王と宰相(3)
会議室を出た啓文は、手元のタブレットをスワイプしながら歩いていた。
賀総が「いいな」と評した少女——「小鹿」のプロフィール。
彼女がアップロードしているのは、放課後の校舎や、錆びついた工場跡地で踊るような動画が多い。
どこか危うい浮遊感と、必死に「見られたい」と訴えるような視線が特徴だった。
「……ここまでは、生きている。ここからは、演じている」
啓文は、賀総の言葉を反芻する。
「周部長」
背後から声をかけられ、啓文は足を止めた。
信頼安全部門の若手社員、リンだった。
「今の定例、どうでしたか。未成年保護の件……」
「議論は堂々巡り。持ち帰りになった」
お手上げだ、というジェスチャーをすると、リンの顔が曇った。
「でも、手遅れになります。小鹿のコメント欄、見てますか? 彼女の学校や自宅を特定しようとする書き込みが増えています。
それに、昨夜のライブ配信では、視聴者のリクエストに応えて、かなり高い場所から飛び降りるような仕草を……」
啓文は歩きながら、リンの言葉を遮った。
「わかっている。しかし、現行の基準では止められない」
「仕組みがないからといって、見過ごしていいんですか?
それは、プラットフォームの良心にかかわるのでは」
リンの真っ直ぐな視線が啓文に刺さる。
良心。
若い言葉だ、と啓文は思った。
かつて経済紙の記者だった頃、自分も誰かに似たような言葉を投げつけていた気がする。
啓文は表情を変えずエレベーターのボタンを押した。
「とにかく、この件については賀総を説得するしかない」
エレベーターの鏡に映るのは、隙のないスーツを着た自分と、明らかに失望を隠せない若い女性の顔だった。
それから、三日が経った。
広報部のデスクに戻った啓文のスマートフォンが、激しく振動した。
発信元は、外部のモニタリングチーム。
電話を取ると、低い抑えた声が流れた。
『周部長、緊急です。星河のトレンド1位に「小鹿」が。……事故です』




