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0.3秒の王国 ―アルゴリズムの王と宰相―  作者: Furi0804
第2章 透明性の代償
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王の言葉(9)

会見から十日後。


未成年クリエイター事故に関する記事が、香港のメディアを中心に大きく出回っていた。


見出しはどれも派手で攻撃的だった。




『星河・賀総、またも失言』


『創作の自由を優先し少女の命を危険に晒したか』


『投げ銭で限界まで追い詰められた16歳の悲劇』




一方、東亜財経に掲載された沈予真の記事は、明らかに温度が違っていた。




『星河、自由と管理の狭間で


――創作の自由を、自ら制限しようとするプラットフォーム




沈予真 記




星河互娛はこれまで、「クリエイターの自由」を最大の価値として急成長を遂げてきた。


アルゴリズムがユーザーの心を掴み、クリエイターが自らの才能を直接市場に届ける。


それが星河の原動力であり、賀雲舟総裁が繰り返し語ってきた理念だった。




しかし今回の未成年クリエイターの事故は、その理念に初めて明確な亀裂を入れた。


「クリエイターが自分の限界を試したいと思うこと自体を否定したくない」という


賀総裁の記者会見での発言は、多くの批判を招いた。




星河は事故後、未成年クリエイターの危険企画に関する収益化一時停止、


深夜ライブの制限、信頼安全部門への一時停止権限付与など、


これまで「管理を最小限に」としてきた方針を、自ら修正し始めている。




本稿が注目したいのは、星河がこれまで掲げてきた「自由」という価値が、


未成年のクリエイターにどのような代償を強いてきたのか、という点だ。


ひとりの少女が注目を浴び、視聴者の期待に応え続ける中で、


どこまでが「自由」であり、どこからが「危険な搾取」なのか。


同社が自らの成長モデルに手を入れざるを得なくなったことは、


プラットフォーム企業としての成熟を問う試金石となる。』




啓文は自室のデスクで、その記事を最後まで読み終えた。


予真の記事は、単に星河を叩くものではなかった。


他のメディアが「失言」「傲慢」「責任放棄」と派手に煽る中、


彼女は星河が今、どのような仕組みを導入しようとしているのかを、


具体的に、しかし冷静に書きとめていた。




予真は、星河が「変わろうとしている」こと自体を、


一つの動きとして捉えている。




啓文は画面をじっと見つめ、ゆっくりと息を吐いた。


それは、啓文にとって、久しぶりに感じる「理解された」感覚だった。


彼は椅子に深くもたれ、目を閉じた。




(……少し、救われるな)




それが、啓文の胸の奥に、小さな灯りをともした。





****************************




同じ頃、東亜財経の編集部。


予真が書いた記事を手に、上司がため息をついた。




「沈、こんな地味な記事じゃPV取れないよ。


他社を見習えよ。もっと派手に、トップの失言を煽れ」




予真はデスクに視線を落としたまま、静かに答えた。




「……私は、ただ事実を整理しただけです」




「事実を整理してるだけじゃ読まれないんだよ。


読者が好むのは、怒りや恐怖だ。


君ももうわかってるだろ?」




上司は肩をすくめて去っていった。


予真は取材ノートをもう一度開き、


小さくため息をついた。




見出し競争。


クリック数。


アルゴリズム。




彼女自身も、その渦の中にいることを、よく知っていた。




彼女は経済記者として10年以上この業界にいる。


最初は香港の金融メディアで、企業IRや上場企業の決算分析を担当していた。


現場で起きたことが、社会のまなざしや組織の論理でどう変わっていくのか。


それを見続けているうちに、彼女はこの仕事から離れられなくなった。




その後、東亜財経のテック・メディア部門に移り、プラットフォーム企業やスタートアップの取材を専門とするようになった。




星河を取材し始めたのは、香港上場準備が本格化した頃だった。


賀総の言葉は、いつも彼女の胸に棘のように刺さった。




「クリエイターの自由」


「0.3秒の美しさ」


「アルゴリズムは芸術だ」




それらは美しい。


しかし、同時に、地方の少女が廃墟の上で命を削る構造を、


美しく包装しているようにも見えた。




予真はノートを閉じた。




上司は「読まれる記事を書け」と言う。


同僚は「他社に負けるな」と言う。




それでも彼女は、温度を抑えた記事を書いた。




星河が本当に変わろうとしているのか。


それとも、ただ形だけ管理しているのか。


その問いを、読者に静かに投げかけるために。



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