王のアルゴリズム(2)
小鹿と星河は、賠償金を以て和解した。
啓文は自室のデスクで、声明文を何度も読み返していた。
「本日、星河互娛は、クリエイターとの間で和解に達しました。
当社は今回の事故を重く受け止め、未成年クリエイター保護のための抜本的な改革を進めてまいります……」
彼は画面から視線を離し、ため息を一つ吐いた。
投資家と世論の両方を意識した、精密で冷たいバランスの文章。
(危機管理の教科書に載せたいくらいだな)
責任を認めすぎず、しかし逃げもせず。
それが分かることに、啓文は少し疲れていた。
星河が提示した賠償金の額は、彼女の家族を納得させるには十分な額のはずだった。
しかし、数日後、当局、アンダーライター、広告主から照会が相次いだ。
問われていることは、皆同じだった。
―――再発防止策の実効性を、どのように担保するのか。
高額な賠償金でもない。
未成年保護基金でもない。
危険コンテンツの停止権限でも足りない。
(危険な配信が数字を取ったとき、星河がそれをどう扱うのか、だ)
それは、星河の一番深い場所に触れる問いだった。
0.3秒で人を掴むこと。
見つからなかった才能を拾うこと。
賀総が星河に込めてきたものは、そこにあった。
**********
その日、賀雲舟は総裁室で書類作業をしていた。
こういう作業は苦手だ。
決裁待ち資料を開く。
タイトルが出る。
順にクリックし、電子決裁印を押していく。
しかし、その内のひとつが目にとまった瞬間、耳の奥で血液が逆流するような音がした。
『推薦ロジック暫定調整案
未成年クリエイターの配信における急上昇露出抑制について』
作成者はプロダクト/信頼安全。
確認者は法務、危機管理・IR、外部監査役。
末尾には、参考資料として規制当局からの照会事項、主要広告主からの質問リスト、アンダーライターからの追加確認事項が添付されていた。
総裁室に呼ばれた啓文は、賀総の前に立った。
「プロダクトと信頼安全がまとめた案ですね。私からご説明します。
外部に出す再発防止策の中核になります」
一拍置き、続ける。
「当局、広告主、アンダーライター、全員が同じ点を見ています。
危険な配信が数字を取ったとき、星河がそれをどう扱うのか。
そこを説明しなければ、再発防止策として認められません」
賀総は資料をじっと見つめ、長い間黙っていた。
やがて、低く、苛立った声で言った。
「金で済んだんじゃなかったのか」
「訴訟は、です」
「……推薦ロジックにまで手を入れるのか」
啓文は静かに答えた。
「外部から強く求められています」
賀総は資料を押しやり、息を吐いた。
「推薦をいじったら、星河は別物になる」
賀総は啓文をまっすぐに見つめたまま、静かに、しかしはっきりと言った。
「それなら、俺は何のためにここにいるんだ」
啓文は、一瞬目を伏せた。
賀総の言葉を外へ出すための言い換えなら、いくらでも用意できた。
投資家向けにも、社員向けにも、メディア向けにも。
だが、賀総自身が自分に向けた問いに、代わって答えることはできない。
彼はゆっくりと息を整え、静かに告げた。
「それは、私が答えることではありません」
賀総は一瞬目を見開き、そのまま黙って窓の外の夜景に視線を移した。
二人の間に、長い沈黙が落ちた。
賀総は窓の外を見たまま、かすかに笑った。




