25 ルリカと神異の下僕
◇◆◇
イワツメ先輩とバショウ先輩が、特別棟の一階の広間に一気に押し入った。
『なんだぁ〜、お前らぁ……』
『邪魔すんなよぉ〜』
こちらに気づいた蛙っぽい二人が、襲いかかってきた。
「おっと!」
イワツメ先輩は、銃で一人の両脚を撃ち抜き──。
「〝石槍〟!」
バショウ先輩は、お札で石の槍を幾つも作り出し、もう一人の動きを封じた。
『グギャッ』
『ゴォッ』
「ルリカちゃん!」
「今のうちに、生存者を!」
「はい!」
私は、二人が時間を稼いでいる間に、生存者たちが閉じ込められている檻に近づいた。
うわ、この檻、肉を削ぎ落とした生の骨を使っている?
骨同士がところどころ溶け合い、檻の形に組み上げられている。
ここの神異がやったのか?
それに、生臭さが少々キツい。
背後からは、先輩方がドンパチやっているのが聞こえる。
「こんにちは! 対策局の退異師、長閑ルリカと申します! 皆さんを助けにきました!!」
とりあえず、生存者たちを安心させるため、自分の所属と、ここへ来た目的を伝える。
私は、骨でできた檻の中へ入ろうとした。
出入り口はあるが、当然ながら鍵がかかっている。
だったら、鍵を壊すまで。
私は檻の出入り口に近づき、〝万象札〟を〝切断〟に設定。鍵の部分を丸ごと切り落とし、檻の中へ入る。
「た、対策局……」
「助かった……」
「ひとまず、脱出しましょう。これで全員ですか?」
「は、はい。ここに集められたのは、そうです!」
若い男性教師らしき人物が答える。
よく見れば、生徒だけではなく、教師も数名いる。
しかし、怯えているようで表情が暗い。
「怪我人はいますか?」
「はい、彼女が……」
若い男性教師のそばには、女子生徒が横たわっていた。
どうやら左肩に怪我を負っているらしく、暗い色をしている制服が、ぐっしょりと湿っている。触れると赤い色が手についた。
「これは……彼女には治癒のお札を貼りますね」
酷い怪我だ。ひとまず、〝治癒札〟で血を止めて応急処置。〝天賦〟の方の治癒魂術も使った方がいいな。
それには、まず、体の状態を確認しなければならない。
「〝魂診〟!」
私は女子生徒の手を取り、魂力を流す。
それにより、女子生徒の怪我の状態を把握するのだ。
──左肩の傷が最も深いが、ほかに致命的な損傷はない。
脳や脊髄、内臓などの重要器官は無事だ。
これなら、この場で治しても問題ないな。
私は、〝魂診〟で流した魂力を〝治癒〟に変換。傷ついた箇所を、元の状態へ戻していく。
そしてなんとか、傷を塞ぐことはできた。呼吸も安定している。
あとは、外で待機している救急隊員の方々に任せよう。
「これで、彼女は大丈夫でしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「良かった……」
女子生徒の友人らしい生徒たちと、女性教師が安堵する。
しかし、彼らから感じる妙な緊張は消えていない。
これは、何かに警戒している? でもその対象は私ではないし、檻の外にいる見張りの二人でもないようだ。
彼らの視線の先は……。
「いきなり、赤黒い人形の化け物に襲われたんです。彼女は他の生徒を逃がそうとして……」
先ほどの若い男性教師が、場違いなほど朗々と説明する。何か変だ。
「分かりました。他に動けないほどの重傷者は?」
「他に重傷者はいません。そういった人たちは、赤黒い人形に連れていかれてしまったので……」
若い教師は、大袈裟に悲しそうな仕草をする。
「そうですか……」
「でも、安心しました! ボクが気に入っている彼女が、助かってくれて!! ああ、ボクのヒメちゃんんんんっ!!」
顔を上げた若い男性教師の両目がぐるんと動き、蛙のように大きく膨れ上がった。
「──っ」
彼らが警戒していたのは、この若い男性教師だったのか。
ここに囚われている人数は、五、六十人ほど。全員を守る防御壁を展開するよりは──。
「──え?」
私は防御壁の向きを反転させ、若い男性教師だけを内側に閉じ込めた。これなら、攻撃されても私たちに被害は及ばない。
「何の真似ですか? ボクとヒメちゃんを引き剥がすのですか?」
そう言いつつも、男性教師の姿はどんどん蛙化していった。
生徒たちから悲鳴が上がる。
彼は、ここにいる神異の下僕になってしまったようだ。
まずは、生存者を逃がしたい。
しかし、これだけの人数をまとめて移動させるとなると、少し大変だ。
怪我は治したとはいえ、意識が戻らない女子生徒も慎重に運ばなければならないし……。
だが幸い、この特別棟は私たちが入ってきた正門の近くにある。
全員を最短で敷地外へ逃がすには……。
「イワツメ先輩、バショウ先輩!」
「え?」
「何ですか!?」
先輩方は、戦いながら答えてくれる。
戦っている最中に申し訳ないけれど、生存者のためにも仕方がない!
