16 ルリカと警備のお仕事
◇◆◇
魂桃の警備の仕事を始めて、二週間近くが経った。
この頃には、仲間たちと連携して神異を倒せるようになっていた。
「ルコウさん、そっちに行きました!」
「はいよ! ワタゲ!」
『おう!』
「ニゲラ君、左!」
「了解!」
この日も、朝から魂桃の大木の周囲には神異共が群がっている。
もっとも、神異の活動時間は種類によってまちまちなので、朝だから多いというわけではないけど。
そいつらを倒し、追跡できそうなものは弱らせ、それぞれの禍津祠を探るために発信機を撃ち込んだ。
そうして、ほとんどの神異を退けたところで休憩時間になった。
ちょっと疲れたかも〜。
「ルリカ、大丈夫か?」
私の疲れに目敏く気付き、ニゲラが駆け寄ってくる。
「え? 大丈夫! 元気だよ!?」
「……」
「ニゲラ君……? うわっ!?」
何かを探るように、じっと私を見ていたかと思うと、ニゲラが抱きついてきた。良い匂いがする〜。
「疲れてるな?」
「そ、そうかもしれないけど……」
いきなり抱きついてきたのは……何故!?
「ハグすると、疲れが癒されるらしい」
「そうだっけ?」
ストレスの軽減じゃなかったっけ?
「お〜い、イチャイチャしてないで、昼飯食いに行くぞ〜」
「は、はい!」
こうして、午前の仕事は終了した。
◇
そして午後、少し特別な仕事を頼まれた。
私たちの目の前には、作業服姿のご婦人方が数名いる。
「この人たちは、魂桃を加工してくれているパートのご婦人方だよ!」
と、タロウさんが紹介してくれる。
「加工した魂桃は、対策局や魂術師ギルドに所属している神異たちの回復薬になるよ!
傷がなく形の綺麗なものは、そのまま贈答用になることもあるよ!」
「回復薬という名のジュースだけどねぇ」
「ゼリーやジャムも作るわ〜」
「人間でも美味しく食べられるわよぉ」
と、ご婦人方。
「今回は、こちらの皆さんを守りつつ、神異を退治してもらいます。普段、美味しい昼食を作っていただいているお礼も兼ねて、誠心誠意お守りしてくださいね!
まあ、ご婦人方は、魂桃の大木を囲む結界の中にいるので、危険はないとは思いますけどね!」
お昼のご馳走は、このご婦人方が作ってくれていたらしい。
「へ〜、いつも美味しいご飯をありがとうございます」
「ありがとう」
私に倣ってニゲラもお礼を言った。
するとご婦人方は「まあ、まあ、まあ!」と言いながら、大量の飴を貰った。
ジャンパーのポケットがパンパンになった……。
というわけで、結界の中で魂桃をもいでいるご婦人方を守りながら、引き続き神異退治だ。
人間の魂力にも引き寄せられるのか、作業する人が増えた分、やってくる神異の数も増えている。
だというのに……。
「あら〜、新人さんは初々しいわね〜」
「ね〜、結構強いし〜」
「可愛い子と、格好良い子がいていいわね〜」
収穫中のご婦人方は呑気なものだ。
というか、慣れているせいか、まるで危機感がないように見える。
結界で守られているとはいえ、こちらは必死なのだが!
「──!」
なんて思っていると、魂桃の大木を囲むように四方へ配置された結界札が、煙を上げ始めた!?
「アオハさん! 結界が!!」
「結界への負荷が、許容量を超えたようです。交換用の結界札は、タロウさんが持っていると思いますが……」
今は、別の畑で作業しているはずだ。
「それなら、私の札でしばらく持たせられませんか?」
「できるのですか? 戦闘時に使う防御壁の札とは、また違うのでは?」
「はい。でも、どんな用途にも使える〝何にでも使えるお札〟があります。これを使えば、知っている術式であれば、その場に応じて再現できます」
〝何にでも使えるお札〟は、正式名称を『万象札』といい、あらかじめ用途や術式を設定していない札のことだ。
臨機応変に対応できる反面、使用する術式の構成をすべて自分で覚えておき、必要な術式を瞬時に組み合わせ、魂力で札へ再現しなければならないため、使用難易度はそこそこ高い。
しかし、熟練した青春院系の符術使いは、ほとんど『万象札』しか使わないらしい。
魂力と術式が浸透しやすいよう処理しただけの札なので、〝空札〟や〝白札〟などとも呼ばれている。
「では、やってみてください。無理はしないように!」
アオハさんの許可も出たので、早速、結界内に入り、煙を上げている結界札へ近づく。
戦闘をほかの三人に任せるのは申し訳ないが、残る三人は、私よりずっと強い。しばらく任せても大丈夫そうだ。
まずは、一番消耗の激しい結界札から。
結界の術式は、一般的な神異の侵入を阻み、攻撃や呪い、毒の影響を防ぐ術式だ。
これなら、私も術式の構成を覚えている。
自分の魂力だけを用いて、その術式を〝万象札〟に描いてゆく。
その様子はレーザー彫刻に似ている。描くというより、焼き付けていくと表現した方が近いかもしれない。
なんとか一枚目を作り終え、元の結界札の上に貼る。結界を途切れさせないため、すべて貼り終えてから古い札を取り除くつもりだ。
同じ作業を更に二箇所で行い、残るはあと一箇所となったところで、目の前で最後の結界札が焼き切れた。
「──っ」
途端に結界が消え、それとほぼ同時に、私は最後の一枚を焼き切れた札の上へ貼りつけた。
次の瞬間、結界が復活する。
危なかった──!
