支えた。
ルコウさんもワタゲさんも、なんとか無事なようだ。
そして気になるのは、目の前の禍津屋代。
周囲に散らばる死体から察するに、かなりの数の人間が犠牲になったらしい。
「あとは禍津祠……いや禍津屋代を駆除するだけですね」
「久しぶりに見たな」
「私は初めて見ました。禍津祠って進化すると、屋代になるって本当なんですね……」
「とりあえず、屋代はオレたちが駆除するよ。二人でやった方が良いか?」
「この大きさなら、かなりの量の魂力をもっていかれそうですし」
禍津屋代の処理は、イワツメ先輩とバショウ先輩が行うことになった。
「『瘴翼蝦蟇主』、討伐完了。これにて閉幕」
「『瘴翼蝦蟇主』、討伐完了。我らの勝利です」
禍津祠(屋代)への勝利宣言の文言は、意味が通じればなんでも良いのだ。
二人の勝利宣言により、禍津屋代は黒い煙になって消えた。
「……あ、そうだ。そいつ、生存者だ」
ルコウさんが最後の力を振り絞って報告する。
見れば、学ラン姿の少年がいた。この中学の生徒だろうか。
「何か事情を知っているらしい。保護してくれ……」
そこでルコウさんは、本当に気を失った。
「すみません、僕はルコウを運びますので、後処理はイワツメさんとバショウさんにお任せします」
「ホイホイ」
「了解しました。ルリカさんとニゲラ君はその少年と一緒にアオハについて行ってください」
「はい!」
「了解」
こうして、〝小丘私立夏畑中学校神異襲撃事件〟は幕を閉じた。
◇
その後、クロバ君から聞いた内容によって、事の次第が明らかになった。
首謀者はどうやらあの白髪黒衣の男。
目的は生存者の少年、早苗鳥クロバ君を神異に転化させることだったらしい。
というか、このクロバ君。私が対策局の面接を受けてた時に、家が神異二体に襲撃されたあの子じゃん!
「お、お久しぶりです……」
クロバ君は、大層気まずそうにしていた。
彼のせいではないのにね。
白髪黒衣の男は、キョウサクと名乗っていたそうで、クロバ君のことを色々と気にかけてくれていたらしい。
本人は、クロバ君の新居の近くに住んでいると言っていたが、それは嘘で、クロバ君に近付くのが目的だったようだ。
「僕は神異になれる可能性があると言われたんですが、断ったんです」
「どうして?」
「その、赤髪のルコウさんでしたっけ? あの人が戦っている姿が格好良くて……僕、退異師になりたいって思ったんです!」
「な、なるほど」
神異になれる可能性があるってことはこの子、魂力が多いのかな?
それなら、退異師にもなれるか。
「それは、ルコウが聞いたら喜ぶと思うので、会う機会があったら本人に言ってあげてください」
一緒に話を聞いていたアオハさんが、嬉しそうに言った。
◆
その後、クロバ君は退異師としての適性を検査された。
その結果、かなりの魂力を持っていることが分かり、五行家の中から彼の適性に合った家を選び、そこで住み込みの修行をすることになった。
もちろん、学校に通うこともできる。
しかし、今まで通っていた中学は、生徒のほとんどが神異の犠牲になってしまったため、閉鎖が決まった。
残った生徒たちは、別の中学に分散して通うことになるらしい。
神異の下僕にされた生徒と教師たちは、肉体的にはそれほど深刻なダメージを負っていなかったようだ。しかし、下僕だった時の記憶が時折よみがえり、今も彼らの心を蝕んでいるという。もしかすると、社会復帰は難しいかもしれない。
そのことを知ったクロバ君は、
「そうですか。悲しいですけど、仕方ないですね……」
と、淡々と言った。
後から知ったのだが、生徒三人はいじめの常習犯で、若い男性教師も女子生徒にえげつないセクハラを繰り返していたらしい。それを聞いて、彼が口にしていた言葉の意味も分かったのだった。
クロバ君に関しては、朱夏院家の血が流れているらしいことも判明した。
どうやら彼の実母は、朱夏院家の分家の血筋だったらしい。
彼はこれを機に、東都の方へ引っ越すそうだ。
……ん? そういえば、原作漫画でもクロバって名前のキャラがいたような?
確かそのキャラは、家庭環境や虐めを苦にして神異に転化していたような?
……もし同一人物なら、彼の運命は変わったのだろうか?
私には分からなかった。
◆
それから、事件の舞台となった中学校の体育館が片付けられると、奇妙なものが見つかったらしい。
それは、蛙を模った根付で、丁度、血の池の中心あたりに落ちていたらしい。
「まさか、これが元になって?」
「まだ確定ではないがな」
「これ、クロバ君のご実家から見つかった二体の人形と同じものなのでは?」
「つまり、彼の家族が死んだのも、あの男が仕組んだ?」
「かもしれないな。これからも注意しよう」
そして、結構なモヤモヤを残して、この事件は収束した。




