王と宰相(10)
星河互娛本社開発フロアの奥、通称「ラボ」では、数人のエンジニアが賀雲舟を囲んでいた。
ホワイトボードには、複雑な数式と新しいUIのラフが書き殴られている。
「……あ、啓文。ちょうどいい。見てくれよ」
数日寝ていないはずなのに、賀総の目は異様なほど冴えていた。
「未成年クリエイターの保護の件だが、設計を変えよう」
賀総はホワイトボードを指し示し、心なしか興奮した声で説明を始めた。
「まず、コメントが一定以上過熱したらライブを一時停止。
危険行為を検知したら、未成年アカウントは即警告。
視聴者リクエストには上限を設けて、投げ銭ランキングは未成年には表示しない。
これでどうだ?」
賀総は少し息を弾ませて啓文を見た。
「これでいい。アルゴリズムで守れば、小鹿だって、あんな無茶をしなくて済んだ」
彼は、今回の「失敗」を技術で解決しようと躍起になっていた。
それが彼なりの、小鹿への、そして「星河」への落とし前の付け方なのだろう。
啓文は静かに彼の説明を聞き終えた後、淡々と切り出した。
「賀総。……未成年クリエイターの収益化ルールを変更します」
賀総の手が、ホワイトボードのマーカーを握ったまま止まった。
「……何だって?」
「未成年クリエイターの危険企画について、収益化とランキング掲載を一時停止します。
深夜ライブも年齢確認と保護者設定の見直しが終わるまで制限します。
信頼安全部門に、危険配信の一時停止権限を持たせます。
短期的に収益に響くかもしれませんが、必要な措置です」
賀総の目が鋭くなる。
「彼女たちは、自分の価値を証明したくてここにいるんだ。
それを大人の理屈で奪うのが、正しいことか?」
「奪うのではありません。守るんです」
啓文は一歩、賀総に近づいた。声は低く、しかし揺るがなかった。
「上場審査を前に、未成年保護を放置して成長している会社だと見られるわけにはいきません。
短期収益を削ってでも、リスク管理できる会社だと示す必要があります」
二人の間に、重く冷たい沈黙が落ちた。
賀総は啓文をじっと凝視したまま、しばらく動かなかった。
やがて、彼は力なく笑い、ホワイトボードの数式を乱暴に手の甲で拭い消した。
「星河が……どんどんつまらなくなっていく」
「そうかもしれません」
啓文は答えた。
「ですが、星河はもう、賀総ひとりの作品ではありません」
賀総の表情が、はっきりと変わった。
啓文はさらに続けた。
「星河は、あなたの作品として始まりました。
でも今は、クリエイターの仕事であり、
億単位のユーザーの時間であり、市場が価値を決める社会プラットフォームです」
賀総は答えなかった。
「未成年クリエイターの取り扱い変更について、記者会見を開きます。
総裁にも出ていただきます」
「……啓文が話せばいいだろう」
「それでは足りません。
星河の責任者として、あなたの言葉を市場に届ける必要があります」
賀総は、しばらく黙っていた。
やがて、短く息を吐いた。
「自分の言葉で、星河のあるべき姿を話す」
(第1章 了)




