20 ルリカと朱塗りの祠
◇◆◇
「ダメだ! まだ早い!!」
休み明けの朝。
出勤早々、支部長さんの怒号が飛ぶ……いや、ただ声が大きいだけか。
「何故だ? 夫婦なのだから、一緒に暮らしてもいいだろう?」
理由は、ニゲラが私との同棲を支部長さんにお願いしたからだ。
まさか、本当に支部長さんへ直談判するとは……。
「婚姻契約の上ではな。だが、君たちはまだ友人だろう?」
支部長さんが、こちらを見る。
「そ、そうですね……」
「そんな! 昨日はあんなに仲良くしていたじゃないか!!」
「私の自宅で、友人として一緒に過ごしただけですね。私も、同居するのはまだ早いと思います」
あえて、同棲ではなく同居と言わせてもらう。
「な!? 酷いぞ、ルリカ! こんなに俺は好きなのに!!」
ニゲラが涙目になりながら、私をぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「うぐぐ……」
内臓が口から飛び出しそうだ……。
「本当にルリカのことを好きなら、自分の想いを押し付けるだけでなく、相手のことを思いやれるようになれ」
「相手のことを?」
ニゲラの手が緩む。
「分からないか? それなら、ルリカとちゃんと話し合うんだ。コミュニケーション不足が、すれ違いや勘違いを生むんだからな!」
「そ、そうか……」
ニゲラは私から少し離れ、今度はきちんと距離を取った。
他者のアドバイスを素直に受け取れるのは、ニゲラの良いところだろう。
「ルリカ、すまない。気が急いてしまった。だが、俺はルリカとずっと一緒にいたい。ルリカはどうだ?」
「私も、ニゲラ君のことは好きですよ」
ニゲラの表情が明るくなる。
「だけど、今はまだ、友人としての『好き』なんです。だから、その……できれば待っていてほしいというか……」
「……そうか。今は嫌われていないだけで十分だ」
「ありがとう」
「でも、俺はいつだってルリカのことが好きだから、忘れないでくれ!」
「は、はい!」
「では、話もまとまったし、仕事に戻ろう」
でも、私が彼の大切な人になると、私が死ぬ可能性があるんだよね……。
とはいえ、今すぐ何かできるわけではない。
うん、面倒なことは、面倒なことが起きてから考えよう!
こうして、ニゲラの直談判は終わったのだった。
◇
「ルリカ、部屋の外まで聞こえていたぞ」
「もう少し、声のボリュームを下げた方がよかったですね」
事務所に戻ると、ルコウさんとアオハさんが残っていた。
他の職員は待機組以外は、巡回に向かったらしい。
「あ、ルコウさん、アオハさん!」
「二人とも、聞いていたのか?」
「聞こえていたんだ。今回は、アオハとニゲラも一緒に巡回することになった」
「何かあったのですか?」
「ああ。担当地区のとある神社の境内で、朱塗りの祠が見つかった」
と、ルコウさん。
「朱塗りの?」
「ということは……」
「ああ。もしかしたら、契約できる神異かもしれない」
神異には人間と契約できるものもいる。
その違いは明白で、普通の神異が生まれる禍津祠は石の祠に似ており、灰色をしているのが一般的だ。一方、人と契約できる神異の禍津祠は朱塗りで、形状も木製の祠に近い。
また、そこから生まれる神異は、生まれた時から自我を持ち、人間との意思疎通もできる。通常の神異とは異なり、人体の部位や弱点となる目玉も、体内にあることが多い。
一説には、通常の禍津祠と朱塗りの禍津祠では、発生源が違うのではないかといわれているが、定かではない。
なお、人間と契約できる神異を生み出す禍津祠は、通常のものと区別して『朱塗りの祠』と呼ばれることもある。
「それで、朱塗りの祠を保護するために四人なのですか?」
「そうだ。人と契約できる神異は貴重だからな。神異と戦うというよりは人と戦うことになるかもしれない」
「人と……」
「相手は、対策局に所属していない野良退異師――いや、正しくは魂術師と呼ばれる連中だな」
対策局に所属する魂術師だけが、「退異師」を名乗ることができ、対策局に所属していない者は、単に魂術師と呼ばれている。
「今回は、対人戦闘の訓練も兼ねているというわけですね」
「なるほど〜」
「へぇ〜」
アオハさんの言葉に、納得する私とニゲラ。
「一応言っておくが、制圧のために怪我を負わせるのはやむを得ないが、殺すのはダメだ。正当防衛の結果ならともかく、最初から殺すつもりで攻撃すれば色々と問題になる」
「うちも一応、半官半民の組織ですからね〜」
「アタシとアオハが前衛を担当し、ルリカとニゲラは祠の護衛に徹してほしい」
「了解しました!」
「了解だ」
そういうわけで、私たちはルコウさんの車で目的地へと向かった。
◇
「あれ? ワタゲさんは?」
車中、ワタゲさんがいないことに気付く。
「ワタゲは私の影の中で待機している。新しく生まれてくる神異が警戒しないようにな」
