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0.3秒の王国 ―アルゴリズムの王と宰相―  作者: Furi0804
第2章 透明性の代償
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王の言葉(7)

星河の撮影スタジオは明るい照明に満ちていた。




ビビアンがクリエイティブディレクターを務めるライフスタイルブランドの新キャンペーン撮影だった。


スタッフの動きを静かに見守る彼女の横に、賀雲舟が歩み寄ってきた。




「今季、悪くないんじゃない」


「まあね。今までで一番いいかな」




モニターを囲む夫妻の横を、スタッフが遠慮がちに通りかかる。




「うちの奥さんは、クリエイティビティの女神だから」




雲舟はスタッフに向かって、満足げに言った。


いつもの惚気だ。


スタッフは笑いながら頭を下げる。




ビビアンは冷めた目で夫を一瞥し、ため息を小さく吐いた。




「……余計なこと言わないで」


「本当のことだろ」




雲舟は肩をすくめ、満足そうに撮影を少し眺めたあと、


「じゃあ、俺は次の打ち合わせがあるから」と言い残してスタジオを後にした。




ビビアンは夫の背中を見送りながら、静かに目を細めた。




撮影の合間、控室のソファに腰を下ろした彼女の脳裏に、ふと昔の記憶が蘇った。




数年前、星河がまだ急成長の最中だった頃。


プロモーションキャンペーンの打ち上げで知り合った後、


何度目かの飲み会で、雲舟が彼女に近づいてきた。




「うち、近くなんだ。飲み直さない?」




ビビアンにとって、それは特別な誘いではなかった。


成功した男が少し調子に乗る。


モデルとして、そういう夜はいくらでもあった。




そのまま彼の部屋へ行き、ワインを少し飲んで、


あっさりと体を重ねた。




翌朝。香港の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。


ビビアンは白いリネンを胸元まで引き上げ、ベッドの端に腰掛けた雲舟の背中を見ていた。


筋肉質というより、どこか少年のように薄い肩。




「コーヒー、ある?」


「たぶん」


「たぶんって、自分の家でしょ」




雲舟は答えず、床に落ちていたシャツを拾った。


それから、思い出したように振り返った。




「あの動画さあ」




ビビアンは目を細めた。




「どれ」


「最初のやつ。キャンペーンに上げてたやつ」


「ああ」


「すげえよかった」




彼は、あまりにもあっさりと言った。




「ただの美人の動画じゃなかった。


君、光の使い方がうまい。あれ、分かってやってるだろ」




そして、ビビアンの目をまっすぐに見て、言った。




「正直、惚れた」




ビビアンは、笑うつもりはなかった。


けれど、少しだけ口元が動いた。




「最低ね」


「どこが」


「人をベッドに連れ込んだ翌朝に、動画の話から始めるところ」


「大事な話だろ」


「あなたにはね」





これまで何人もの男が彼女の「美しさ」を愛でてきた。


しかし、彼女の「見せ方」を、こんなにもストレートに、


しかも朝のベッドの上で褒めた男は、初めてだった。




それが、彼女の中で何かを静かに溶かした。




撮影スタジオに戻ったビビアンは、モニターに映るキャンペーン画像を眺めながら、小さく息を吐いた。




あの朝から、すべてが変わったわけではない。


ただ、少しずつ、賀雲舟という男の危うさと純粋さに、


彼女は惹かれ続けている。




「女神、か……」




ビビアンは小さく呟き、苦笑した。




夫は相変わらず、彼女を「才能」として愛している。


それが、彼女にとって一番厄介で、一番心地よい部分でもあった。



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