12 ルリカと婚姻契約
◆
「……」
「お? 起きたか、ルリカ」
「ルコウ、さん? ここは……? 私……あ!」
気を失う前のことを思い出し、思わず身を起こそうとした。
しかし、そのせいで一瞬、くらっときてしまう。
「おっと、まだ寝てな。ここは病院だ。魂力不足と怪我の影響で倒れたんだ」
ルコウさんに肩を押さえられ、ベッドへ戻された。
「す、すみません……」
ルコウさんたちが屋敷に駆けつけたところまでは覚えているが、そのあとの記憶がない。やっちまった……。
「無事で良かったよ。怪我もお札の効果でほとんど塞がっている。さすが、青春院家の血筋だな!」
左手には、ぐるぐるに包帯が巻かれていた。まだ少し痛みはあるが、手を動かすのに支障はない。
……いやでも、いくら青春院家の符術でも、ここまですぐに怪我は治らないな。
あのくらいの怪我なら、塞がるのに、少なくとも二、三日はかかるのに……。
天賦の方の治癒魂術なら、完全に治っている代わりに、もっと魂力を消耗しているはずだが、私は使った記憶はない。
「状況はワタゲから聞いている。恐らく、突き刺さっていた神異の枝から、魂力を奪われていたらしい。
そこに、手のひらを貫かれた傷の治療が重なり、魂力を一気に消耗したようだな」
魂力がここまで減っているのは、それが原因か。
「──あ、ワタゲさんとニゲラ君は大丈夫ですか?」
「ワタゲは無傷だ。今はニゲラの病室で、彼の警護をしている。
ニゲラの方は衰弱こそしているが、無事だ。
彼、神異との混血みたいでね、丈夫らしい。数日入院すれば大丈夫そうだ」
「そう、ですか……」
原作漫画でも、人と神異の混血という設定だったな……。
その時、病室のドアがノックされた。
「ルコウさん、ちょっといいですか」
「おう、今行く。ルリカは朝まで寝ていろ」
「はい」
そうして、ルコウさんは病室を出て行った。
よく見れば、ここは個室だ。
スマホで日付と時刻を確認すると、私は丸一日近く眠っていたことが分かった。
結構長い時間寝ていたらしい。道理で、目覚めスッキリなわけだ。
夜明けまでまだ時間はあるが、目はすっかり覚めてしまった。
ベッドサイドには、ペットボトルに入った水がある。
メモによると、ルコウさんが用意してくれたらしい。
ありがたくそれを飲みつつ、思考を巡らせる。
私の治癒のお札の効果が上がったのは、もしかしてニゲラのおかげなのか?
玄冬院家の血筋の者は膨大な魂力を持ち、それを他者に分け与えることもできるらしい。
ニゲラは原作では物語序盤のボスだ。しかし、今の彼からは、まだその片鱗を感じられなかった。
……いや、強力な魂術を使っていたが、玄冬院家はもともと、膨大な魂力を持ち、強力な魂術を扱える一族なので、まあ不思議ではない。
片鱗とは、序盤ボスたる冷酷さというか残酷さだ。それがあまり感じられなかったのだ。
原作で彼は、世界への復讐のために動いていた。
神異との混血ということで受けてきた差別と、養子先の家で受けた仕打ち。そして、自分を救ってくれた大切な人を殺されたことへの恨み。
その大切な人が誰なのかは、原作では、最後まで明かされなかった。
名前も顔も明かされず、シルエット姿で殺される場面が描かれただけだった。
単行本や、設定集などで明かされたのかもしれないが、残念ながら、両方とも未購入だ。私は、本誌連載しか追っていなかった。
まあ、私がその人物の正体を知ることはないのだろうけど……。
◆
その日の昼頃、私は退院した。。
今日と明日は休みをもらったが、帰宅する前に、ルコウさんと一緒にとある病室へ呼ばれた。
案内されたのは、私が使っていた一般的な個室よりも、さらに上等な病室だった。そこに入院していたのは、やっぱりニゲラだった。
「あ! ルリカ!」
私の顔を見ると、とても嬉しそうに笑った。
初めて会った時よりも、顔色が良い。
明るい場所で見ると、原作漫画よりも若い印象を受ける。
「ルリカ。体調はどうだ?」
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
病室の中にはベッドで身を起こしているニゲラの他に、支部長さんとワタゲさん、そして着物姿の男性がいた。
着物の上に羽織を纏った、どこか冷たい印象のイケメンだ。
黒髪に水色の瞳で、なんとなくニゲラに似ている。
血縁者か?
でも、それ以外に何故か既視感がある。初対面だと思うが……。
「まずは名乗らせてもらおう」
その着物姿の男性が口を開いた。
「私は玄冬院ヒオウギ。ニゲラの兄だ」
──あ、この人!
原作漫画のレギュラーキャラだ!!
主人公たちの仲間になるキャラで、玄冬院本家の正統な跡取り!
