26 ◆それぞれの戦い
◆◇◆
時間は少し遡る。
刀による打撃と蹴撃、そして氷の塊が蛙死人たちを襲う。
『グエッ』
『ゲゴッ』
『ゴエッ』
ニゲラたちは、迫り来る蛙死人たちと戦っていた。
ルコウは刀の峰で、アオハは足技で、ニゲラは魂力で作り出した氷の塊をぶつけて倒す。
蛙死人はあまり強くはないのか、彼らの一撃を受けただけで倒れ、動かなくなった。
しかし、倒しても元の人間の死体には戻らない。
どうやら本体である神異を倒さないと、死体を操っている魂術が解けないらしい。
「強くはないですが、数が多いですね」
「死体の損壊を最小限に抑えながらだと、戦いづらいな! 最近は、遺体をできるだけ損壊させずに回収しないといけないんだよな……」
「とはいえ、このままでは埒が明かないぞ?」
戦闘に自信のある三人だが、手加減は苦手なようだ。
それを相手も察したのか、次から次へ蛙死人たちが群がってくる。
「それなら……」
ニゲラは氷の魂術を展開し、蛙死人の足元を凍らせる。それによって、周囲の蛙死人の動きを封じた。
しかし、それを乗り越えて、次々に新手が来る。
「ええ……」
「めげませんね!」
「この、しつこ──」
三人の意識が蛙死人たちに向いた瞬間──。
「は──っ!?」
「ぐ──っ!?」
「なっ!?」
何か巨大なものが、ルコウとアオハを目掛けて猛スピードで飛んできた。
二人は轟音を上げて窓ガラスを突き破り、そのまま校舎の一階部分へと消えてしまった。
「……マジか」
その場には、ニゲラだけが残される。二人と少し離れた場所にいたため、難を逃れたのだ。
二人を助けに向かおうにも、周りを無数の蛙死人に囲まれている。
(今のは? いや、まずは、こいつらをどうにかしなくては。あの二人は……まあ、大丈夫だろう。魂力的にも強いし)
ニゲラは複数の氷礫を作り出し、蛙死人たちへと放つ。
当たった蛙死人はその場に倒れ、動かなくなった。
(それより心配なのは、ルリカだ。ルリカに何かあれば、あの先輩二人、ケツから氷の杭を突っ込んで殺してやる!)
そんな物騒なことを考えていると、蛙死人たちが特別棟に向かい出した。
(なんだ……? あ! あそこには、ルリカが……!)
ニゲラは地面に自身の魂力を伝わせ、蛙死人たちに共通する魂力だけを瞬時に捉えると、自分の魂力を次々と感染させた。
そして、蛙死人たちの体内で〝氷刃〟の魂術を発動させる。
その結果、校庭にいた蛙死人すべての体から、鋭い氷の刃が生え、蛙死人たちはその動きを止めた。
一応、傷口は最小限になるようにしたので、遺体を大きく損壊させてはいない。恐らく……。
「最初から、こうしていれば良かったな。それにしても、神異は死体まで操るのか……」
(しかし、この大量の死体はどこから……?)
