王のアルゴリズム(6)
賀総はまだ戻らない。
社内外からの問い合わせ対応で疲れ果てた啓文は、重い足を引きずるように残業を終え、帰り道にある、夜遅くまで開いている小さな飯屋に入った。
混みあった店内で、店員に奥の席へ通される。
向かい側には、すでに一人の客が座っていた。
沈予真だった。
予真の前には、蓋を開けたばかりの土鍋ご飯が湯気を立てている。
醤油が焦げた香ばしい匂いと、中華ソーセージの脂の匂いが、狭いテーブルに濃く残っていた。
啓文は、スペアリブと蓮根のスープを注文した。
ほどなくして、蓋つきの白い陶器の碗が静かに置かれた。
蓋をとると、スープの湯気が立ち上る。
「周部長、それだけですか」
「胃が疲れているので」
啓文は苦笑しながら答えた。
「沈記者は、この時間にご飯ものですか」
「やけ食いです」
予真は土鍋ご飯をさじで軽くかき混ぜながら言った。
少しの沈黙が落ちる。
「今日配信された記事、見ました」
啓文が静かに切り出した。
「見ないでください」
予真は小さく息を吐く。
啓文は少し間を置いて、
「珍しく、強い見出しでしたね」
「強くされました」
予真は箸を止めて、淡々と言った。
「……なるほど」
「あれ、伸びたんですよ」
予真は自嘲するように小さく笑った。
「私の見出しじゃないほうが」
「そうですか」
「だから食べてるんです」
予真は再び土鍋ご飯を掬いながら返した。
「……胃に悪いですね」
啓文がスープを一口飲んで言った。
「周部長もだいぶお疲れですね」
啓文は苦笑する。
「今日、同じ質問を二十七回されました」
「数えたんですか」
予真が少し目を細めて笑った。
「途中から」
予真は土鍋ご飯を口に運びかけて、手を止めた。
「何を聞かれたんです」
「言えません」
彼女の視線が若干鋭くなる。
「賀総裁の件ですか」
啓文はまっすぐ視線を返しつつ、穏やかに遮る。
「言えません」
スープに目を落とす。
「今夜は取材ではないんでしょう」
予真は唇の端に笑みを浮かべ、
「癖です」
「お互い様ですね」
啓文は小さく肩をすくめ、スープをもう一口飲んだ。
予真もそれ以上は聞かなかった。
代わりに、土鍋の底にできたおこげをさじで剥がし始めた。