「あら、すごい、すごい!」
「良かったわね〜!」
「古い札の撤去と結界の点検は、あとでタロウちゃんたちがやってくれるわよ〜」
ご婦人方も無事なようだ。
こうして、この日の警備も無事に終わった。
ちょっと、魂力使いすぎたね〜。
◇
「しかし、普段から魂桃の大木の周囲には、あんなに神異が集まるんですか?」
帰りの車の中で、気になっていたことを聞いてみる。
対策局の退異師がいない時や、夜間はどうしているんだろう?
「いや、あれはワザと神異を呼んでいる」
「え?」
「ルリカとニゲラ、二人の訓練のためにね。交換時期の近い結界札をそのまま使っていたのも、訓練の一環だよ」
な、なんだってーー!?
「ええっ!? じゃあ、ご婦人方を危険にさらしたんですか!?」
「あの人たちも承知の上だ。それに、元退異師や魂術師もいるから、いざとなれば自分たちで対処できる。
というか、アタシらよりえげつないぞ?」
ルコウさんは、何か恐ろしいものを思い出しているのか、身を震わせている。
一体、何が……。
「普段やって来る神異は、あれの半分くらいですよ。それに、桃木農園の従業員は、ご婦人方以外の従業員も、ほとんどが元対策局の退異師なので、今でも十分に強いです」
「なるほど……」
退役軍人的な?
「ルリカ、魂力が減っているな?」
と、隣に座っているニゲラが言った。
「え? まあ、少し疲れたかな? でも一晩寝れば……」
そう言いかけたところで、不意に口を塞がれた。
一瞬、息が止まる。
「〜〜〜〜っ!?」
こ、これって、キスされてるっ!?
ちょ、口の中に舌を入れるな!!
「……ぷはっ! い、いきなり何を!?」
「俺の有り余っている魂力を、ルリカに注いだ。これで、回復しただろう?」
「あ、確かに」
確かに、減っていた魂力が回復している。
そういえば、玄冬院家は魂力が多いので、他者に魂力を分け与えることもできるんだった。
婚姻契約による魂力の授受は、契約時とどちらかの魂力が致死量レベルに減った場合のみ、自動で行われるそうだ。
……あれ? もしかして、婚姻契約のせいで、私の魂力の状態がニゲラにバレてる?
私の方は、ニゲラの状態はよく分からないのに?
「あ〜、オホンオホン」
ルコウさんのワザとらしい咳払いで、ようやく、私は車内の微妙な空気に気付いた。
「あ〜、お二人さん。イチャつくのは二人きりのときにしてくれ」
「……」
そう言いながらも、ルコウさんはニヤついており、アオハさんは恥ずかしそうに俯いている。
「す、すみません!」
「ああ、気持ちが急いてしまった。すまない。だが、二人きりなら良いんだな?」
「一応、避妊はしとけよ?」
「ちょ、ルコウさん! 私たちはまだ友人です!」
「友人同士でも、ヤるやつはいる。セフ……」
「わーわー! それ以上、いけない!!」
「なるほど。確かに、子供ができるのはまだ早いな。しばらくはルリカと二人きりでいたいし……」
「ニゲラ君も、何を言っているんですか! アオハさんも、二人を止めてください! 風紀が乱れてしまいます!!」
「……無理」
そうして、事務所へと戻ったのだった。
◆
翌日、少々気まずいながらも出勤すると、大変なことになっていた。
「これは……」
桃木農園には、何台ものパトカーや救急車が停まっており、物々しい雰囲気になっていた。
「あ、皆さん。おはようございます!」
「タロウさん。何があったんですか?」
アオハさんが事情を尋ねた。
「実は、魂桃を狙って、神異の下僕が襲ってきたのです」
「神異の下僕?」
「ええ。恐らく、婿取山の主の下僕でしょう。この辺りで複数の人間を下僕として従えている神異は、〝婿取山の主〟だけですから」
「まさか、死傷者が?」
「いえ、こちらに死傷者は出ていません。魂桃の木も無事です。
ただ、襲ってきた五人のうち三人が自爆し、その隙に残る二人が魂桃を一つ奪って逃げたのです……」
「それで、警察と救急車が……」
「はい。結界札は交換してあったのですが、自爆による攻撃までは防ぎ切れませんでしたね。後ほど、結界の強化も考えなければなりません」
タロウさんの言葉で、私はイソトマ様が消えた婿取山のことを思い出した。




