23 ◆クロバと学校の異変
◆◇◆
時間は数日ほど前に遡る。
家族が減った生活にも慣れてきた頃、早苗鳥クロバはふと違和感に気づいた。
(学校の様子が、何かおかしい)
理由は分からない。何がおかしいのかも分からない。
ただ、最近はイジメや度の過ぎたイジりに遭うことがなくなり、平和に過ごしていたのだが、なかでも嫌がらせの主犯たちの様子が変だった。
何というか、目が虚ろなのだ。
(とはいえ、僕に心配されても迷惑だろうな)
クロバはそんな風に考えて、特に何もしなかった。
そうして数日が過ぎ、彼らと同じように目を虚ろにした生徒が、日に日に増えていった。
心配する教師もいたが、勉強や部活動の疲れが出たのだろうと考え、生徒たちに十分な休息を取るよう呼びかけていた。しかし、それでも生徒たちの状況に変化はなかった……。
◇
そしてこの日、それは起こった。
昼休み後の気だるい授業中、どこからか叫び声が響いた。
黒板に文章を書いていた国語教師の手も止まる。
クラスメイトたちも、何事かと耳を澄ましている。
叫び声と共に、何かが暴れているような音も近くなってくる。
(なんだ?)
嫌な予感がする。
クロバは密かに席を離れ、ベランダに出る。
窓際の一番後ろの席だったことが幸いして、誰にも気づかれなかった。
そして、クロバがベランダに出て、出入り口の引き戸を静かに閉めた頃、教室のドアが勢いよく開く音がした。
「な、何だ君は──ぐぎゃっ!?」
「せ、先生……!?」
「きゃあああああ!?」
「ひぃっ、ぐぎゃっ!?」
教室から、叫び声と何かが壊れる音が響く。
「〜〜〜〜っ」
クロバは、ベランダで耳を塞ぎながら縮こまっていることしかできなかった。
しばらくして、いつの間にかあたりが静まり返っていることに気づいた。
クロバは恐る恐る立ち上がり、教室の様子を見た。
「──っ!」
窓ガラスには、内側から血がべっとりと付着しており、向こう側が見えなかった。
(まさか、テロリストにでも襲撃されたのか?)
中学生男子なら一度は妄想するイベントだが、実際に起きてしまうと話は別だ。
(いや、流石に妄想が過ぎるか。一体何が……)
慎重に中の様子を窺うが、やけに静かだ。
というか、生きている者の気配がしない。
クロバは意を決して、教室内に入った。
「──っ」
教室内は荒らされており、至る場所に血が飛び散っていた。
明らかに一人分の量ではない。この血を流した者たちは、もう生きてはいないだろう。
そして、教室内には誰もいなかった。
遺体すらも残されてはいない。
「一体何が……うぅっ」
次第に血の臭いに当てられ、吐き気を催したため、教室を出ることにした。
廊下も今は静かだ。
意を決して廊下に出るが、誰もいない。
先ほどの叫び声や騒音が、嘘のようだった。
(まずは、外部と連絡を取らないとな……)
生憎、クロバの通う中学校では、スマホの持ち込みが禁止されている。クロバもスマホは持っているが、学校には持ってきていなかった。
また、カツアゲされるため、財布も持ってきていない。
(財布は持ってきていないけど、緊急通報なら小銭がなくても公衆電話からかけられるはずだ)
クロバは教室を後にした。
廊下──というか、校舎全体が静まり返っている。
クロバの通う中学は周囲を田んぼに囲まれた、静かな場所に建っている。果たして、この状況は外部に伝わっているのだろうか?
クロバは不安を押し込めて、足を進めた。
クロバの通う中学校は四階建てだ。
一階には職員室や保健室などがあり、二階から四階までが教室になっている。クロバの教室は三階にあった。
一階へ向かう途中、他の教室も確認したが、どこも同じような状態だった。やはり、生存者どころか死体さえ見つからなかった。
一階には公衆電話がある。
(公衆電話なんて使わないから、場所もよく覚えていないけど……確か、どこかの学年の昇降口にあったような?
あ、職員室なら外部につながる電話があるか!)
