王の言葉(9)
会見から十日後。
未成年クリエイター事故に関する記事が、香港のメディアを中心に大きく出回っていた。
見出しはどれも派手で攻撃的だった。
『星河・賀総、またも失言』
『創作の自由を優先し少女の命を危険に晒したか』
『投げ銭で限界まで追い詰められた16歳の悲劇』
一方、東亜財経に掲載された沈予真の記事は、明らかに温度が違っていた。
『星河、自由と管理の狭間で
――創作の自由を、自ら制限しようとするプラットフォーム
沈予真 記
星河互娛はこれまで、「クリエイターの自由」を最大の価値として急成長を遂げてきた。
アルゴリズムがユーザーの心を掴み、クリエイターが自らの才能を直接市場に届ける。
それが星河の原動力であり、賀雲舟総裁が繰り返し語ってきた理念だった。
しかし今回の未成年クリエイターの事故は、その理念に初めて明確な亀裂を入れた。
「クリエイターが自分の限界を試したいと思うこと自体を否定したくない」という
賀総裁の記者会見での発言は、多くの批判を招いた。
星河は事故後、未成年クリエイターの危険企画に関する収益化一時停止、
深夜ライブの制限、信頼安全部門への一時停止権限付与など、
これまで「管理を最小限に」としてきた方針を、自ら修正し始めている。
本稿が注目したいのは、星河がこれまで掲げてきた「自由」という価値が、
未成年のクリエイターにどのような代償を強いてきたのか、という点だ。
ひとりの少女が注目を浴び、視聴者の期待に応え続ける中で、
どこまでが「自由」であり、どこからが「危険な搾取」なのか。
同社が自らの成長モデルに手を入れざるを得なくなったことは、
プラットフォーム企業としての成熟を問う試金石となる。』
啓文は自室のデスクで、その記事を最後まで読み終えた。
予真の記事は、単に星河を叩くものではなかった。
他のメディアが「失言」「傲慢」「責任放棄」と派手に煽る中、
彼女は星河が今、どのような仕組みを導入しようとしているのかを、
具体的に、しかし冷静に書きとめていた。
予真は、星河が「変わろうとしている」こと自体を、
一つの動きとして捉えている。
啓文は画面をじっと見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
それは、啓文にとって、久しぶりに感じる「理解された」感覚だった。
彼は椅子に深くもたれ、目を閉じた。
(……少し、救われるな)
それが、啓文の胸の奥に、小さな灯りをともした。
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同じ頃、東亜財経の編集部。
予真が書いた記事を手に、上司がため息をついた。
「沈、こんな地味な記事じゃPV取れないよ。
他社を見習えよ。もっと派手に、トップの失言を煽れ」
予真はデスクに視線を落としたまま、静かに答えた。
「……私は、ただ事実を整理しただけです」
「事実を整理してるだけじゃ読まれないんだよ。
読者が好むのは、怒りや恐怖だ。
君ももうわかってるだろ?」
上司は肩をすくめて去っていった。
予真は取材ノートをもう一度開き、
小さくため息をついた。
見出し競争。
クリック数。
アルゴリズム。
彼女自身も、その渦の中にいることを、よく知っていた。
彼女は経済記者として10年以上この業界にいる。
最初は香港の金融メディアで、企業IRや上場企業の決算分析を担当していた。
現場で起きたことが、社会のまなざしや組織の論理でどう変わっていくのか。
それを見続けているうちに、彼女はこの仕事から離れられなくなった。
その後、東亜財経のテック・メディア部門に移り、プラットフォーム企業やスタートアップの取材を専門とするようになった。
星河を取材し始めたのは、香港上場準備が本格化した頃だった。
賀総の言葉は、いつも彼女の胸に棘のように刺さった。
「クリエイターの自由」
「0.3秒の美しさ」
「アルゴリズムは芸術だ」
それらは美しい。
しかし、同時に、地方の少女が廃墟の上で命を削る構造を、
美しく包装しているようにも見えた。
予真はノートを閉じた。
上司は「読まれる記事を書け」と言う。
同僚は「他社に負けるな」と言う。
それでも彼女は、温度を抑えた記事を書いた。
星河が本当に変わろうとしているのか。
それとも、ただ形だけ管理しているのか。
その問いを、読者に静かに投げかけるために。




