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0.3秒の王国 ―アルゴリズムの王と宰相―  作者: Furi0804
最終章 0.3秒の王国
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王のアルゴリズム(4)

夜遅く、賀雲舟は親のマンションの自室にいた。




ベッドに腰を下ろし、香港とビデオ通話を繋ぐ。


画面に現れた妻は、自宅のソファで優雅に脚を組んでいた。




「そこ、実家?」


「実家っていうか……親の家」


「ふうん。久しぶりに帰ってみてどう?」




雲舟は苦笑した。




「やたら母親が食べさせようとしてくる。ヘチマのスープとか、朝から夜まで延々と」


「ああ、親の愛ってやつね」




ビビアンは小さく笑った。




「ありがたくいただきなさいよ。お母さんなりに心配してるんでしょ」




二人はしばらく他愛もない話を続け、ビビアンが「そろそろ寝なさい」と言うと、通話は終わった。




画面が暗くなった瞬間、部屋の空気が急に重くなった。


雲舟は立ち上がり、居間へ向かった。


ダイニングテーブルの上には新聞が乱雑に積まれていた。


父親が読んだ後のものだろう。彼は何気なくその山をずらした。




——その下から、香港の雑誌の切り抜きが何枚も出てきた。




どれも小鹿の事故に関する報道だった。


星河のプラットフォームで起きた悲劇。被害者の少女。


そして、記者会見で硬い表情で答える自分の写真。




何枚も、何枚も、丁寧に切り抜かれている。




両親は一度も彼に事件のことを訊いてこなかった。


でも、すべて知っていた。


黙って、遠くから見守っていた。




胸の奥が、ずしりと重くなった。




親のために新築マンションを買い、香港に移る時に家族信託を組んだ。


生活費、医療費、将来の介護費用、さらには何かあったときのための緊急資金まで。


特に、親族からの無限の要求を遮断するための仕組み——金銭トラブルを徹底的に防ぐために、考えうる限りの手当てをした。




父母が安心して暮らせるように、できることは全部やった。


ここはもう、片づいた場所のはずだった。


なのに、新聞の下から自分の会見写真が顔を出す。




台所の方から、母親の声がした。




「雲舟、スープまだあるよ」




彼は一瞬、返事ができなかった。


喉の奥が熱くなり、ただ「……もういい」と小さく答えた。





夜の空気を吸いたくて、外へ出た。


広場では、相変わらず若い子たちがスマホを立てて撮影を続けていた。




古い団地の壁と、止まったままの建設現場が背景に広がる中、少女たちが笑いながら踊っている。


そのうちの一人が、工事中のフェンスの上に登り始めた。


危険な高さで、足場も不安定だ。


友達が笑いながら動画を撮り、はやし立てる。




「もっと上!」


「そこまで行け!」




雲舟の体が、本能的に反応した。


一瞬、足が前に出かけた。


心臓が激しく鳴り、小鹿の映像が脳裏にフラッシュバックする。


次の瞬間―――




少女は自分でバランスを保ち、笑いながらフェンスから降りた。




周囲は拍手し、「もう一回撮ろう」と盛り上がる。


事故は起きなかった。




ただの遊び。


もしくは、ただの「目立つための努力」。




雲舟は暗がりに立ち尽くした。


小鹿だけじゃない。


ここも、あそこも、どこも変わらない。




自分も昔はそちら側だった。


この街で、同じように「遠くへ届きたい」と願っていた。




自分の家は星河で変わった。


親を団地から新築マンションへ移し、信託で守った。


そして今、自分が作った星河が、同じような子どもたちを、天秤に乗せ続けている。




胸が、痛いほど締めつけられた。




マンションに戻ると、母親がまだ起きていて、居間の明かりをつけていた。


雲舟は静かに言った。




「明日の朝、香港に戻る」




母親は少し寂しそうな顔をしたが、優しく微笑んだ。




「もう少しいればいいのに……」




「仕事が残ってる」




それ以上、何も言えなかった。




母親は小さく頷き、ただ「気をつけてね」とだけ返した。




雲舟は自室に戻り、ドアを閉めた。


ベッドに腰を下ろした瞬間、喉の奥から抑えきれない息が漏れた。




故郷は変わっていない。


自分が変えたのは、ほんの一部分だけ。




窓の外の街は、静かで、湿っていて、どこまでも重かった。


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