王のアルゴリズム(8)
新推薦ロジックのテストが、静かに始まった。
「盛り上がり」の量ではなく、長く見られ、心に残る「いい流れ」を優先する——
賀総が指示した新しい評価軸が、アルゴリズムに組み込まれた。
プロダクト部では、数字は意外と落ちていなかった。
平均滞在時間は微増し、広告主向けの安全指標も向上していた。
急激な視聴維持率の落ち込みもなく、安定した数値が出ている。
派手な刺激の代わりに、長くスクロールを止めさせる動画が上位に来るようになった。
誰も死なない。誰も過激に叫ばない。
「安全で、広告主に出しやすいフィードになった」とチームは胸を張った。
しかし、深夜のオフィスで画面を眺めていたメンバーの一人が、ぼそりと呟いた。
「……でも、正直つまらないな」
誰も、反論しなかった。
信頼安全部のリンは、モニター画面をにらんでいた。
危険なチャレンジ配信は明らかに減った。
通報件数も、24時間以内の停止件数も、目に見えて下がっている。
リン自身が設定したフィルターは、機能しているはずだった。
なのに、夜中に上がってくる新しい動画を見ていると、胸の奥に奇妙な重さが残る。
泣いている少女。
病室で点滴を打たれる子。
貧しい家庭で親孝行をする少年。
……どれも「危険」ではない。
むしろ「長く見られる」「心に残る」コンテンツとして高く評価されていた。
止める対象ではない。
でも、人の痛みや静かな苦しみを、アルゴリズムが効率的に拾い上げている。
その事実に、言葉にできない違和感が残った。
広告営業の責任者は、クライアントに笑顔で説明しながら、自分の言葉が妙に軽く響くのを感じていた。
「危険チャレンジが大幅減少し、ブランドセーフティが改善しています」
実際、売りやすくなったのは事実だった。
広告主の反応は良く、契約更新の話も、以前よりスムーズに進む。
しかし資料をめくりながら、彼は内心で思う。
——並んでいる動画が、全部「泣ける話」ばかりなのは……どうなんだ。
明るい営業資料と、画面に映る少女の涙の落差に、誰も触れようとしなかった。
ビビアンは、自分のブランド広告が感動系の動画の間に挟まっているのを見たとき、
一瞬だけ眉をひそめた。
画面の左側では、病気の母親のために働く少年が涙を堪えている。
ブランドとしては安全だ。
炎上もしない。
しかし、彼女は静かにため息をついた。
——こんな並びの中で、何が見えるのだろう。
沈予真はPCの前で腕を組んでいた。
スクリーンには星河の動画が流れている。
(見出しにしにくいな)
危険動画は確かに減った。
しかし「改善しました」と書くには、どうしても嘘くささが拭えない。
「新たな搾取が生まれています」と書くには、まだ根拠が弱すぎる。
記事にならない違和感だけが、胸の奥にこびりついていた。
啓文は全部署のレポートに目を通した後、自席で長い息を吐いた。
安全になった。
広告主にも説明できる。
数字も悪くない。
一見、正しい変更だった。
それでも、画面全体から漂う妙な「息苦しさ」を、啓文は言葉にできなかった。
啓文は目を閉じた。
「いい流れ」という言葉だけが、宙に浮いていた。
それが本当に良いものなのか——まだ、誰にも答えは出せていなかった。