「こちらにも、神異の下僕がいました! 今、動きを封じているので、その隙に、避難経路確保のために、この建物を少し壊しますけど、良いですか!?」
「はぁ!? 下僕いるの!? ──え? 壊す?」
「というか、どうして、そうなるんです!?」
「生存者を最短ルートで、外へ避難させます!」
「えーと……」
「生存者を助けられるのなら、やってみてください!」
「でも、壊しすぎるなよ!」
「はい!」
そして、特別棟の壁をくり抜いた際に、生存者たちが怪我をしないよう、彼らを覆う防御結界を張った。
一方向からの攻撃しか防げない防御壁と違い、結界は、あらゆる方向からの攻撃を防ぐことができる。しかしその分、魂力の消費は多い。
敷地の外に最も近い、特別棟の外壁に狙いを定めて、魂力を込めたお札を投げる。お札が壁に貼り付くと、そこから馬蹄形の防御結界が展開された。
私はその防御結界を、壁を押し切るように敷地の外まで伸ばしていく。
特別棟の外壁が馬蹄形にくり抜かれ、さらに学校の敷地内と敷地外を隔てる塀にも、同じ形の穴が開いた。
そして、〝万象札〟で〝浮遊〟のお札を作り発動。くり抜いた壁と塀を浮かせ、通路脇の邪魔にならない場所へ移動させた。
防御結界はそのまま展開しているため、移動中に神異に襲われる心配もない。
「さあ、皆さん! ここから外へ逃げてください!」
「で、出られる……」
「良かったぁー!」
「みんな、慌てないで! 落ち着いて進んでください!」
他の教師たちが先導し、生徒たちを外へと導いた。
重傷だった女子生徒も、体格のいい男子生徒に背負われ、女性教師に支えられながら、無事に外へ運び出された。
ほとんどの生存者が避難したあとも、二人の女子生徒だけが、その場に残っているが……。
『おい、何が起きた!? この魂力、ルリカだな!?』
「うわ! あ、支部長さん!」
そうだ、インカムつけてたんだ。
『何かやるなら、こちらにも報告しろ!』
「申し訳ないです! でも、特別棟にいた生存者のことはお願いします!」
私は、こちらの状況を支部長さんに説明した。
『……なるほど。防御結界で、敷地の外まで続く避難通路を作ったのだな。
壁と塀に開いた穴には、神異が逃げられないよう、こちらで神異避けの結界を張っておく。人間は通れるから安心しろ。ルリカは目の前の敵を倒せ』
「ありがとうございます! 了解です」
私は、逆防御壁に閉じ込められている男性教師に向き直る。
『あ、あーー。ボクのヒメちゃんが……』
それを最後に、若い男性教師はまともに話すこともできなくなり、上半身が蛙の異形へと変異した。
「こ、この先生が、ヒメサユリを赤黒い人形に差し出そうとしたんです!!」
「ですが、今は十分に食材はあるからと、断られて……」
ヒメサユリというのは、先ほど治療した女子生徒の名前らしい。二人は、ヒメサユリさんの友人なのだろう。
「なるほど。事情はわかりました。お二人もお逃げください」
二人の女子生徒も避難し、檻の中には私と男性教師だけが残された。
『ヒメぢゃん……』
男性教師は、意味のない言葉を、壊れたように繰り返している。
「えー、神異の下僕の倒し方は……」
私は実家で学んだことを思い出す。
人間が神異の下僕にされる場合、大抵は神異の端末が体内に入り込み、肉体や精神を操っているらしい。
そして、変異時に負ったダメージは、人間に戻った時の肉体にはほとんど影響しない……。
なら、腹パン一択だな!
