王の言葉(1)
星河互娛本社近くのプライベート会議室。
啓文は、古巣であるPR会社「 Apex Communications 」のシニアパートナー、張を呼んでいた。
張は50代半ば、銀縁眼鏡の奥に鋭い目を光らせ、星河の資料をめくりながらため息をついた。
「正直、かなり厄介だよ、周さん」
張は資料の1ページを指で叩いた。
「賀総の過去の発言ログを見直した。
『0.3秒の美しさ』『創作の自由』『アルゴリズムは芸術だ』……。
これが全部、外部資料に残ってる。
向こうのアンダーライターはこれを全部拾ってるよ」
啓文は黙ってコーヒーを一口飲んだ。
張は続けた。
「しかも今回の事故のタイミングが悪い。
未成年、投げ銭、廃ビルからの飛び降り……
完璧な『プラットフォーム責任』のストーリーだ。
ここで賀総が『創作の自由』をまた口にしたら、終わりだ。
Founder Riskとして、明確にフラグが立つ」
「だからこそ、賀総にレクチャーをお願いしたい」
啓文が言うと、張は苦笑した。
「レクチャーね……。あの人、周さんの言うことは聞いてきたんだろう?」
「これまでは」
「なら厄介なのは、聞かないことじゃない」
銀縁眼鏡の奥の目が、わずかに細くなる。
「これまで聞いてきた人間が、初めて“ここは譲れない”と思ったことだ」
張は眼鏡を直しながら、興味深そうに啓文を見た。
「周さん、君は本当に大変だな。
王様の言葉を翻訳する宰相か……。
でも、いつまでその役割を続けられる?」
啓文は答えなかった。
張は資料を閉じ、椅子に深くもたれた。
「賀総にはこう言わせよう。
『痛ましい事故を重く受け止め、安全対策を強化する』
『クリエイターの創造性とユーザーの安全を両立させる』
この2文を絶対に崩さないように。
それ以外は、君がフォローしてくれ」
啓文は頷いた。
「わかった。ただ……賀総は『自分の言葉で話したい』と言っている」
張は小さく笑った。
「自分の言葉で話したい、ね。
上場企業のトップが言うセリフじゃないよ。
それは、ただのクリエイターのセリフだ」
会議室の照明が、啓文の顔を青白く照らしていた。
張が最後に、静かに言った。
「周さん。君が代わりに経営者の言葉を話してきたから、
賀総はずっと創作者でいられたんだよ」
啓文はコーヒーカップを握る手に、わずかに力を込めた。
答えは、しなかった。




