18 ルリカと最終日
◆
翌日。
桃木農園での警備の仕事も、今日で終了だ。
桃木農園に向かうと、初めてここに来たときと同じように、桃木タロウさんが出迎えてくれた。
「おはようございます! 今日で最後ですね! 締めの一日、頑張りましょう!」
「はい!」
「といっても、今日の警備の仕事は、午前中だけですけどね!」
「えぇ?」
「午後はうちの農園で、好きなだけ苺を採っていってください! 魂桃でもいいですけど!」
「は、はあ……」
「ありがとうございます……?」
私とニゲラは困惑してしまった。
「食べきれない分は事務所の奴らへの土産にすればいいから、気にするな」
「なるほど! お土産ですね!」
こうして、桃木農園での最後の警備の仕事が始まった。
◇
この日も相変わらず、神異が湧いていた。
神異を弱らせ、禍津祠へ逃げ帰ろうとするところに発信機を撃ち込む。
禍津祠の位置が特定できたら、その近くにいる対策局の退異師へ、神異と祠の駆除を依頼するメールを送る。
今のところ、倒したはずの神異が再び現れたことはないので、すべてきちんと駆除されているらしい。
自爆による惨劇の痕跡は、すっかり無くなっていた。
知らない人が見れば、ここで人が自爆したなんて夢にも思わないだろう。
さすが、兄様だ。
そうして時間はあっという間に過ぎ、お昼になった。
この日の昼食は、最後だからか、いつにも増して豪華だった。
もっとも、昨日あんなことがあったばかりなので、肉料理は少なめだけど。
「ほら、これ食べなさい!」
「こっちも美味しいわよ〜」
「あ、ありがとうございます〜」
ご婦人方パワーで、次々に取り皿に料理が盛られてゆく。
た、食べ切れるかな!?
ルコウさんとアオハさん、そしてニゲラはパクパクと平らげている。
凄いな!?
なんとか盛られた料理を胃の中に詰め込み、昼食も終了。
午後はタロウさんが言っていた通り、農園のビニールハウスで苺狩りをし、竹林では魂桃を好きなだけ採った。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました……」
「またおいで〜」
そうして、桃木農園での業務はすべて終了した。
「私とアオハはタロウさんと少し打ち合わせがあるから、少し待っていてくれ」
『それなら、儂は魂桃をもう少し採ってきたい』
「じゃあ、採ってきましょうか。ニゲラ君はどうする?」
「俺も行こう」
「じゃあ、三十分後にアタシの車のところに集合な!」
「はーい」
こうして一時的に、ルコウさんとアオハさんとは別行動となった。
◇
「それにしても、採っても採っても、一日経てば熟した魂桃が実るって凄いですよね」
しかも花も咲かず、葉っぱもないのに。
『その土地を流れる魂力を吸い上げて、実へ変えているらしい』
「へ〜」
手の届く範囲の実をもぎながら、相槌を打つ。
熟しているやつは、手でも簡単に取れるのだ。
もいだ魂桃は、桃柄のビニールバッグに入れていく。
ちなみに、このビニールバッグは桃木農園でもらったものだ。オリジナルデザインらしい。
そういえば、桃木農園って名前だけど、普通の桃は栽培してないんだよね。
栽培できない土地ではないらしいんだけど、不思議!
「……」
「ニゲラ君?」
ふと、ニゲラを見ると、竹藪の奥をじっと見ていた。
何かあったのかな?
「……いや」
「ん?」
ふと見れば、そこに誰かが立っていた。
頭からすっぽり白い布を被っているような、奇妙な出で立ちだ。
神異かとも思ったが、それとは微妙に違う感じがする。
少なくとも、敵意は感じなかった。
『魂桃を……』
魂桃? 欲しいのかな?
「どうぞ」
『!?』
私は、採った魂桃をビニールバッグごと渡した。ざっと十数個あるんじゃないだろうか?
『あ、ありがとう……多いけど……』
ビニールバッグを受け取ると、その人物は去っていった。
なんだったのだろう?
「良かったのか?」
「まあ、私は食べないし、ワタゲさんの分は、また取ればいいしね。……今の人、農園の関係者でしょうか?」
「分からない。一応、戻ったらタロウさんに確認しよう」
『儂の分は、二〜三個で十分だ。事務所の連中の土産には別に用意されているだろう』
「なら、俺の分を半分ルリカにやろう」
「それは、ニゲラ君の分だよ! 神異との混血なら、魂桃も必要じゃない?」
「なら、ルリカの手で食べさせてほしい」
そう言って正面から抱きしめてくる。
顔が近いが、恥ずかしがったら負けだ!
「何故、そういう話に!?」
「明日は休みだな。ルリカの家に行こう」
「勝手に決めないでください!」
キスするんじゃないかってくらいに顔が近いが、逃げてはいけない!
『まーた、イチャイチャし始めよった。儂がいるの忘れてない?』
「いえ、別に、イチャイチャしているわけでも、ワタゲさんを忘れているわけでもな──んぐっ!?」
またしても隙を突かれ、唇を奪われる。
「ニゲラ君!」
私は急いでニゲラを引き離す。
「あ、すまん。つい……」
何がついなの!?
