小夜子とギャル谷と黄泉歩きのガラル氏
奇妙なもので、ギャル谷はユッケ状の怪物が小夜子であることに驚きはしたものの、納得していた。
小夜子がおかしいのは前から分かっていたし、人間でないというのもなんとなくは知っていたことだ。
映画や漫画だと泣き叫んだりするものだが、自らも意外なほどに落ち着いていた。気持ち悪いという意味では相当なものだが、正気を失うほどでもない。
「サヨちゃん、しばらく焼き肉とか食べれないよ」
「おのれ、まだ言うか! ……それはそうと、焼き肉といえば叙々苑にしばらく行っておらん。これが済んだら叙々苑で一息つこうかの」
「んー、この話の通じない感じはいつも通りだね」
「ギャル谷は人をなんじゃと思うておる。ええい、そんなことより、こちらを見ているお前、何者じゃ!」
小夜子が肉の触手をビシっと向けた先には誰もいない。しかし、すぐにその空間に変化がある。陽炎のようにゆらゆらと空間が揺れて、何者かが姿を顕わしたのだ。
「む、何者か」
小夜子の問いに対して、それは首を傾げた。
黒地に赤いラインが走る貫頭衣で全身を覆い隠した小柄な人物。その両手と両足は、黒ずんだ金属の籠手と具足で生身が見えない。
何よりも異様なのは、顔が仮面で隠されて全く見えないことだ。一つ目の紋様が彫り込まれたその仮面は、どのような文化圏の者がみても不吉なものと知れるだろう。
『~~~~~~~』
怪人の発した言語は、小夜子ですらも理解できない異質なものであった。
小夜子は似た響きの言語で何者か問うてみたものの、互いの言語は全く異質なもので通じない。しかし、両者共に会話を試みているし、悪意は感じなかった。
仮面の怪人は両手を上にあげて敵意が無いことを証明する。そして、言語ではない異質な音を発した。
小夜子はそれに応えるように触手をゆらゆらと揺らす。それは、どこかの民族的な祭礼にある踊りのようでもあった。
「サヨちゃん、えっと、なにしてるの?」
「うむ、言葉が通じんからな。今から思念と音で意思疎通をするんじゃ」
ユッケ状の怪物である小夜子が触手をゆらゆらと揺らしてリズムを取ると、怪人は小さくステップを踏む。かつて流行したパラパラというダンスに似ていた。
ギャル谷は、なんなのこれ? と言いたいのを抑える。
しばらく触手の揺らめきと怪人のダンスが行われていたが、小夜子はユッケ状の肉体を変化させて筒状の器官を造り出す。すると、そこからフルートに似た音楽が流れ出すではないか!
不思議な音色だった。
澄んだ音色だというのに、炎のような激しさと暗闇の持つ安らぎが同居する原初の旋律。
怪人の奇妙な踊りは激しさを増す。
キレのあるステップに釣られて、ギャル谷も踊らないといけない気持ちになった。だから、自然と音楽に身を任せる。
どれくらい踊っていただろうか。
フルートに似た音色は幾重にも重なり、いつしかドラムのような音まで加わっていた。
ちらりとギャル谷が見やれば、ドラムの音はユッケ状の肉体が造り出した心臓のような器官の鳴動である。
音楽に身を任せていると、暗黒に充ち満ちた宇宙の真ん中に沈む幻視に包まれる。三つの生命体にとって、夢のような時間が過ぎていく。
この音楽は貴き御方が微睡んで座す宇宙の心臓に届いているだろうか。
ギャル谷は星々の輝きにも似た幻影に誘われ、いつしか意識がそこへ近づいていた。
意識は暗黒宇宙の彼方へ。
「おっと、興が乗りすぎてしもうたわ」
小夜子の声が、ギャル谷を【こちら側】に引き戻す。
はっ、とギャル谷が現実に戻れば、隣にはユッケ状の怪物である小夜子と、陽光の下にたたずむ小柄な怪人に挟まれている。
「宇宙の調でございました。おかげで、私もあなた様の言語を理解できますぞ」
怪人は流暢な日本語で言う。性別すら分からぬ風体だが、声は柔らかさのある男のものであった。
