王の言葉(2)
記者会見当日、星河互娛本社 控室。
啓文は賀総の前に立ち、ネクタイを静かに直していた。
指先が触れる距離。
賀総は鏡を見ながら、わずかに眉を寄せた。
「……まるで子供扱いだな」
昨夜、張の前でも、賀総は同じことを言った。
前夜、本社近くのプライベート会議室。
張は賀雲舟の前に座り、資料を広げていた。
「賀総裁、率直に申し上げます。
明日の記者会見は、かなり危険です」
賀雲舟は腕を組み、退屈そうに背もたれに寄りかかっていた。
ただ、視線は資料に落ちている。
張は続けた。
「未成年、投げ銭、廃ビルからの飛び降り……
完璧な『プラットフォーム責任』のストーリーです。
メディアは、総裁本人から言質を取ろうと狙っている」
賀総は鼻で笑った。
「つまり、俺に黙ってろと?」
「黙るのではなく、言葉を選んでください。
推奨フレーズは二つです。
『痛ましい事故を重く受け止め、安全対策を強化する』
『クリエイターの創造性とユーザーの安全を両立させる』
この二文を絶対に崩さないでください。
それ以外は、周部長がフォローします」
賀総はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がった。
「子供扱いだな」
張は穏やかに、しかしはっきりと言った。
「上場企業のCEOとして、責任ある発言をお願いします。
あなたが作り上げた、星河を守るためです」
控室で、啓文は最後に賀総のネクタイの結び目を軽く押さえた。
「賀総」
「なんだ」
「今日は、質問に答えようとしないでください」
「会見なのに、質問に答えるなと?」
「答える質問と、答えてはいけない質問があります」
啓文は、結び目から手を離した。
賀総は鏡越しに啓文の目を見た。
「なるほど」
続けて、賀総が小さく呟いた。
「俺の手から、星河が離れていく」
啓文は答えず、ドアに向かった。




