王のアルゴリズム(1)
小鹿家族の代理人から正式なログ開示請求が届いた。
啓文は書面をデスクに広げ、ゆっくりと読み進めた。
焦点はもはや賀総の失言ではなかった。
(『プラットフォームは、危険性をあらかじめ把握していたのか』だ)
彼は書類をめくりながら、静かに息を吐いた。
内部ではすでに分かっていた。
小鹿の配信は、アルゴリズム上「盛り上がっているコンテンツ」として扱われていた。
視聴数が上がる。
投げ銭が増える。
コメントが過熱する。
その直後、推薦表示が増える。
ログを時系列で並べれば、誰でも一本の線を引ける。
単に「配信を止めなかった」では済まされない、
推薦ロジックのスパイラルが、ログに冷たく刻まれていた。
星河にとって、アルゴリズムは頭脳だ。
それを丸裸にすることは、競争上も、規制上も、投資家向けにも、絶対に避けたいことだった。
同日午後、危機管理フロアの会議室。
啓文、法務部長、信頼安全チームのチーフ、プロダクト責任者、ファイナンス責任者、そして賀雲舟がテーブルを囲んでいた。
空気は重く張りつめていた。
プロダクト責任者が最初に口を開いた。
「ログを開示すれば、推薦アルゴリズムの詳細が外に出ます。
視聴数・投げ銭・コメント熱量によるブーストの仕組みが、すべて明らかになる可能性が高い」
信頼安全チームのチーフが苦い顔で頷いた。
「小鹿の配信は、当時の基準では『高エンゲージメント配信』として優先表示されていました。
停止基準には達していなかった……つまり、システム上は問題ないと判断されていた」
賀総は黙って聞いていた。
表情はほとんど変わらないが、指先がテーブルの端を軽く叩いている。
法務部長が眼鏡を直しながら、低く言った。
「家族側は『危険だと知っていたのに放置した』という証拠が欲しくてログを求めている。
開示すれば、訴訟で極めて不利になります」
ファイナンス責任者がため息まじりに吐き出した。
「結果としてアルゴリズム的にブーストをかけていた、と読まれれば、賠償金の桁が変わるでしょうね」
会議室に重い沈黙が落ちた。
啓文は賀総の横顔をちらりと見て、静かに言った。
「……和解しましょう。
高額になっても、迅速に決着をつけるべきです。
ナスダック上場を控えた今、長期化は避けなければなりません」
法務部長がため息をついた。
「金額は相当高くなるでしょう。
しかし、ログを開示して裁判になれば、ブランド価値と上場審査へのダメージは計り知れません」
信頼安全チームのチーフが頷いた。
「現実的な判断だと思います」
ファイナンス責任者も、それ以外の選択肢はないという表情だ。
賀総はようやく口を開いた。
声は低く、抑揚が少なかった。
「……和解でいい。
家族が金が必要なら、払う」
彼はそれだけ言うと、視線を資料に落とした。
啓文は胸の奥で小さく息を吐いた。
争うより、払う。
そのほうが、星河は守れる。
啓文は、そう判断していた。
隣に座る彼の横顔を、もう一度静かに見た。
賀総はただ、ひどく遠いものを見るような目をしていた。




