17 ルリカと兄様
◇
「自爆、ですか?」
タロウさんの言葉に思わず声が出た。
自爆って、ロボットアニメとかでたまに出てくるあの自爆?
「ええ、〝婿取山の主〟がよく使う手なのです」
「あそこの主は、〝爆破〟を得意とする上級神異だ。強い上に色々と厄介で、今まで対処できなかった」
と、ルコウさん。
婿取山の主は、人間から転化した上級神異で、女性の鬼のような姿をしているらしい。人間の男を好んで攫い、自分の伴侶や下僕にしているという。
〝男だけで山に入らない〟というルールを守れば自分のテリトリーから出てこないうえ、非常に強いため、いまだに退治されていないのだ。
ちなみに、神異はレベルが上がると、自分の禍津祠を自由に移動させられるようになるとか。
そういえば、婿取山で行方不明になった元婚約者のイソトマ様は、今頃どうしているのだろう?
実家の玄冬院家が捜索を打ち切ったため、こちらからの救助はもはや望めない。救助が望めないのなら、元気でいて欲しいと願うべきか、それとも……。
「ルリカ、大丈夫か?」
「ニゲラ君。大丈夫! ちょっと血の匂いに怯んだだけです!」
『確かに血の匂いが酷いな。ここまで漂ってくる……』
「ああ、ワタゲの鼻にはキツイかもな」
狼型の神異だからね。そんなワタゲさんは、ルコウさんの影の中に避難している。
「魂桃や農園は大丈夫ですか?」
「魂桃の木自体も周囲の葡萄農園も無事でしたが、魂桃の木の周辺の竹林が、その、飛び散った諸々で大変なことに……」
「うへぇ……」
「浄符師を呼んだので、今日中には綺麗になると思いますけどね〜。一日だけ、我慢してください。神異を呼び込む魂術は、今日は使いませんので!」
「浄符師、ですか?」
なんだか、嫌な予感がするな。
私の身近にも、浄符師をしている人物がいるんだが……。
ちなみに、浄符師とは、符術を使って場所の穢れや汚れを清める者のことだ。その多くは、符術を得意とする青春院系の魂術師だ。
知り合いじゃなきゃいいが……。
◇
そうして、到着した浄符師と顔を合わせたのだが……。
「『清浄屋』の青春院ヒスイです! よろしく!」
赤紫の髪にラベンダー色の瞳をもつ、イケメンがそこにいた。
濃茶色の作務衣の上に、『清浄屋』の屋号が入った白い羽織を着ている。
うわー、やっぱり! 思いっきり知り合いだよ!!
「あ、ヒスイさん! 今回もよろしくお願いします!」
「ええ、今回も凄いですね〜」
うぇ〜、ここ、お得意先だったんだ〜。
「ところで……」
青春院ヒスイがチラリとこちらを見る。
明らかに、私を見ている。
一応、事情は説明しているので、後ろ暗いことはないのだが、この人は苦手というか、何というか……。
仲が悪いわけではないけど、関係が少し微妙なのである!
「こちらのお二人は、新人さん?」
何ともワザとらしい聞き方だ!
「今年入局した、新人退異師ですね。」
と、アオハさん。
「へえ? どうも、青春院ヒスイです。よろしくね!」
なぜ青春院の部分を強調するんです?
「長閑ルリカです……」
「玄冬院ニゲラだ」
「へえ、玄冬院家のご子息ですか? お友達になりましょう!」
「あ、ああ」
青春院ヒスイはニゲラと握手を交わし、繋いだ手をブンブンと振った。
「では、仕事を始めましょうか」
◇
魂桃の大木の付近は、確かに酷い有様だった。
遺体の大部分は警察が回収したらしいが、まだ小さな肉片や血が、竹林に散らばっているらしい。
見た目もヤバいが、臭いもヤバいので、〝万象札〟で〝消臭〟の札を作り、みんなにも配った。
「お〜、ありがと〜」
『おお、これなら臭いを感じずに済むな』
「臭いに慣れるのは難しいですからね〜。トラウマにもなりやすいですし……」
「ありがとう、ルリカ。大切にする!」
「今、使ってください」
これで、臭い問題はなんとかなった。
「では、僕は周囲の浄化をしますので、皆さんはいつも通り、寄ってくる神異を退治してください。ああ、でも今日は少ないでしょうから、ルリカさんには、僕の手伝いをしてもらってもいいですか?」
「え? え〜と……」
何言い出すんだ、この人!
「そうですね。こちらは大丈夫そうです。ルリカさん、お願いできますか?」
「はい……」
私も、浄化のお札は使えますからね!