そこまで考えて、ニゲラはここが学校だったことを思い出した。
(……ああ、そういうことか。どうやら、最悪なことが起きたらしい)
「……っと、そんなことはどうでもいい。ルリカーー!!」
ニゲラはルリカのいる特別棟へ向かって走り出した。
「え? ニゲラ君!?」
ニゲラの姿を認めたルリカが、そのレモン色の瞳を見開いて、驚いている。
そんな姿も愛おしい。
「ルリカ!!」
ニゲラは愛しい妻を力いっぱい抱きしめた。
◆◇◆
「クッソ……なんだ?」
「ルコウ、大丈夫ですか!?」
一方、何かに突撃され、校舎内に突っ込んだルコウとアオハは、なんとか生きていた。
突っ込んだ先は、長机がロの字に組まれている会議室のようだった。
「ああ、ぶつかる瞬間に、肉体と刀を強化したからな」
刀を強化したのは、衝撃で折れないようにするためである。
「僕も、咄嗟に肉体を強化できたので助かりました。一体……」
二人は自分たちにぶつかってきたモノを、改めて確認する。
『ガ、グエェ……』
それは、恐らく元人間だったものだろう。
下半身と両手にはまだ人間だった頃の名残があるが、頭部や胴体はすでに蛙のように変異していた。
「蛙死人とは違って、こっちは生きたまま神異の下僕にされた人間か」
「そのようですね」
『グゲッ、たすけ……、グゲゲ……』
「しかも、人間としての意識がまだ残っているのか……」
「とりあえず、蹴って体内の端末を吐き出させましょう。ルコウの刀では、峰打ちでも死にかねません」
「アオハ、お前、時々かなり脳筋になるよな……」
「これでも、朱夏院家の本家の出身ですからね。では、ルコウは先に行ってください」
「了解した。……死ぬなよ?」
「死にませんよ」
ルコウは単身、体育館に向かった。
蛙人間の意識が、立ち去るルコウに向く前に、アオハは魂力を込めた足でそばにあった椅子を蹴り飛ばし、蛙人間にぶつけた。
『──っ!?』
大したダメージにはなっていないようだが、蛙人間の意識は完全にアオハに向いた。
「ふむ、結構なタフネスです。とりあえず、しこたま蹴って中のモノを吐かせますか」
アオハは魂力を込めた足で、近くにあった長机を蛙人間へと蹴り飛ばした。
『グゲッ』
しかし、蛙人間はそれを両手で受け止め、机と壁の間に挟まれることを免れた。
「おや? パワー系ですか?」
『グゲーーッ!!』
「おっと!」
蛙人間は、受け止めた机を掴み、振り回す。アオハはそれを避け、距離を詰める。
『ブヘッ!?』
そして、渾身の一撃を蛙人間の脇腹へと叩き込んだ。
強烈な蹴りを受けた蛙人間は壁を突き破り、校舎裏まで吹き飛んだ。
校舎裏には庭やテニスコートがあり、そこに蛙人間が倒れていた。
(一応、手加減はしたはずですが、大丈夫でしょうか?)
そんな気持ちで近づくと、目の前から蛙人間が消えた。
「!?」
背後に気配を感じ、アオハは距離を取ろうとした。しかし、一足遅く、首を掴まれる。
「ぐ、ぅ……っ」
『グゲェ……』
片手で首を掴まれ、もう片方の手で頭を掴まれる。
どうやら、首を折り、頭を潰すつもりらしい。
しかし、魂力で肉体を強化していたため、蛙人間がいくら力を込めても、首も頭もびくともしない。
『グゲェ?』
いくら力を込めても頭が潰れないことを不思議に思った蛙人間は、様子を見るためにアオハの頭から片手を離した。
アオハはその隙を突いて魂力をつま先に込め、蛙人間の下顎を蹴り上げる。
『ゴッ……』
蹴り上げられた蛙人間の頭が跳ね、その意識が飛ぶ。
力が緩み、アオハはその手から抜け出した。
蛙人間は、その場に倒れた。アオハは距離を取る。
「はあ……咄嗟に下顎を蹴り上げてしまいましたが……神異の端末を宿している人間は、人間体にダメージを引き継がないとはいえ、大丈夫でしょうか?」
眼鏡が壊れたので、ポケットにしまう。
伊達眼鏡なので、視界に不自由はない。
警戒しながら様子を見ていると、蛙人間が起き上がった。
(大丈夫そうだ。良かった)
『ゲ、ゲベ……』
顎の具合は悪そうだ。
そして、大きく口を開けると、水弾を発射した。
「──っ!」
アオハはそれを避け、距離を取る。
アオハは近くにあった石を足先で掬い上げ、リフティングしながら魂力を纏わせる。そして、蛙人間の腹へ勢いよく蹴り込んだ。
『ゴベッ、グボッ!?』
石が蛙人間の腹を抉るように直撃し、その場に崩れ落ちた。
そして、蛙人間は何かを吐いた。
それは、赤黒い大きな蛙だった。
それを吐き出すと、蛙人間は元の人間の姿に戻る。
その正体は、茶髪の素行の悪そうな少年だった。
「うう……」
青白い顔をしつつも、死んではいない。先ほど蛙人間に与えたダメージも、少年の肉体には引き継がれていないようだ。
そのことに安堵し、アオハは周囲を警戒しつつも支部長に連絡を取り、生存者の救助を頼んだ。
(蛙死人たちの気配が急に弱まったな……ニゲラがなんとかしたのか? だとしたら……)
ほどなく、救助にきた警察と救急隊員の姿を確認したので、後を任せてアオハは体育館へ向かう。
(さすがは、玄冬院本家の血筋。僕とはえらい違いだ……)
そんなことを思いながら、アオハはルコウの後を追った。
◇◆◇
外に出ると、異様な光景が目に飛び込んできた。
人の形をした二足歩行の蛙が、ウジャウジャと校庭に湧いていたのだ。
なんというか、頭部が蛙になった全身タイツ姿の人間が、校庭を埋め尽くしているような状態だ。
何故か、背中にはコウモリの羽、腰からはトカゲっぽい尻尾が生えている。
あの大きさの羽じゃ飛べないだろう。
というか、神異の弱点である核の目玉がないし、神異によく見られる、露出した人体の一部も見当たらない。
いや、シルエットは十分人間っぽいが。
外からは見えないだけで、内臓のどこかに人体の一部があるのだろうか?
