19 ◆転化神異達
◆◆◆
「ようやく、会ってくれたと思ったら、随分な態度ね」
白髪をツインテールにした少女、ヒサメは、男たちと睦み合っている婿取山の主に苦言を呈する。
客が来ていても、止めるつもりはないらしい。
「今日来るって、事前に知らせたはずだけど?」
「事前に知らせただけで、妾の許しを得ずに来たのはお主じゃろう?
まあ、気にするな。よければ気に入った男を使ってもいいぞ?
今日は、妾のお気に入りを全員用意しておいたからな」
白髪に朱色の瞳と角を持つ婿取山の主は、挑発するように嘲笑う。
「いらないわよ……」
ヒサメは、心底嫌そうな顔をする。
(何で転化までして、人間とそんなことをしないといけないのよ!
つーかこいつ、どんだけわたしのこと舐めてんのかしら? あの方の命令がなければ、速攻で処分してたのに!)
「で? 何の用じゃ?」
「あなた、何か企んでない?」
「何のことじゃ? んあっ」
都合が悪いのか、婿取山の主はワザとらしく喘ぐ。
そのさまが、さらにヒサメを苛立たせた。
「……あのさぁ? あんたをここまで育てたのが誰か、忘れたわけ? あの方の慈悲なのよ?」
ヒサメの言葉に、周囲の温度が急激に下がる。
「──っ」
「ひぃっ!?」
「あんまり舐めた真似してると、あんたの真名、退異師たちにバラすわよ? わたし、そういった権限も、彼の方から与えられているの!」
「……戯れが過ぎたな。おい、部屋に戻っていろ」
婿取山の主の言葉に、男たちは慌てて着物を羽織り部屋を出ていく。
「それで? 妾が何を企んでいるのか、だったか?」
「そうよ。あなた最近、あなた、最近ますます調子に乗ってない? まあ、もともとだけど。最近はさらに酷いわ」
「男たちから魂力を得ながら、ここで細々と生きておるだけじゃ」
「本当かしら? 魂桃一つを得るために、男たちを五人も捨て駒にしたそうだけど?」
「よく知っておるな」
そう言って、婿取山の主は笑う。
「あなたの魂術が有用だったから大目に見てきたけど、それをいいことに好き勝手しすぎたようね。」
「……なるほど、妾の魂術は有用か」
婿取山の主は、内心でほくそ笑んだ。
「そうよ。爆破蟲なんて──」
その瞬間、婿取山の主はヒサメの周囲に、複数の巨大な地虫を転送した。
「──なっ!?」
「ならば、その有用な魂術の餌食になるといい」
婿取山の主が指を鳴らすと、、ヒサメの体にまとわりついた地虫が一斉に爆発した。
「──お前、ふざけんなよ?」
全身の至る所を吹き飛ばされながらも、ヒサメは倒れていなかった。
赤黒い液体が、板張りの床を汚す。
「ふむ、部屋を壊さぬよう威力を抑えたのが裏目に出たか。だが──」
「──っ!?」
爆発せずに残っていた地虫が、ヒサメの体をよじ登ってきた。
「妾の糧になるにはちょうどいい」
「この──」
ヒサメは残った片目で、婿取山の主を射殺さんばかりに睨みつけ、手を伸ばす。
「この爆破蟲どもは、妾の端末でな。こいつらが得た魂力はすべて妾の糧となるのじゃ」
しかしヒサメは、食欲旺盛な地虫共に食い尽くされ、ほどなく息絶えた。
婿取山の主は、愉快そうにその様子を眺めていた。
「ふむ、こやつの態度は不愉快ではあったが、会って正解だったな。
これほどの魂力を得られたのは僥倖じゃ」
食事を終えた地虫たちが、婿取山の主の手に触れると、溶けるようにその体へ戻っていった。
「さて、迷い家に隠れてこそこそ生きるのも、これで終いじゃ。ようやく、妾のための国を作れる……」
◆◇◆
「──っ」
イソトマは廊下から、密かに婿取山の主と客人のやり取りを聞いていた。
婿取山の主が、恐らく超えてはいけない一線を越えたことも理解した。
(神異にも、上下関係があるらしい)
これは好機かもしれない。
婿取山の主が迷い家を出て外界へ進出するつもりなら、イソトマたちにも助けを求める機会が訪れるかもしれない。
イソトマは、婿取山の主の部屋を離れようとした。
しかし、その肩にぼとりと何かが落ちた。
見れば、白くて大きな地虫がイソトマの肩に乗っていた。
カブトムシの幼虫に似たそれが、頭部のほぼすべてを占める八目鰻のような口を開く。口内には、鋭い歯が並んでいた。