一刻も早く外部へ連絡するため、クロバは職員室へと向かった。
◇
まず保健室を確認したが、扉には鍵がかかっていて入れなかった。
(そういえば、保健の先生は今日、出張だかでいないんだった)
公衆電話を探すより、職員室へ行く方が早い。クロバは保健室を離れ、職員室へ向かった。
──そこに、人の気配があった。
扉の隙間から様子を見ると、人がいた。
その人物は床に座り込んで、何かをしていた。
よく耳を澄ませると、ピチャピチャ、クチャクチャという湿った音が聞こえてくる。
机に邪魔されて、何をしているのかは見えない。
ただ、とてつもなく嫌な予感だけがしていた。
その時、中庭へ続く扉がガラリと開いた。
『……おい、主様が呼んでいる。来い』
『……分かった、今行く』
『特別棟の方はどうだ?』
『あちらは──』
どうやら、この事態に関わっている連中らしい。
会話をしながら、職員室を出て行った。
クロバは扉の隙間から、その様子を見ていた。
「!?」
その二人に、クロバは見覚えがあった。というか、よく知っていた。
(冬隣と春寒?)
彼らはクロバをイジメていた主犯三人組のうちの二人だ。
職員室で何かをしていた小太りの方が冬隣。彼を呼びに来た、背が高く少しチャラ男っぽい方が春寒だ。
(それにしては、様子がおかしい)
春寒も冬隣も、肌の色が暗い緑色になり、左右の目が、それぞれ別の方向を向いている。
冬隣に至っては、口の周りや制服の至るところが、赤く染まっていた。
二人は職員室を出て行った。
しばらくして、クロバは職員室へ入った。
「……うぐっ!?」
冬隣がいた場所には、血塗れの女性が仰向けに横たわっていた。
よく見れば、今年学校に新しく来た、若い女性の教師だった。
白目を剥き、全身を血に染めており、裂けた腹部からは、内臓の一部が露出していた。
素人目に見ても、生きているようには見えなかった……。
クロバは、必死に吐き気に耐える。
ここで吐けば、その音や臭いで奴らに気づかれるかもしれない。
それに、吐いている間は完全に無防備になる。
なんとか吐き気をやり過ごす。
(……確か、特別棟の様子を確認していた。あそこに何かあるのか?)
特別棟は、理科室や音楽室、家庭科室などがある校舎だ。
「……」
ふと、頭がぼんやりとする。
本当なら、すぐに外部へ連絡するべきだ。
そう分かっているのに、なぜか特別棟のことが気になって仕方がなかった。
……特別棟に何があるのか確かめてからでも、連絡は遅くないだろう。
気づけば、クロバの足は特別棟へ向かっていた。
◇
特別棟は二階建てで、中央にはやや狭い広間がある。
二階はとある部活動が使用しているが、一階の広間は普段、使われていない。
(これは……)
そこにあったのは、肉片のこびりついた骨で組まれた檻だった。
中には、生きている生徒や教師たちが閉じ込められていた。
(でも、人数が圧倒的に少ない。他の生徒たちは……?)
「他の生徒たちは、体育館ですよ」
「──っ⁉︎」
いきなり声をかけられて、クロバは心臓が飛び出るくらいに驚いた。
声を出さなかったのは、奇跡だった。
そして、そこにいたのは──。
「キョウさん?」
最近、近所でよく声をかけてくる、年上の知人のキョウさんだった。
「何でこんなところに!?」
学校関係者でもない彼が、こんな場所にいるのは不自然だった。ましてや、こんな非常事態の最中に。
「予定とは違いましたけど、面白いことになりました。なので、至近距離で見学しようかと思いまして」
「予定? 見学?」
クロバは、目の前の人物を初めて恐ろしいと思った。
そもそも、このキョウという人物は何者なのだろう?
学校の登下校の際に話すだけで、家の場所すら知らない。
(名前もキョウさんというあだ名しか知らないし……あれ? 僕たちは、いつ親しくなったんだっけ?)
いくら思い返しても、彼と初めて出会ったときの記憶がなかった。
「……」
クロバは内心警戒するが、彼は特に気にした様子はない。
「ここは、ただの食糧庫です。この人たちも、今すぐ食べられるわけではないようですから、放置しておいて構いません」
「それじゃあ……?」
「本命は体育館です。まあ、そちらに集められた方々は、すでに人ではなくなっているのでしょうけどね」
キョウは、ニコリと笑いながら言った。
クロバの背筋を冷たいものが走る。
「せっかくだし、見に行きましょう!」
「え? ちょっ、待っ──」
キョウに腕を掴まれた次の瞬間、景色が一変した。
クロバはいつの間にか、体育館にいた。
そこには、巨大な石の禍津祠があり、それを取り囲むように屍が積み上げられ、床には血の池ができていた。
むせ返るような血と臓物の臭い。
その血の池の中で、蛙の化け物のようなモノが、死体を貪り食っていた。
「うげっ」
「クロバ君!?」
今度こそ、クロバは胃の中のものを吐き出し、そのまま膝から崩れ落ち、意識を手放した。




