王のアルゴリズム(7)
翌朝、賀雲舟は総裁室にいた。
総裁室のスタッフに呼ばれ扉を開けた啓文は、一瞬だけ足を止めた。
いない可能性を、考えなかったわけではない。
だが、賀総はいつもの椅子に座り、いつものようにスクリーンを見つめていた。
「戻られたんですね」
「仕事が残ってる」
賀総はあっさり答えた。
啓文はわずかに微笑み、
「はい。山ほど」
賀総が視線を上げ、啓文の顔を見た。
「あの案、もう一度出せ」
「推薦ロジックの件ですね」
「説明はいい。信頼安全とプロダクトを呼べ」
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「未成年アカウントで、視聴数、投げ銭、コメント速度が同時に閾値を超えた場合、推薦露出を一時的に抑制します」
信頼安全チーフが説明した。
「リン、当日のログを」
「はい」
チーフの横に座っていた若手社員、リンがPCを操作する。
「この条件を当てはめると、小鹿さんの配信は事故の二十三分前に確認対象に入ります」
賀総はしばらく画面を見ていた。
「危ないものを下げるのは分かった」
その場の視線が賀総に集まる。
「でも、問題は、何を拾ってるかじゃなくて」
賀総は、表示されたログを指先で軽く叩いた。
「それしか拾えなくなってることじゃないか」
プロダクト責任者は軽く目を見開いた。
「評価指標を変える、ということですか」
賀総は指を顎に当てて少し考え込んだ。
「今まで星河は『盛り上がり』を拾っていた。
視聴数、投げ銭、コメント速度、滞在時間。
それが伸びるのは分かる。人の心をつかんでいるから」
賀総はログを指で追いながら、言った。
「もっと“いい流れ”を上に出せないのか」
「いい流れ、ですか」
「……静かに残るもの、長く見られるもの、煽らなくても人を留めるもの」
その言い方を聞いて、プロダクト責任者が姿勢を少し正した。
「評価指標を、エンゲージメントの『量』から『質』へシフトさせる……。
しかし総裁、それをどうやって数値化しますか?」
プロダクト責任者が問う。
「『静かに残るもの』や『いい流れ』は極めて主観的です。
それを指標に落とすのは、容易ではありません」
賀総は画面に並んだログを指した。
「流し見されているのか、それともユーザーがその画面の前で立ち止まっているのか。
投げ銭の多さじゃなく、コメントの重複率や、その後の検索行動の相関とか……」
信頼安全のチーフが補足するように言った。
「つまり、中毒性によるブーストではなく、持続的な関心を優先表示のトリガーにするということですね」
リンはチーフの隣で黙って会話を聞いているが、どこか高揚した面持ちだ。
「……方針は分かりました」
プロダクト責任者は、少しだけ息を吸った。
「ただ、テストに時間がかかります。
また、ユーザーが受け入れるまで、成長曲線は一時的に落ちる可能性があります」
「分かってる」
賀総は短く答えた。
「それでも見たい」
賀総はそう言い切ると、ようやく椅子に深く座り直した。
隣の啓文を見上げる。
「外には、説明できるよな?」
啓文は少しだけ間を置いた。
「説明します」
賀総は軽く笑みを浮かべた。
啓文は息をついた。
「……そのために、おりますので」