「では、お願いします!」
まあ、さすがに仕事中に妙なことはしてこないだろう。
私は、青春院ヒスイと共に竹林の中へ向かった。
◇
「……」
「……」
「……いや、驚いたよ」
二人きりになったところで、彼は口を開いた。
「ルリカが本当に対策局で働いているなんて!」
「お父様には許可をいただいていますし、ヒスイ兄様にも知らせが届いていたはずですけど?」
そう、この人は、同じ正妻から生まれた、私の実の兄だ。
同じ母から生まれた兄弟は、他に弟が一人いる。
兄も弟も、原作漫画には出てこないので、やっぱりモブなのだろう。
なお、青春院本家の当主には、正妻の他に、側室が二人いるし、母親の違う兄と姉と妹もいる。
本家当主には側室を娶ることが許されており、同時に、多くの子を儲けることが義務づけられているからだ。
こなたりは、特殊な血筋を絶やさないためらしいので、仕方がないのだろう。
むしろ、苛烈な跡取り争いになっていないだけ、うちはまだマシらしい。
「ああ、もちろん知らせはもらってる。僕はルリがあの家に縛られないで、自由に生きているのが嬉しいんだ」
そう言って、襲ってきた神異を〝火炎〟のお札一枚で倒した。
枯葉一枚にすら延焼させず、ただ、神異だけを燃やし尽くす魂力のコントロールはさすがだ枯葉一枚にすら延焼させず、神異だけを燃やし尽くす魂力の制御は、さすがとしか言いようがない。
私じゃ無理。
この人、符術に関しては超天才なんだよね。知識も実力も一族で一番なんじゃないだろうか?
だけど、跡取り候補からは早々に除外されてしまった、悲運な人だ。
「まあ、私も婚約者の横暴に耐えてきましたからね。その婚約者がいなくなったので、自由にさせていただいているだけです」
「そういえば、イソトマ君は婿取山に行ったきり、帰ってこないんだったな」
「ええ。玄冬院家も捜索を打ち切りましたし、救出は絶望的ですね」
「あのクソ坊主には辟易していたからな。……ルリカ、お前が大変な時に力になってやれなくてすまなかった」
「あの頃、兄様はご自分のことで精一杯だったのですから、仕方がありません」
「それは……そうなんだが」
私の兄である青春院ヒスイには、青春院家の血筋に遺伝する〝天賦〟の治癒魂術が、発現しなかった。
符術を使用すれば、治癒魂術自体は使えるが、ヒスイ兄様は天賦無しと判断され、本妻の長男でありながら、本家の後継者にはなれなかったのだ。
後継者になるには、一族の能力を受け継ぎ、相応の実力を備えている必要がある。そのため、本妻の子だからといって、確実に後継者になれる保証はない。
ちなみに、女性は基本的に当主にはなれない。
一人でも多くの子供を儲けるには、男性を当主にした方が都合がいいとされているのだ。
「とにかく今は、仕事をしましょう」
「……そうだな」
私たちは、たまに襲ってくる神異を倒しつつ、〝浄化の札〟を撒いていく。
ある程度撒いたら、魂力を込めて一斉に発動させる。
青白い熱のない炎が上がり、血や肉片などの汚れだけを焼き尽くしてゆく。
浄化の火が治まると、血の跡も肉片も、綺麗さっぱりなくなっていた。
そんなふうに竹林を中心に作業を続け、午前中いっぱいで浄化作業は終わった。
「いや〜、二人で作業したので、予定より早く終わりました!」
「ありがとうございます。料金はちゃんと払いますね」
「今回は半額で結構です。残りは、ルリカの作業分として対策局へ支払ってあげてください」
「……分かりました! そうさせていただきます! さあ、ヒスイさんも昼食を食べていってください!」
「ありがとうございます」
というわけで、本日もご婦人方が作ってくれたお昼ご飯に舌鼓。
凄惨な現場を見たあとなので、肉料理は控えめなのがありがたい。
「ヒスイさんは、ルリカと知り合いなんですか?」
と、ルコウさんが尋ねた。まあ、当然の疑問だ。
「ええ。彼女も青春院家の血筋ですからね。親戚同士の集まりで顔を合わせています」
「なるほど」
「長閑家は分家ですよね?」
ニゲラが探るように尋ねる。
「……」
ルコウさんとアオハさんは納得した様子だったが、ニゲラはそうではないらしい。
う〜ん、ニゲラには本当の関係を説明した方がいいのかな?
その後、お昼が終わり、兄は帰っていった。
この日は神異がほとんど現れなかったため、早めの帰宅となった。神異を呼ぶ魂術を使っていないので、当たり前なのだが。
「二人も神異との戦闘に慣れてきたので、そろそろ魂桃警備の仕事も終わりですかね〜」
帰りの車内で、アオハさんが言った。
「そうだな」
ルコウさんも同意する。
事務所に戻り、報告書を作成して提出すると、支部長さんに今後の予定を告げられた。
桃木農園での仕事は今週いっぱいで終了し、来週からは通常業務に戻るらしい。
ということは、明日一日で終わりだ。実に二週間、長いようで短かったな。