しかし神異とは気配が違う。
なんとなく、神異に操られていた先ほどの二人と似た気配がするが、何かが違う。なんだろう?
「あれは……」
私が呟くと、イワツメ先輩が目を細めた。
「ここに出た神異の下僕かな?」
「すでに下僕を作れるとは、どれだけ人間を食べたんでしょうね……?」
神異が強くなるには魂力を得る必要がある。しかし、それには魂桃を食べるか、人間を食べるしか方法がない。
そして、ここは人間が沢山いる学校……。
イワツメ先輩は両手に銃を構え、バショウ先輩も攻撃用のお札を構える。
それぞれが使役する神異も、影から出てきて臨戦態勢に入った。
「それにしては、気配がおかしくないですか?」
私も、札をいつでも使えるように準備する。
「恐らく、ありゃ死体を使っているな」
「え? 死体?」
「こういうタイプは、さっさと倒したほうがいいですね」
「んじゃ、いくぜ!」
そう言って、イワツメ先輩が景気良く発砲する。
近くにいた蛙死人が倒れた。
銃声を合図にしたかのように、他の蛙死人たちもこちらに気づき、近づいてくる。
先輩二人は、最小限の攻撃で、蛙死人を的確に倒している。
そういえば、リボルバー銃を扱う支部長さんもだが、イワツメ先輩も弾丸を装填指定様子はない。
バショウ先輩も、お札ケースを腰のホルダーに一つつけているだけだ。
弾切れしないのか?
ちなみに私は、腰に四つ、お札ホルダーをつけている。
「お二人とも、弾切れは大丈夫なんですか?」
ついでに気になったことを聞いてみる。
「オレは魂力で弾丸作ってるから、基本的に弾切れにはならないよ〜。魂力切れたらヤバいけど!」
「私は、ビャクグンの力で、お札のストックを大量に影の中へ隠し持っています」
ビャクグンは、バショウ先輩が契約している魚型の神異だ。白とマリンブルーの熱帯魚みたいな姿をしている。
「なるほど」
便利だ。
私も、戦闘や補助をしてくれる神異と契約した方がいいのかな?
そんなことを考えながら、〝氷礫〟のお札で蛙死人たちを倒していく。一度倒すと、再生しないのは幸いだ。
でも、数が多い!
そう思った時、蛙死人たちの動きが鈍くなった。
すると、蛙死人たちは全身から氷の刃を生やし、そのまま動かなくなった。
「これは……」
「ルコウやアオハじゃありませんね。二人は朱夏院系なので、大掛かりな魂術は使いません」
「じゃあ、ニゲラか?」
これ……コイツらの魂力を解析して、同種の存在すべてにニゲラの魂術を伝播させたのか?
凄すぎる! さすが、原作の序盤ボス。
「とにかく、助かった。ルコウたちと合流しよう!」
「そうだな」
「はい!」
こういう時、ヒロインなら『どうか無事でいて──』なんて心配するんだろうけど、ニゲラたちなら大丈夫そうだな……。
それよりも、さっきの轟音で何が起きたのかが気になるからね!
「ルリカーー!!」
その時、ニゲラの声が聞こえた。
「え? ニゲラ君!?」
声のした方を見れば、ニゲラが物凄い勢いでこちらに走ってくる。
「ルリカ!!」
「うわわっ!?」
私はニゲラに思い切り抱きしめられた。




