28 ◆ルコウVS神異
◆◇◆
ルコウは校舎を走り抜け、体育館に辿り着いた。
その時、インカムから支部長の声がした。
『おい、ツヅミがルコウの単独行動を察知した。何をしている?』
「アクシデントがあって、アオハに先に行くように言われたんだ」
『それなら、他の面子が揃ってから、体育館に突入を……』
「悪いが待てない。緊急事態ということで、先に行かせてもらう」
『あ、おい!?』
ルコウは一方的に通信を切る。
そして、閉じている扉を開けるのも面倒なので、手に魂力を込め、〝風の魂術〟で扉を吹き飛ばす。
(神異がすぐそこにいるのに、待っていられるか! それに、こんな禍々しい気配、放っておけないだろう!)
体育館の中には、異様な光景が広がっていた。
血濡れの禍津祠は屋代へと進化し、その周囲には血の池が広がり、さらに死体が池を取り囲んでいた。
「どんだけ急成長してんだよ……」
ルコウは刀を抜き、斬りかかる。
常人にはあり得ない跳躍力は、魂術による肉体強化の賜物だ。
ルコウの姿を認めた蛙型神異は、口を大きく開けた。
そこから巨大な人間の腕が伸び、〝強風〟の魂術を展開する。
「くっ──」
ルコウは風の魂術で吹き飛ばされた勢いを殺し、着地する。
蛙型神異の口から出てきたのは、赤い巨大な人形だった。
それが、ルコウを狙って襲いかかってくる。
同時に、血の池の周囲に積み重なっていた死体が動き始め、蛙死人に変わっていく。
「チッ、厄介な……」
ルコウは風のように縦横無尽に体育館の内部を駆け回り、巨大人形や蛙死人たちの攻撃を躱してゆく。
(あのでっかいカエルが本体の神異だろうが、人体の部位も弱点の目玉も見当たらない。……見えない部分にあるのか?)
その場合は、少々やりづらい。
(人体の部位の方は無視しても良いが、目玉が体内にある場合は、腹を搔っ捌かないとならんからなぁ……)
しかし、少なくとも目に見える範囲には、人体の部位も核となる目玉も見当たらなかった。
(仕方ない。地道に削っていくか……)
隙を見て、巨大な人形に斬りかかる。
片腕と頭を斬り離すが、すぐに池の血で再生してしまった。
(こっちは、囮か。アンコウの擬似餌みたいなもんだな。ならやはり本体を……)
その時、影の中に潜んでいるワタゲが声をかけてきた。
『ルコウ、生存者がいる!』
「──何だって!?」
ルコウは縦横無尽に動き続けながら周囲を見回すと、こちらを呆然と見ている少年の姿を見つけた。
学ランを着ているので、この学校の生徒だろう。
(生存者!? こんな場所でまだ生きている人間がいるのか!?)
その傍には、白髪黒衣の怪しい男が佇んでいる。
『隣の奴は、人間ではない。敵意はないが、注意しろ』
「本当に、厄介だなっ! ワタゲ、あの生存者以外を標的に、〝風刃〟を起こせ!!」
『応ッ!』
ルコウの影から白い狼型の神異ワタゲが現れ、〝風刃〟の魂術を発動する。
それにより、蛙死人たちは一気に吹き飛ばされる。
巨大な人形も切り刻まれ、その肉片は血の池にボトボトと落ちてゆく。しかし、巨大人形はすぐに血の池の中から復活した。
『生存者もだが、男の方も無傷だ』
「何?」
チラリとその方を見ると、黒衣の男も何事もなかったようにそこに立っていた。さすがに少し焦った様子ではあるが。
(怪しいが、今は蛙型神異を倒すことが先だ)
『仕方ない、儂が巨大人形の方を惹きつける。ルコウは本体を叩け!』
「了解!」
◆◇◆
「あの人は……」
クロバは乱入してきた赤髪の女性に目を奪われた。
人間ではあり得ない身体能力で、壁や天井を駆け回り、巨大な人形を翻弄している。
「まったく、退異師が辿り着きましたか」
キョウが苦々しげに呟いた。
「退異師……?」
「神異対策局に所属している魂術師のことです。神異を倒すことを生業としている、忌々しい奴らですよ」
「神異を……倒す……」
その言葉は、クロバの心に何故か残った。
そして、赤髪の女性が刀で戦う姿から、どうしても目が離せない。
それまで、闇に閉ざされていた道が、一気に日の光に照らされているようだった。
その時、赤髪の女性の背後から、真っ白で大きな犬が飛び出してきた。
(犬にしては、野生味があるというか、凛々しい気がするけど……)
「おや? 狼型の神異まで使役しているとは……」
(そうか。犬じゃなくて、狼か……)
白い狼は赤髪の女性と同じく、重力を無視して駆け回り、人形や蛙死人たちを撹乱する。
そして、ひと吠えすると、凄まじい風が白い狼を中心に巻き起こる。
「うぶっ!?」
「うわっ!?」
その風により巨大な人形は切り刻まれ、蛙死人たちは吹き飛んで動かなくなった。しかし、クロバには影響がない。
(僕の存在に気づいて、攻撃を当てないようにしてくれた?)
