24 ルリカと惨劇
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「ここか……」
「やけに静かですね」
場所は県内の小丘市立夏畑中学校。
周囲を田んぼに囲まれているので、静かな場所にあるのは確かだが、それにしても学校ならもう少し騒がしいはずだ。
だが、その静けさの中には、嫌な気配が漂っている。
私たちが着いた時には、学校の周りにはすでに何台ものパトカーや救急車が停まり、警察官や救急隊員が慌ただしく動き回っていた。
「公共の場には、神異除けの結界が張ってあるはずでは?」
ルコウさんが目を細めながら、支部長さんに言った。
公共の場に設置される結界発生機構は、凍土家に張られていたやつよりも高性能で、結界内での神異の発生を防ぐ機能があるとか。
「神異の元を持ち込まれると、その効果はない。人間が転化した場合もな」
「そうそう、神異の元なんて手に入りませんよ」
「最近、それをばら撒いている奴らがいるらしい」
「マジっすか?」
ルコウさんと支部長さんの会話を聞きながら、準備を整える。
インカムを耳に取りつける。
骨伝導タイプなので、周囲の音もちゃんと聞こえるし、耳への負担も少ない。
今回は人数が多いため、私たちは対策局所有のミニバンで現場まで来た。
現場の指揮を執るのは、支部長のウツギさん。
突入部隊は、アオハさん、ルコウさん、ニゲラ、私。それに、たまたま事務所で待機していたイワツメ先輩とバショウ先輩だ。
神異と契約している人は、神異を自分の影の中に潜ませている。
その他の退異師にも、各自の仕事が終わり次第、現場へ合流するよう要請が出されている。
そして──。
「初めての方もいらっしゃいますので、自己紹介を。土用院ツヅミです、よろしくお願いします……」
土用院家の方が同行することになった。
ツヅミさんは、蒲公英色のクルクルした髪と、蜜柑色の瞳を持つ小動物系の女性だ。
土用院家は五行家の一つで、千里眼の〝天賦〟や占いによって、神異や禍津祠の発生場所を予知・特定することを得意とする一族だ。
また、魂力を用いた〝魂薬〟と呼ばれる特殊な薬の調合にも秀でている。
私たちの消耗した体力と魂力も、彼女の作った魂薬ですっかり回復した。
普段は事務所の三階にある自室で、神異や禍津祠の発生を観測したり、魂力回復薬を作ったりしているが、今回は支部長さんの補佐のために同行することになった。
ちなみに、どの支部にも最低一人は、千里眼が使える土用院家の人がいるらしい。
ただ、このツヅミさん、少々問題を抱えているらしく……。
「申し訳ありません、私の千里眼が不調なばかりに……」
「気にするなよ〜。大体の位置が分かれば、こちらとしては御の字なんだから〜」
「そうです。まったくのゼロから探すよりもマシですしね」
イワツメ先輩とバショウ先輩がツヅミさんを慰めている。
三人は同期らしい。
まあ、正論だ。
ある程度近くまで行けば、千里眼を持たない普通の退異師でも、神異や禍津祠の気配は探れるからね。
「では、ツヅミ。改めて現場の状況を説明してくれ」
「はい。現在、夏畑中学校の校舎内に、神異が発生しています──」
ツヅミさんが千里眼で視た状況によると、理科室などがある特別棟に、生きている人たちが閉じ込められており、体育館に神異の本体がいるらしい。
ん? 本体? 本体じゃない奴もいるの?