「そうなんですね」
「俺たちが、新しく生まれる神異と契約してしまってもいいのか?」
ニゲラの問いに、アオハさんが答える。
「問題ありませんよ。まあ、その神異が僕たちを気に入れば、ですけどね」
「契約できなくても、事務所へ連れ帰れば、相性のいい奴が見つかるかもしれないからな」
「連れ帰ることができるんですね」
「仮契約をすれば祠も一緒に移動できるよ」
そういえば、仮契約だけなら、すでに別の神異と契約している人でも結べるんだったか。
そうして、目的の神社に着いた。
担当地区の中心からは少し離れており、周りを林と田んぼに囲まれている。
ちなみに、早苗鳥家のあった地区とは反対方向で、別の地区だ。
神社自体はそこそこの規模で、社務所にも神職の人がいる。
どうやら、鳥にまつわる神社らしい。
「お待ちしておりました!」
神社の神主さんが出迎えてくれる。
「お待たせしました。朱塗りの祠はどちらに?」
「ご案内します!」
私たちは、神主さんの後に続く。
この世界にも、神社やお寺はある。
神話や信仰の内容も、前世の日本とほとんど変わらない。しかし、この国の神話に神異は登場しない。
少なくとも、神異が公に認識されるようになったのは、かなり後の時代らしい。
「こちらですね」
神主さんに案内された先は、本殿の横だった。そこに、小さな朱塗りの禍津祠がちょこんと鎮座している。
家の庭先に置かれているような小祠を、さらに小さくしたような形だ。
御扉が閉じているので、まだ神異は生まれてはいないらしい。
「では、我々で保護しますので……」
「あっれー? 先を越されちゃった?」
その時、妙にキャピキャピした、若い女性の声が響いた。
「お前が、寄り道していたのが悪い」
そこに現れたのは、奇妙な男女だった。
女性の方は、深緑色の髪に一部黄色のメッシュが入った襟足の長いショートボブで、オレンジの瞳をしている。
服装は、白地に虹の柄が入った丈の短いパーカーと、同じ柄のフレアミニスカートを身に着け、その下には黒いインナーと同色のスパッツを合わせている。
年齢は二十代前半ほどだろうか。布に包まれた棒状の物体を持っている。
男性の方は、強く波打つ赤褐色の長髪に、チューリップハットをかぶっている。丸いサングラスをかけているので、瞳の色は不明。コートを羽織り、全身を茶系でまとめている。
手には革製のトランクを持っており、年齢はよく分からないが、声の感じからして結構若そうだ。
二人とも系統は違うが、何故か『サブカル』という言葉が浮かぶ。
「あら? ルコウじゃない。アオハ君もいる〜」
「フヨウか」
どうやら、二人の知り合いらしい。
「見ない顔が二人いるな……」
「それじゃあ、自己紹介でもしてあげましょうか?
私は卯波フヨウ、魂術師ね。
そこの雲ノ峰ルコウと朱夏院アオハとは親戚よ♡」
「遠い親戚な」
と、ルコウさんに訂正される。
つまり、朱夏院系の魂術師か。
「雨月エゴマ。同じく魂術師だ……」
「それで? お二人は、何しに来たんです?」
アオハさんが珍しく棘のある言い方をしている。警戒しているようだ。
「そりゃ、人間と契約できる神異の祠が現れたっていうから、回収しに来たのよ。自分で使役できなくても、欲しがる魂術師に高く売れるしね!」
「……この祠のことを、どこで知った?」
「さあね。それを教えるほど、仲良しじゃないでしょ?」
「死にたくなければ、邪魔をするな。特に、新人……」
何とも物騒な言葉が飛び出した。
「ルコウさん、彼らは一体……?」
「男の方は知らんが、女の方は元対策局の退異師だ。素行が悪すぎたので、クビになった」
「あら、クビじゃなくて、私の方から辞めてあげたのよ」
ルコウさんの言葉にフヨウが反論する。
「職場で男女関係のトラブルを起こしまくりましたからね」
「そのせいで、何人も異動する羽目になった。よりによって、忙しい時期に……」
アオハさんが胃のあたりを押さえる。思い出したくないらしい。
「ふん、少し優しくしたら、コロッと恋人や伴侶を裏切る男の方がやばいっしょ?
そんなことより、さっさとどきなさい」
フヨウは、持っていた棒状の物体を包む布に手をかける。
「若人が死ぬのは見たくない……」
エゴマもトランクを前に差し出す。
「そう簡単に、引くわけないだろう?」
「こちらも仕事ですから」
ルコウさんは刀の柄に手をかけ、アオハさんは両脚に魂力を込め、戦闘態勢を取った。
「神主さんは避難してください!」
「は、はい〜」
神主さんは、社務所へ駆けていった。
魂術師の二人も、逃げる神主さんを追おうとはしなかった。
私は朱塗りの祠を囲うように、防御壁を張った。
ニゲラも私の隣で、二人の出方を窺っている。
そして、フヨウは棒状の物体を包んでいた布を引き剥がし、エゴマの差し出したトランクが、独りでにバカッと開く──!




