王の言葉(8)
撮影スタジオの外、控室近くの廊下。
ビビアンが通りかかった啓文に声をかけた。
「周部長。いつもご苦労様」
「恐れ入ります、奥様」
「あなた、大変ね」
ビビアンは壁に軽く寄りかかり、静かに言った。
「あの人は、すべての物事を創作の文脈でしか見ていないから」
啓文が何かを言おうとしたとき、ビビアンが続けた。
「私は、それが嫌いじゃないけどね。
私の顔ではなく、見せ方を見たのは雲舟が初めてだったから。
……でも、企業の顔としては、違うでしょう」
ビビアンは少し目を細め、啓文を見つめた。
啓文は小さく微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。
「……賀総は、小鹿さんのことも、才能として見ていました」
「でしょうね」
少しあきれた顔。
そして、彼女は声を少し落として言った。
「あなたも、私も、たぶん共犯ね」
啓文の動きが止まった。
「はい?」
「あの人の無垢さが、むき出しの言葉が、どれほど危ういものか知っている」
彼女の表情は感情が読みにくい。
しかし、静かに、はっきりと言った。
「それでも、そこに惹かれている」
啓文は息を飲んだ。
「あなたも、私もね」
ビビアンは軽く肩をすくめた。
「でも、そろそろ限界かもしれないわね」
彼女はそれだけ言うと、出口に向かった。
啓文は廊下に一人残され、壁に背を預けた。
経済紙を辞め、危機管理PR会社に移り、
企業危機対応やIR、上場準備の広報を担当するようになってから、
香港上場を目指していた星河もクライアントの一つになった。
香港上場が本決まりになった頃、賀雲舟本人から直接引き抜かれた。
―――啓文、うちに来てくれ。
香港のメディアと危機管理を知っていて、資本市場が分かる人間。
これからの星河にはそういう人間が必要になる。
香港上場を控えた星河に必要だったのは、若い創業チームの熱量ではなく、外から見たときに会社がどう読まれるかを知る人間だった。
生え抜きではないからこそ、彼は賀総の天才性を盲目的に崇拝することはなかった。
彼の言葉を冷静に受け止め、削り、整えることができると思っていた。
しかし今、ビビアンの言葉が胸に刺さる。
(……私は本当に、星河を守るためにやっていたのか?)
啓文が目を閉じたとき、ポケットの端末が震えた。
沈予真からだった。
彼は深呼吸をしてから電話に出た。
「周です」
「周部長、お久しぶりです。東亜財経の沈予真です。
小鹿さんのご家族が法的手続きの準備に入った件について、星河側の正式コメントをいただけますか?」
啓文の声は、いつも通り落ち着いていた。
「進行中の案件につきましては、コメントを控えさせていただきます」
「そうですか。……では、別の角度からお聞きします。
星河は今回、未成年クリエイター保護策を発表しました。
ただ、家族側が問うているのは、事故前にプラットフォームが危険性をどう把握していたのかという点です。
そこについて、星河は説明する用意がありますか」
啓文は一瞬、目を閉じた。
「申し訳ありませんが、それについてもお答えできません」
電話を切った後、啓文は壁にもたれたまま、長い息を吐いた。
共犯、という言葉が、まだ耳に残っていた。