「──うわっ」
思わず叫んでしまい、口を押さえるが、すでに遅かった。
「何をしておる?」
背後から、やけに優しい声をかけられた。
「あ……」
恐怖で、振り向くことも、うまく言葉を紡ぐこともできない。
「話は聞いておったな?」
「……」
「妾の計画には、お主の〝天賦〟が必要じゃ」
「オレの、〝天賦〟……?」
婿取山の主は背後からイソトマを抱き、その体へ手を這わせる。
その手が、彼の体を弄るように這い回る。
「もちろん、協力してくれるな?」
「は……」
イソトマに、拒否権はない。
──逃げられない。
「はい、もちろんです……!」
イソトマは翌日の昼まで、婿取山の主の部屋から出てこなかった。
◆◆◆
「おや?」
キョウサクは、何かに気付いて立ち止まった。
「ヒサメ……死んだかな? まあ、祠は無事だから、そのうち復活するか」
キョウサクは、目的の人物をようやく特定して接触し、現在はようやく信用され始めたところだった。
(昔から、人間の区別がつかなくて苦労してきたけど、転化してからも苦労するとは……)
転化したおかげで、魂力によって相手を判別できるようにはなったが、なんだか釈然としない。
(まあ、それはいい。さっさと、神異の元を渡して……)
そんなことを考えていると、目的の人物を見つけた。
早苗鳥クロバ。
つい最近、父親以外の家族を亡くした、哀れな少年だ。
確か、単身赴任中だった父親だけは難を逃れ、今は、その父親と二人で暮らしているらしい。
「やあ」
「あ、キョウさん……」
キョウサクは最近、近所の親しみやすいお兄さんポジションを確立していた。少なくとも、本人はそう思っている。
「今日も元気がないね! 大丈夫かい?」
「あ、はは……」
家族を亡くしたばかりなので、元気がないのは当たり前なのだが、キョウサクは気にしていない。
というか、むしろキョウサクの方が、そんな少年に気を遣われている。
「そんな君に今日はこいつを授けよう!」
「な、何ですか?」
少し大きめの、干からびた蛙をかたどった根付だった。
素材は木だろうか? 精巧すぎて、本物のように見える。
「えーと……ありがとうございます?」
これまで会うたびに怪しい物を渡してきたため、最後に本命を渡してもクロバには不審がられなかった。
これにて、キョウサクの任務は完了だ。
「うむうむ、何かあったら、相談してくれたまえ!」
そう言って、クロバと別れた。
◆◇◆
早苗鳥クロバは去っていくキョウサクの後ろ姿を見送ると、手の中の蛙の根付に目を落とした。
正直、精巧すぎて、あまり手に持っていたくはない代物だ。
(キョウさん、うちの近所に住んでるらしいけど、何でいつも変な物をくれるんだろう? 元気づけてくれてるのかな?)
クロバの家族が神異の被害に遭って死んだのは確かだ。
たまたま家にいなかった父とクロバは難を逃れたが、ほかの家族は死んでしまった。
父は葬儀や諸々の手続きのために長期休暇を取り、クロバもその手伝いをしていた。
惨劇のあった家に住み続けることも、祖父の田んぼを管理することもできないため、どちらも売りに出すと父は言っていた。
クロバは特に反対はしなかった。
元々、母親や妹、そして祖父母からは冷遇されていたので、衝撃は受けたが、悲しみが長く尾を引くことはなかった。
家族が死んでから一ヶ月以上が経ち、クロバは学校へ復帰した。
どうせ学校へ戻っても、部活以外に楽しみはない。いっそ、このまま行かなくてもいいと思っていたが、高校受験のことを考えると、そうも言ってはいられない。
高校受験のためだと割り切り、久しぶりに登校すると……。
「おう、クロバ。いいもん持ってんじゃねーか!」
「せっかくだから、もらっとくか!」
「何これ、蛙? キンモ〜」
クロバを目の敵にしている三人組に、速攻で奪われてしまった。
彼らには、家族を失ったばかりの相手を気遣う心などないらしい。
「……」
(まあ、いいか。処分する手間が省けた……)
その後、しばらくは比較的平和な日々が続いた。
なぜか、蛙の根付を奪われた日以来、例の三人組が突っかかってこなくなったのだ。
校内に神異が発生したのは、それから二週間ほどが経った頃だった──。




