王と宰相(5)
事故発生から半日。広報部の空気は、摩擦で発火しそうなほどに張り詰めていた。
啓文は、対外発表向けに初動声明を出した。
> 当社は、未成年クリエイターの安全確保に関する運用体制について、重大な課題があった可能性を認識しております。
> 関係者の安否確認と事実関係の把握を最優先に進めるとともに、当該配信および関連コンテンツの拡散抑制措置を講じています。
賀総の案から、「創作の自由」に関する一文は広報判断で外した。
いつもなら、それで終わるはずだった。
総裁室に入ると、賀総はいつものように、スクリーンを流れる動画を見ていた。
こちらを見ないまま、問いかける。
「『重大な課題があった可能性』——なぜ、こちらから責任を認めるようなことを言う」
「責任を認めたのではありません。可能性を認識していると書いています」
「同じだろ」
「違います。市場は、我々が事態を過小評価していると判断した瞬間に離反します」
「だが、これは星河の自由を否定することにならないか?」
賀総は、まだ納得していなかった。
「啓文、これだけは言わせてほしい。
ひとつの事故で、次に作る人間の手を止めてはいけない。
これは事故であって、表現そのものの否定であってはならないんだ」
啓文は苛立ちを抑えて答えた。
「それは受け入れられません」
「なぜ」
「安否が分かっていない未成年の事故に対して、その言葉は早すぎます」
賀総の視線を真っ向から受け止める。
「社会は今、自由ではなく『誠実さ』の証明を求めているんです。ここで自由を語れば、責任回避に読まれます」
賀総は黙った。
だが、その視線は啓文の言葉を拒絶している。
「啓文」
「はい」
「あれは、俺の言葉か」
「星河としての声明です」
「俺は、あんなことは言っていない」
「言うべきではない言葉を除きました」
「それは……俺の言葉を直したのか。それとも消したのか」
啓文は一瞬、言葉を探す。
「社会に届く形に整えました」
「君はいつもそう言う」
賀総は吐き捨てるように言った。
啓文はそれ以上言葉を重ねず、総裁室を出た。
(プラットフォームの、良心)
またリンの言葉が頭をよぎる。
信頼安全チームとの打ち合わせに入ろうとしたときだった。
「周部長!」
広報部の若手が、悲鳴に近い声を上げた。
「賀総が、個人アカウントで投稿しました……!」
啓文の指が、ピタリと止まった。
嫌な予感が、背筋を駆け上がる。
SNSを開く。
―――創作には、失敗も逸脱もある。
そのすべてを先回りして止める社会で、自由なクリエイターは育たない。




