王と宰相(4)
啓文は椅子から立ち上がるのと同時に、キーボードを叩いた。
モニターに映し出されたのは、星河のトレンド画面。
そこには、赤字で「#小鹿 転落」「#LIVE事故」という不吉な単語が躍っていた。
心臓の鼓動が一段、速くなる。
拡散されている動画は、数分前のライブ配信の録画だった。
画面の端には「星河ライブ」のロゴ。
小鹿は、錆びついた工場の、吹き抜けになった三階部分の縁に立っていた。
『もっとギリギリまで行って!』
『小鹿なら飛べる!』
『怖いの?』
画面下部から湧き上がるコメントが、少女を追い詰めていく。
小鹿は、無理に作ったような笑顔を浮かべ、カメラ——スマートフォンのレンズを見つめた。
「……あ」
小さな声。
直後、画面が激しく回転し、鈍い衝撃音と共に砂嵐のようなノイズが走った。
視聴者の悲鳴のようなコメントが、一気に加速して画面を埋め尽くす。
「周部長」
広報部の部下たちが、顔を青くして啓文を見た。
オフィス全体に、重苦しい静寂と、それに続くパニックの前触れのようなざわめきが広がる。
啓文は深呼吸をし、眼鏡をかけ直した。
「――対策チームを立ち上げる。法務と信頼安全部門を緊急招集。
小鹿の登録情報、保護者同意、所属MCNの有無を確認。
安否確認は関係者経由で急いで。
信頼安全は配信ログ、通報ログ、モデレーション履歴を保全。
関連動画とミラーコンテンツは、証拠保全をしたうえで拡散抑制に入って」
矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、啓文は自分の指先が微かに震えていることに気づいた。
三日前、リンが言った「良心」という言葉。
そして、自分が「賀総を説得する」と言いながら、
結局は日々の業務の波に飲まれ、後回しにしていた事実。
(私が、止めるべきだったのか)
その時、オフィスの奥にある総裁室のドアが開いた。
騒ぎを聞きつけたのか、賀総が姿を現した。
彼は混乱するフロアを一瞥し、そして啓文のデスクへと歩み寄った。
その顔には、驚きも、恐怖も、後悔も読み取れなかった。
「どうした」
声は低く、平坦だった。
「小鹿です。ライブ配信中に転落した可能性があります。現在、安否を確認中です」
言葉を一旦、区切る。
「……星河も、プラットフォームとして、責任の追及は免れないでしょう」
賀総は答えず、モニターを見た。
乱れた映像の端で、コメントだけがまだ流れ続けている。
「コメントを保存しておけ」
「すでに指示しています」
「彼女は、自分で行ったのか」
啓文は、わずかに眉を動かした。
賀総は画面から目を離さない。
「それとも、コメントに押されたのか」
啓文の胸に残っていた小さな傷が、そこで深く開いた。
その問いは、事故の核心に近かった。
近すぎるほどに。
だからこそ、いま口にすべきではないことだった。