先ほどの〝天賦〟による治癒で、魂力を消費しているので、ニゲラにもらった魂力石も早速、使わせてもらおう。
私は〝万象札〟を取り出し、魂力石を握りながら、術式を魂力で焼き付ける。
そしてそれを投げると同時に、男性教師を拘束していた防御壁を解除する。
『ヒメぢぁーーーーんっ!!』
防御壁の拘束がなくなり、男性教師がこちらに襲いかかってくる。
「〝貼符撃〟!」
『ごぼっ!?』
放たれた札が、男性教師の鳩尾に拳を叩き込んだような、鋭い衝撃を与える。
『おえっ、ゲボっ……』
その衝撃で、男性教師はその場にうずくまり、何かを吐き出した。
それは、かなり大きな赤黒い蛙だった。
その蛙はしばらく蠢いていたが、やがて動かなくなった。
男性教師の姿も元に戻り、意識を失っている。
「これが、人間を操るための神異の端末?」
こんなものを体内に入れられるなんて、かなり嫌だな……。
とにかく、こちらは何とかなった。
◇
下僕を倒し、先輩たちを確認すると、二人とも丁度、相手を倒したところだった。
「先輩方、大丈夫ですか!?」
「こっちはヘーキ!」
「こちらもです」
「私が倒した教師と、見張りをしていたこの二人は、生きている人間ですよね?」
「そうだな」
「一応、治しておきますか?」
「ルリカさんは、先ほど札を使っていましたね。〝浄化〟の札は使えますか? 使えるなら、まずこの二人に貼ってあげてください。治癒もお願いします」
バショウ先輩が尋ねてくる。
「あ、はい。持ってきてはいませんが、〝万象札〟を使えば……」
「万象札っ!?」
「少々、お待ちください」
私は、浄化の術式を〝万象札〟に魂力で描いてゆく。
それを二枚作成し、神異の下僕だった生徒二人に貼り付ける。
あと、治癒のお札もね。互いの効果を阻害しないように、一応調節する。
『うぐ、おえっ……』
『げええぇ……』
すると、二人とも激しくえづき、胃の中から何かを吐き出した。
「うへぇ……」
「これは……」
二人が吐き出したのは、どちらも死んだ蛙だった。若い男性教師のものと同じくらい大きな個体が、一匹ずつ出てきた。
やはりこれが、彼らを操っていた神異の端末なのだろう。
やがて二人の様子が落ち着き、本来の意識を取り戻したらしい。
姿も元の人間に戻っている。
「あ、あれ? おれ……」
「なんで、こんな……」
「君たちは、神異に操られていたんだ。何が起きたか覚えているか?」
「あ、おれたち、氷橋に襲われて……先生も、一緒に……」
「いきなり、蛙を口に……おえっ」
二人とも、またえづき始めてしまった。
このままだと危険なので、〝安眠〟のお札で眠らせて、支部長さんに、若い男性教師を含めた三人の保護をお願いした。
気を失っている若い男性教師にも、浄化札と治癒札を貼っておいた。
三人は、駆けつけた警察官と救急隊員に保護され、無事に搬送されていった。
「この後は、どうします?」
「とりあえず、他に生存者がいないか特別棟内を確認してから、ルコウたちと合流しよう」
「りょーかい」
「了解です」
バショウ先輩の言葉に、イワツメ先輩と私は同意する。
特別棟は二階建てで、一つの教室が広いので、部屋数は少ない。
すべての部屋を確認したが、生存者も神異も、操られている人間もいなかった。
「こちらは大丈夫そうですね──」
その時、轟音が響いた。
「な、なんだ!?」
「外からですね」
「行こう!」
「あ、おい、待て!」
イワツメ先輩が真っ先に駆け出し、バショウ先輩と私はそれに続いた。