「ここにいる神異は人間を操り、下僕にしてしまうようです。恐らく、生徒や先生方も……」
「酷いな……」
「では、我々の任務は神異の討伐。生存者はなるべく保護してくれ。それ以外は無視しても構わない。己の身を守ることを優先しろ」
退異師の仕事は、神異を倒すことと禍津祠の駆除なので、実は、人命救助などは二の次……というより、そもそも正式な業務には含まれていない。
人命救助は警察や消防の仕事だ。それに、魂術を使える人材は圧倒的に不足している。そのため、退異師の安全が優先され、人命救助はあくまで余裕がある場合にのみ行う、というスタンスなのだ。
できる限り被害者は助けるが、救助に固執することで被害が拡大する場合は、見捨てることもある。
原作漫画では、主人公がそのことについてよく葛藤していた。
「了解」
「では行ってこい!」
こうして、大規模な被害を引き起こしている神異の討伐が始まった。
◇
『みなさん、聞こえますか?』
「大丈夫だ」
インカムから、ツヅミさんの声が聞こえる。
『では、二手に分かれよう。体育館には、救助組が戻るまで突入するな。周囲で待機し、様子を探れ。
組み分けは任せる』
続いて、支部長さんが指示を出す。
「では、組み分けはどうする?」
ルコウさんが、アオハさんに問いかける。
「三人ずつに分けるのが普通ですが……」
「うち二人は、新人だからね〜」
と、イワツメ先輩が言った。
「いつもどおり、ルコウとアオハに新人二人を加えた四人と、私とイワツメの二人で分かれればいいのでは?」
と、バショウ先輩が提案した。
確かに、これまでと同じ組み合わせだ。ただし、四人と二人なので、人数には偏りがある。
「ん〜、いや。救助班はルリカ、イワツメ、バショウの三人だ。アタシとアオハ、ニゲラは体育館へ向かう」
と、ルコウさんが提案する。
「生存者の中には、怪我人がいる可能性が高い。ルリカの治癒魂術とバショウの治癒札が必要になるかもしれないからな。イワツメは二人の護衛を頼む」
つまり、私はルコウさんたちとは別行動か。まあ、怪我人がいる方に私を向かわせるのは、理にかなっている。
「分かりました」
「……ルリカと離れるのか?」
ニゲラは不服そうだ。
「この仕事をしていれば、そういうこともあるだろう。慣れておけ」
「……了解した。ルリカ」
「ん? ──わっ!?」
ニゲラが、抱きついてきた。
「どうか無事で」
「ニゲラ君も気をつけて」
「これを」
ニゲラは紫色の水晶の欠片を差し出した。
「これは?」
「俺の魂力を込めた水晶だ。いざという時に使ってくれ」
「あ、ありがとう!」
「では、行こう」
イワツメ先輩に促され、私たちは二手に分かれた。
◇
「ルリカちゃんとニゲラって付き合ってるの?」
「え!?」
「イワツメ、こんな時に……」
「で? どうなの?」
「えーと、婚姻契約は結びましたが、今はまだ友人ですね……」
そういえば、忙しくて忘れてたけど、このままニゲラと結ばれると、私に死亡フラグが立つんだよね……。
そのあたり、どうするべきか。あまりニゲラを悲しませたくはないので、なんとか穏便に済ませたいのだが……。
「へ〜。向こうは、ルリカちゃんのこと好きそうだけどな〜」
「そうですかね?」
「イワツメ、いい加減真面目にやれ」
「はいはい」
「済まないな、ルリカさん」
「いえ……」
私たちは、難なく特別棟に着いた。
その一階には多数の生存者がいたが、全員、骨のようなものでできた檻に閉じ込められていた。どうやら、怪我人もいるようだ。
その檻を見張るように、奇妙な二人組が立っている。
制服を着ており、シルエットはこの学校の生徒のようだが、露出した顔や手の肌は暗い緑色に変色し、左右の目がそれぞれ別方向を向いている。
どことなく蛙を連想させる姿だ。
二人とも、制服の至るところが赤く染まっているが、怪我をしている様子はないので、返り血だろうか?
つまり、犠牲になった人がいる……。
「あれは……何ですかね?」
「恐らく、神異の支配下にある人間でしょう。
あそこまで神異の支配が進んでいては、元に戻せるかどうか分かりませんが……」
「見張りは二人か? なら、楽勝だろ?」
「だといいですが」
イワツメ先輩は自動式拳銃を二丁構え、バショウ先輩はお札を手に取った。
「ルリカちゃんは、生存者たちをお願い。ただし、絶対に無理はしないでね」
「無理はしないように」
「は、はい!」
私もお札を手にする。
「では、行くぞ!」
私たちは、生存者たちが閉じ込められている広間に突入した。
◆◇◆
ルコウ、アオハ、ニゲラの三人は、体育館に向かっていた。
「──止まれ」
外から直接体育館へ向かう途中、突然何かが降ってきたため、三人は足を止めた。
『ゲコ……』
現れたのは、人のような形をした細身の蛙だった。
背中にコウモリのような羽があり、腰のあたりからは、トカゲのような尻尾が生えている。
よく見れば、神異の特徴である単眼がない。
「これは……神異か?」
奇妙な気配に、ニゲラは眉を顰める。
「いや、これは……」
「人間の死体を元に作られた傀儡だな」
以前にも戦ったことがあるのか、アオハとルコウは心底嫌そうな顔をする。
「人間の死体を?」
「神異の中にはそういった奴らもいるのさ。死体だけでなく、生きている人間も下僕にできる奴もいるぞ」
「遺体だからといって、攻撃をためらうわけにはいきません。可能な限り損壊を抑えつつ、確実に倒しましょう」
「……了解した」
ニゲラは、右手に魂力を集中させ、氷の刃を作り出した。
そのとき、周囲に感じる気配が一気に増えた。
見回せば、同じような人型の蛙が数十体、三人を取り囲んでいた。
「これは……」
「綺麗に倒すのは無理そうだな」
「仕方ありませんね……」
ルコウとアオハも覚悟を決めた。




