22 ルリカと黒くてでっかいヒヨコ
◇
『ぴよっ!』
朱塗りの祠から生まれたのは、黒くて丸くて、ホワホワしたでっかいヒヨコだった。
いや、一メートルくらいあるんだけど!?
さっきの素早い動きは何だったんだ!?
「あら、神異が生まれたのね!」
「それなら、無理矢理にでも仮契約を結べばいい」
──マズイ! 仮契約なら、神異の意思を無視して一方的に結べるんだ!
『ぴよ?』
フヨウとエゴマ、そして彼の人形が、ヒヨコの神異に向かった。
「待て!」
「ちょっと、邪魔しないで!!」
フヨウのことは、ルコウさんが止めた。
だが、エゴマと人形が神異に迫る。
しかし、その前に立ち塞がったのは、アオハさんだった。
「チッ」
アオハさんは魂力を込めた蹴りで、エゴマを吹き飛ばした。
エゴマは両腕で防いだものの、衝撃までは殺しきれなかったらしい。
「その神異に触るな!」
『ぴよっ!!』
その姿は、お姫様を守る騎士のようだ。
守られているのが人間の女性なら、コロッと落ちていたに違いない。
ん?
巨大ヒヨコ神異の目がキラキラと輝いている。
それはまるで、恋する少女のようで……。
え? まさか、本当に落ちちゃったの? 恋に?
神異にも雌雄はあるらしいけど……。
だったら、アオハさんと契約できるんじゃない? ちょうど彼には契約している神異はいないらしいし!
「アオハさん! その神異と契約してください!!」
「え!? し、しかし……」
「大丈夫です! そのヒヨコ神異は守ってくれたアオハさんを気に入っています!」
「そ、それなら……」
『ぴよ!』
「させるか!」
「……」
諦めないエゴマの目前に、ニゲラが氷の壁を作り、阻む。
「今のうちに、早く!」
「……ありがとう!」
ニゲラにお礼を言って、アオハさんはヒヨコ神異と向かい合う。
「僕と、契約して欲しい」
『ぴよぴよ!』
ヒヨコ神異は嬉しそうにしている。
アオハさんの手と、ヒヨコ神異の手(手羽先)が触れ合う。
すると周囲に魂力で綴られた術式が展開する。
同時に、ヒヨコ神異の朱塗りの祠がほどけるように光へ変わり、光の玉となってアオハさんの胸へ吸い込まれた。
「我、朱夏院アオハは神異『金烏主』と主従契約を結ぶ!」
人間と契約した神異はその人間が祠の代わりになるので、真名がバレても倒されることはないし、契約者が生きている限り死ぬことはない。
逆を言えば、契約者が死ぬと、その神異も死んでしまう。しかし、そうなる前なら、神異側から契約を解除できるのだとか。
ちなみに、〝仮契約〟は片方の主張だけで無理矢理結ばれる契約で、大抵は人間側から結ばれるが、まれに神異が延命のために結ぶことがあるそうだ。
あ。私とニゲラの婚姻契約もある意味、まだ仮契約だな……。
こうして、アオハさんとヒヨコ神異の契約は成立した。
「ちょっと、なにやってんのよ!?」
「クソッ、だが契約者を押さえれば、神異も従わせられる……」
エゴマの人形が、鎌になった二本の腕を構える。
「おい!」
ルコウさんを振り切って迫るフヨウと、なおも襲いかかろうとするエゴマ。
『ぴ!』
「まだやるか!」
そして、ヒヨコ神異を守ろうとするアオハさん。
『ぴーーよーーっ!!』
「なっ!?」
「これはっ!?」
ヒヨコ神異が叫んだかと思うと、その体に炎をまとい、凄まじい速度でフヨウとエゴマ、そしてエゴマの人形へ突進!
「ぐえっ」
「ごばっ」
二人と一体を巻き込んだまま上昇し、その勢いで遠くへ吹き飛ばした。文字通り、星になる二人と一体……。
「……え?」
「……あれ?」
「マジか!?」
呆然とする私とアオハさんとルコウさん。
こうして、ひとまず戦闘は終わったのだった。
『ぴよ〜!』
あ、ヒヨコ神異が戻ってきた。
「……あの、コイツはどうする?」
「え? ……あ!」
ニゲラの声に振り返れば……ゴスロリ君が残されていた。
◇
その後、応援を呼び、事態を収束させた。
神社への被害はほとんどなかったが、人間大の人形が二体も残されていたので、その回収を手伝ってもらったのだ。
軽トラックに載せられてドナドナされる、奇妙な人形二体……。
そして……。
「……」
「え〜と、どうします?」
「そう言われてもなぁ……」
私たちは、残されたゴスロリ君の扱いについて困っていた。
彼は今、私が操った木の根で拘束されている。
「え〜と、君、名前は?」
「……」
ダンマリである。
「なら仕方がないな」
そう言って、ルコウさんがゴスロリ君の服やポケットを調べ始めた。
「な、何するんだ!?」
「身分が分かる物を探しているんだ。お前が名乗らないからな」
「〜〜〜〜っ」
そして、ルコウさんはポケットに入っていたらしい財布を見つけた。
「あっ、返せ!!」
そこから免許証を取り出して確認する。
「『雨月ツノゴマ』君、十八歳か」
「雨月エゴマの弟ですか?」
『ぴよ?』
それで、彼が捕まった時、エゴマは慌てていたのか。
「人形使いってことは、白秋院系か?」
「ふむ、少し調べてみましたが、犯罪歴はまだありませんね」
アオハさんがタブレットで、ゴスロリ君改めツノゴマ君のことを調べていた。
「ひとまず、支部長に連絡するか」
その後、ツノゴマ君も連れて、事務所に戻ることになった。
のだが……。
「……狭いですね」
「……」
「何でコイツの隣なんだ……」
「あ〜、ピヨちゃん。もう少し小さくなれないか?」
『び、びよ……』
「無理っぽいですね……」
運転手はいつも通りルコウさん。助手席にアオハさん。後部座席では、ツノゴマ君を真ん中に挟み、ニゲラと私が両脇に座っている。
そして、残った隙間にぎゅうぎゅうに収まるヒヨコ神異。
ヒヨコ神異は生まれたばかりなので、まだ体の大きさを調節できないらしい。
なんだか、予定外に巨大なぬいぐるみを買ってしまった帰り道のようだ。
「とにかく、事故ってほしくなかったら大人しくしてろよ?」
「……」
「ん? お前何か企んでる?」
「えっ!?」
「え? それはいけません!」
ニゲラの言葉に私はツノゴマ君を警戒する。
木の根で後ろ手に縛っているのに、何かできるのか? いや白秋院家の血筋は器用だから、できても不思議じゃないな!
