王のアルゴリズム(12)
深夜のオフィスは、ほとんど明かりが落ちていた。
周啓文は自分のデスクの前で、静かに資料を整理していた。
推薦ロジックの変更対応、上場見送りの発表、タウンホールでの説明——
危機管理広報として、ひとまずやるべきことは終えた。
米国上場準備の想定問答。
賀総のインタビュー記事。
アンダーライター向けの補足資料。
小鹿の事故後に出した初動声明。
彼は一つずつ丁寧にファイルにまとめ、段ボール箱に収めていった。
デスクの上に残った最後のファイルを取り、手のひらで表面を軽く撫でた。
賀総の過去スピーチの草稿だった。
その一番上に、先日のタウンホールの草稿が重なっている。
張の言葉が、脳裏に蘇る。
『君が代わりに経営者の言葉を話してきたから、賀総はずっと創作者でいられたんだよ。』
啓文は小さく息を吐き、苦笑した。
あの時はただの冗談のように聞こえたが、今になってみると重い。
自分が賀総の言葉を整え、守り、時には代弁してきた時間は、確かに長かった。
記者だった頃は、自分の言葉で書いていた。
広報に移ってからは、会社の言葉を作る側になった。
だからこそ、賀雲舟の言葉の生々しさに、どこかで惹かれていたのかもしれない。
王の言葉は危うく、粗く、そのままでは社会に出せない。
それでも、力だけはあった。
啓文はその言葉を削り、整え、時には消した。
その矛盾ごと、自分の仕事だと思ってきた。
しかし、その役割は、もう同じ形では続かないのだと分かっていた。
窓の外には、夜の街の灯りがぼんやりと広がっている。
景気は冷え込み、広告市場は厳しく、星河は米国上場を見送った。
外からの圧力は、どんなに言葉を美しく整えても、完全に防ぐことはできなかった。
——結局、星河もまた、もっと大きなアルゴリズムの中で揺れている。
彼は箱の蓋を閉め、静かにテープを貼った。
デスクの上の明かりを消すと、オフィスはさらに深い静寂に包まれた。
彼は段ボール箱を棚にしまうと、誰もいないフロアを歩き始めた。
足音だけが、静かに響いていた。