クロバの心臓が、激しく脈打った。
「くそ、あの女! 私のことまで巻き込みやがった!」
キョウ本人は、何か防御をして無事だったようだが、自身に攻撃を当ててきたことが許せないのか、荒い口調で文句を言っていた。
(僕は、神異になるよりも……)
◆◆◆
『こちらだ!』
白い狼の神異と赤髪の人間が、巨大な人形を相手にしている。
蛙型の神異、瘴翼蝦蟇主は、冷めた目でその様子を見ていた。
彼がこの世界に発生したとき、目の前にいた四人の人間を下僕として取り込み、その記憶からこの世界について知った。
神異は人間に退治され、滅ぼされる存在だということを。
そうならないためには、より多くの魂力を取り込み、強くならなければならないということを。
その方法は、本能として刻まれているので知っている。
一つは〝魂桃〟と呼ばれる果実を食すこと。
しかし、残念ながら彼の周囲に〝魂桃〟の気配はなく、生まれたばかりの神異は自身の大本である禍津祠から離れることができないので、探しに行くこともできない。
ならば、必然的にもう一つの方法を取るしかない。
その方法とは、人間から魂力を得ること。
つまりは人間を喰えば良い。
幸い、彼が生まれたこの場所は、無防備な若い人間たちで溢れていた。
最初に近くにいた四人の人間をすぐに喰らうのではなく、より多くの人間を確保するために下僕にしたのは、良い判断だった。
彼らを通して瘴翼蝦蟇主は、多くの人間を喰らうことができた。
そうして短期間で、ここまで成長することができた。
しかし、そうなれば、自身を倒しにくる人間がいることも、彼は喰らった人間から得た知識で知っていた。
そして、そのための準備を怠ってはいなかった。
食べ残した人間の死体を端末の一種として使い、さらに魂力で作り出した人形を囮にする。
彼は自分達が倒される条件も知っている。
弱点である核の目玉を潰されない限りは、死ぬことはない。
幸い彼の核は分かりづらい場所にある。
人間は神異と違い、魂力だけではなく体力も消耗する。
それまで耐え、疲弊したところでトドメを刺せば、簡単に殺せるだろう。
それまで、魂力で作り出した人形で消耗させ続ければ良い。
そう高を括っていた瘴翼蝦蟇主は、人形とやり合っている赤髪の人間とそれに従う白い狼型の神異をじっと見ていた。
だが、ふと違和感を覚えた。
ついさっきまで、あの赤髪の人間は、棒状の武器を使っていたが、現在目の前で戦っている赤髪の人間は、それを持ってはいない。
風系の魂術だけを使って、必死に戦っている。
そして、思い至る。
目の前で囮の人形と戦っている白い狼型の神異と、赤髪の人間の魂力が同じものであると。
そして、気づく。
前方の二体とは異なる魂力の気配が、自分のすぐそばからすることを。
「〝地裂刀牙〟」
『──っ!?』
その言葉と共に、瘴翼蝦蟇主の足元の床から、鋭い刃が無数に生えてきた。
串刺しになる瘴翼蝦蟇主。
『グゲーーーーッ!?』
「すまんな、あちらはワタゲが作り出した囮なんだ。お前と同じことをしただけなんだが……」
『ゲ、ゲェェ……!?』
情けない声が、自分の喉から出る。
「よーっし、これで動けないな。腹を裂いて、じっくりと目玉を探してやる」
『ゲ、ゲゲーー!!』
「なっ!?」
悍ましい笑みを浮かべる赤髪の人間を前に、彼の脳裏に死がよぎった。
だが、信念も矜持も持たない神異である彼は、無様でも生き抜くことを選ぶ。
鋭い刃の草原から必死に逃げようとするが、身を切り裂かれる痛みに耐えかね、横転する。
仰向けになった状態で身動きができなくなった。
そこに、弱点である核の目玉があった。
「ご丁寧にどうも!」
その一言と共に、赤髪の人間は彼の腹の真ん中にあった目玉を、刃でひと突きにしたのだった。