「私が阻止します!」
「──!?」
私はツノゴマ君に抱きついた。
何か企んだ瞬間に、このまま押さえ込んでやる!!
「あ、ずるいぞ!」
その上から、ニゲラまで抱きついてくる。
「ルリカから抱きしめられるなど、万死に値する……」
「ひぃぃぃ!」
ん? 車内の温度が少し下がったか?
『ぴ、ぴぴい……』
「大人しくしてろって!」
「ルコウ、落ち着いて……」
そうして、なんとか無事に事務所へ着いたのだった。
◇
「お前が、魂術師の雨月ツノゴマか?」
「……」
「ついて来い」
ツノゴマ君は木の根で拘束されたまま、支部長さんに連れて行かれた。
これからお偉いさんが来るらしい。
「おかえり〜、ルリカちゃんにニゲラ〜」
「ご無事で何よりです」
事務所には、秋水イワツメ先輩と風炎バショウ先輩がいた。
「ただいま戻りました!」
「どもっす」
「へ〜、コイツがアオハさんと契約した神異か〜」
「黒くて大きなヒヨコみたいですね」
『ぴよ?』
二人の先輩は、アオハさんと契約したヒヨコ神異を興味深く見ている。
イワツメ先輩は短い茶髪に若竹色の瞳を持つ、犬系好青年だ。スポーツとか得意そう。制服のジャンパーの色は緑。
バショウ先輩は艶やかな長い黒髪で、前髪をセンターで分けている。瞳の色は藍色で、和風美人だ。ジャンパーの色は深い青。
二人とも、神異と契約しているらしい。
ちなみに、二人とも男性だ。
「名前は決めたのか?」
「まだですね」
「なら、つけたらいかがです?」
「あ、ピヨちゃんはやめとけよ? あとで絶対後悔する」
「拾った子猫にチビと名付けると、大きく成長する法則ですね」
「そんな法則あるか?」
と、ルコウさん。
「そういえば、お二人の神異はどんな名前なんですか?」
「オレの神異は『ワカタケ』! 鹿っぽい神異だな」
「私のは『ビャクグン』ですね。魚っぽい神異です」
それぞれの影から、契約している神異が顔を出して挨拶をする。
「ルコウは『綿毛』だったか?」
「そーだよ」
「そういえば、どうしてその名に?」
「……子供の頃に契約したからな。その時はコイツも小さかったから、〝綿毛〟に似ていたんだよ」
『儂は不満はないよ』
「なるほど」
「真名は颯天狼主だったか?」
「え? めっちゃ格好良いですね!」
「おい、イワツメ。人と契約していても、神異の真名を言うのはマナー違反だ」
「おっと、ごめん」
人と契約していれば、他者に真名を知られても影響はないが、人と契約する前の習性の名残で、契約してからも真名を知られるのを嫌がる神異が多いらしい。
『今回は許すが、次は無事では済まないだろう。頭皮が』
「ひぇっ!? 何で頭皮!? 怖っ!!」
イワツメ先輩は頭を押さえて後ずさる。
彼が契約している神異、ワカタケは、やれやれといった様子だ。
「自業自得ですね」
バショウ先輩の言葉に、契約神異のビャクグンも頷いている。
ちなみに、朱塗りの祠から生まれる神異の場合、『主』は『ぬし』ではなく『しゅ』と読むらしい。
その理由は不明だ。
「それじゃあ、この子の名前は──」
『ぴよぴよ!』
ヒヨコの神異は期待を込めた目で、アオハさんを見ている。
「カラスバ……とか?」
『ぴよぴよ!』
「あ、喜んでますよ!」
カラスの雛みたいに黒いヒヨコだから、合ってると思う。
大きさは一メートルくらいあるけど!
そうして、和気藹々としていると、エビネさんが待機室に飛び込んできた。
「みなさん!」
「あれ? エビネさん?」
その慌てぶりはどうやら、緊急事態のようだ。
「大変です! 中学校で神異被害が発生しました!!」