『……』
ワタゲさんは、チベットスナギツネみたいな目で、こちらを見ているし!
「もう、戻りましょう!」
その後、ルコウさんたちと合流し、私たちは桃木農園を後にした。
白い布を被った奇妙な人物のことも報告したが、「あ、たまに来る人です。対応してくれてありがとうございました!」と言われた。
どうやら、タロウさんたちも存在を把握している人物らしい。
ででもあの人、山の頂上に向かって歩いていったんだよね……。
あれ? まさかのホラー?
◆
翌日。
この日は休日だ。
普段できない掃除や洗濯などの家事を済ませ、一息ついたところで玄関のチャイムが鳴った。
何か頼んでいたかと不用意に玄関ドアを開けると、そこにはニゲラが立っていた。
「やあ、来ちゃった♡」
「来ちゃったじゃないんですが。本当に来たんですか?」
「ルリカと一緒にいたかったから!」
ニゲラは爽やかに微笑む。
原作序盤のボスの片鱗は、微塵もない。
黒いジーンズに白いTシャツ。その上に黒い上着を羽織っただけだというのに、ニゲラはイケメンだった。
黒く長い髪は、無造作に一つに結われている。
なんでこんなにイケメンなんだ?
「とりあえず、中に入れてほしい。お土産も買ってきた」
「いや、でも……」
「ルリカは、俺のことが嫌いなのか? 夫婦なのに……」
捨てられた子犬のようにそう言われては、断れない。
というか、玄関先で揉めるのは避けたい。
「仕方ないですね……」
私はニゲラを部屋に招いた。
◇
「それで、どうして私の自宅が分かったんです?」
ニゲラがケーキを買ってきたので、紅茶を淹れ、皿やフォークを準備する。
私は教えていないし、事務所でも、私の住所を知る機会はないはずだ。
まあ、事務員の誰かを籠絡したとかなら別だけど。
「それは、婚姻契約のおかげだ。俺たちは、魂で繋がっているのだから!」
ソファに隣同士で座る。
このソファは、異母姉妹たちが一人暮らし祝いに買ってくれたものだ。
「な、なるほど。婚姻契約の繋がりを辿ったのですね?」
婚姻契約には、お互いの魂力を辿って、居場所が分かる効果もあるらしい。
しかし、私の方は近くにいないとニゲラの存在は感知できないんだよね。
何故だろう? 魂力量の差?
「そうだ」
「まあいいですが、言っておきますけど、私とニゲラ君はまだお友達ですからね?」
「いや、すでにキスはしているから、恋人同士では?」
「なっ!?」
「それとも、俺のことが嫌いなのか?」
くそ、耳が垂れた子犬モードは反則だからね!
「嫌いでは……ありません。ですが、何事にも順序というものが……」
「一昨日のあいつ」
ふと、ニゲラの様子が変わる。
「あいつ?」
「浄符師のあいつ! ルリカと仲が良さそうだった!」
「ええ!?」
ヒスイ兄様のこと!?
ニゲラの前では、兄様と親しく話したつもりはないけど、よく見てるな〜。
「あいつと、どんな関係?」
「え〜と……」
本当の関係は兄妹だけど、バラしていいものか?
……まあ、バラしたところで、お父様が渋い顔をするだけか。
なら、原作序盤のボスを不安定にさせるのは良くないな。
私の命のためにも!
「浄符師の青春院ヒスイと私は、兄妹です」
「きょうだい?」
「私は本来、青春院家の当主とその正妻の娘なのですが、一人暮らしをするにあたって、余計なトラブルを招かないよう、遠縁の親戚の苗字を名乗らせてもらっているんです。
ヒスイ兄様も、私と同じく当主と正妻の間に生まれた子供なので、紛れもなく実の兄妹です」
ちなみに、同じ母親の弟もいる。
母親の違う兄と姉、それに妹もいる。
父と母たちの関係はちょっと微妙だが、子供たちの仲は悪くはない。
ヒスイ兄様は、ちょっと微妙な時期もあったけど。
「それなら安心した! ルリカ、今すぐ結婚しよう!!」
「私の話を聞いてました〜?」
そんなわけで、なし崩し的にお家デートをすることになってしまったのだった。
「ねえ、ルリカ」
「何です?」
「俺もここに住んでいい?」
「え?」
「だって、ルリカ。部屋、いくつか余っているだろ? ここファミリー向けのマンションだし」
「そ、それは……」
このマンションの部屋は、ファミリー向けの3LDK。
私があまり物を持たない性格なのもあり、正直、二部屋ほど余ってはいる。
なんでこんなに広い部屋なのかといえば、地方で防犯設備のしっかりした物件となると、こうしたファミリー向けが多いのだ。
「家賃も光熱費も半分出すから〜」
「え〜、支部長さんに相談してください」
こういうときは丸投げしよう!
その後、ささやかなお茶会をし、夕食を一緒に作って食べたあと、ニゲラはちゃんと帰っていった。