「……どうかしましたか?」
「い、いえ! 私は青春──いえ、長閑ルリカです!」
「ん? あなた……」
あ! 本家の人なら、私のことも知っているのかも!?
偽名ってバレるかな?
「……まあ、いいでしょう。今回あなたをお呼びしたのは、ルリカさんとニゲラが〝婚姻契約〟を結んでしまったからです」
「……え?」
「〝婚姻契約〟!?」
ルコウさんが叫ぶ。
「え? えーと? どういうことですか? というか、いつ!?」
婚姻契約といえば、その名の通り男女が生涯を誓い合うために結ぶ、契約魂術だ。
昔は血を確実に残すために結ばれたこともあったし、神異と結婚する際にも使われるらしい……。
「いや、それはこちらが聞きたいのだが……」
一同の視線が、ベッドの上のニゲラに注がれる。
「ああ、契約を結んだのは、キスをした時だ」
「ええーーっ!?」
序盤ボスのニゲラと? モブの私が!?
──あ、キスって、あの時か!!
いや、私は合意してないんですが!?
あ、でも、強力な神異が一方的に婚姻契約を結んだという、昔話を聞いたことあるから、ニゲラならこちらの同意なく、婚姻契約を結べても、不思議じゃないかも……?
「何故そんなことを?」
と、ヒオウギさん。
「ルリカが運命の相手だったから、婚姻契約を結んだ」
「はぁ……初対面のお嬢さんになんてことを……。
婚姻契約は、結んだあとでも解消できるが、それにはとある神異の協力が必要になる。
また、少なくとも三年は契約を継続しなければならない」
「つまり、少なくとも三年間は、この契約を解消できないと……?」
「そうなるな。恐らく、君の左手の薬指にもニゲラと同じ印が現れているだろう」
ニゲラがニコニコしながら、自分の左手の薬指の根元を見せる。
そこには、水引のあわじ結びを模した赤い婚姻契約の印が、指輪のように現れていた。
私の左手には、包帯が巻かれているので、まだ確認することができない。
そういえば、主従契約や婚姻契約を結ぶと、魂力の授受ができるのに、なんで私は倒れたんだ?
契約した時に魂力をもらったとニゲラが言っていた。
発生した神異を倒すためにお札を使い、手に刺さった枝からも魂力を奪われた。
その上、怪我を治すために治癒のお札を使い、禍津祠への勝利宣言でも魂力を消費し、それらが全部重なって……。
恐らく、私とニゲラが契約した時は、魂力の流れが安定せず、ニゲラに私の魂力が持って行かれている状態だったのだろう。
その後、時間が経って互いの魂力が安定し、魂力が少ない私の方にニゲラの魂力が流れ、それで、治癒札の効果も強まった──ということだろうか?
う〜ん、色々ツッコミたいところはあるけど、まあ、いいか。
あくまでも、憶測だ。
「というわけで、ニゲラ君はうちで預かることになった」
支部長さんがそう告げると、ルコウさんが眉をひそめた。
「何がどうして『というわけ』になったんだ?」
と、ルコウさん。
「ルリカ! 俺の全部をあげるから、結婚してくれ!!」
「え〜と……」
ニゲラはキラキラした目でこちらを見てくる。
これまで苦労してきた彼を、冷たく突き放すわけにもいかないしな……。
仕方ない!
ニゲラと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「私たちはまだ、お互いを知りません。まずはお友達から始めましょう!」
「そうだな! 友達から始めよう!」
がっちりと握手を交わす。
これで、なんとか誤魔化せたな。
「当面は、俺の家で預かることになった。用がある時は、うちに連絡してくれ」
と、支部長さん。
「ありがとうございます」
「ニゲラ君はあと二、三日は検査入院するから、お前たちは先に戻れ。ルリカは今日と明日は休みだ」
「はい」
「失礼します」
そうして、ニゲラの病室を出た。
……ん?
ふと、ある可能性が浮かぶ。
原作でニゲラが闇堕ちした決定的な原因は、自分に優しくしてくれた大切な人たちを失ったことだった。
だが、その人たちの顔や名前は作中では明かされていない。彼らと共にに過ごした数年間が、ニゲラにとって幸せな時間だったということだけが語られていた。
そして、今現在の私達とニゲラの状態。
ニゲラは悲惨な養子先の家から救出され、対策局に引き取られる。
私とも婚姻契約をして、嬉しそう…… 。
嫌な予感に、背筋が凍る。
ニゲラが闇堕ちする原因の大切な人たちって……まさか、私も含まれてる!?
え? ということは私、数年後に死ぬの!?
嘘でしょう!?
「ルリカ、顔色が悪いけど、大丈夫か?」
「大丈夫です、ルコウさん……色々あったので……」
「まあ、帰ったら、ゆっくり休めよ」
「はい……」
原作漫画の舞台から遠く離れた地方に転生したから、すぐに死ぬことはないと思っていたけど、まさかこんなことになるとは……。
これから、何か対策を考えないとな……。