「うむ、そなたの神楽も素晴らしいものであった。わらわは間宮小夜子じゃ。今はこのような姿で無様を晒しておるが、よしなに頼みまいらす」
「私は、黄泉歩きのガラルと申します。お見知りおきを。そちらのお嬢さんも、お名前をお聞かせ願えますか?」
ギャル谷はガラル氏に言われて向き直る。
「刈谷です。えっと、ギャル谷って呼ばれてるんで、そっちでも大丈夫です」
ガラル氏という初対面の怪人に対して、ギャル谷は親しみのようなものを感じている。きっと、それはガラル氏も同じだろう。
「どちらも本当を名乗るとは。ギャル谷さんは人間ができておりますね」
「あ、えっと、ありがとうございます」
「ほほほ、ガラル殿にほめられるとは、流石のギャル谷じゃな。ガラル殿は生命の枠を踏み越えた偉いお人じゃからの」
なんだかよく分からない一体感があった。
これは、宇宙の心臓におわす貴き存在に神楽を奉納したことによる精神感応によるものだが、ギャル谷にそんなことが分かるはずもない。
「サヨちゃん、それよりこれからどうするの?」
ギャル谷の言うことも、もっともである。ここで挨拶をしている場合ではない。いや、今は初対面ということもあり挨拶は必要だ。礼儀を忘れてはいけない。
「おお、そうじゃった。ガラル殿、ここの座標が分かるであろうか?」
「座標というはっきりしたものは存じておりません。ここは特殊な場所なのですよ。この言語で表現するなら、次元の狭間とでも呼ぶべき場所ですから」
小夜子はユッケ状ながら驚いた顔をした。触手の震え方で判別できるのだが、人間には理解が難しい表情である。
「なるほど、それで地球ではないと感じたのか。ガラル殿はこの狭間を住まいとしておられるのかや?」
「いえいえ、私はここにサキュバスクイーンの心臓を取りにきたのですよ。三百年ばかり前はここが淫魔の巣だったのですが、今はもぬけの殻で困っていたところに小夜子様と出会うたのです」
それから、ガラル氏がどうやってここに来たのか簡単に説明してくれた。
こちら側と【あちら側】の狭間の道を通ってここに来たとのこと。時間も空間も曖昧な世界の狭間を通ることで、別の天体にまで足を伸ばせるのだという。
「ふうむ、淫魔はもうおらぬか。なんぞ手掛かりになるものでもあればよいのじゃが」
「放棄された巣はありますぞ。ここで出会ったのも何かの縁でしょう。私がご案内して差し上げます」
ここでギャル谷が口を挟んだ。
「ガラルさんの地元って、日本から遠いの?」
「私のいる場所は、あなた方が異世界と呼ぶ場所ですよ」
遠いなんてレベルではない。ギャル谷も返答に困った。
「異世界かぁ」
今一つ理解の追いつかないギャル谷が生返事をする。すげぇとは思うものの、ガラル氏の感じからして、深夜アニメみたいな場所ではなさそうだと思うのであった。
ガラル氏の案内で、よく整えられた芝生を歩む。
そこかしこに生い茂る植物は地球のものに似ている。しかし、それが同じものであるかは分からない。動物の姿は全く見かけなかった。
小夜子とガラル氏にはここが造り物だと分かるが、ギャル谷はそうではない。ただ、なんだか厭な場所だと感じていた。
しばらく歩くと、大きな池のほとりに出た。
整えられた水辺に花が咲き乱れていて、木で出来たベンチまであつらえてある。だが、どこにも人の気配が無い。
「ここ、なんか気味悪い……」
ギャル谷は不安そうだ。
出来すぎた風景には、命の痕跡が一切ない。鳥の一羽、虫の一匹も存在しないのに美しい公園がある。
先導するガラル氏が教えてくれた。
「元は、人間牧場でも作ろうとしていたのでしょう。サキュバスの考えそうなことです」
池のほとりにあった大きな木の前までやってきた。
どう見ても普通の樹木だ。ただ少し大きいというだけである。ガラル氏が、木に手を触れた。
黒地に赤いラインの走る奇妙な貫頭衣がぞわりと蠢く。服に見えているが、ガラル氏が纏うそれは生きた何かであった。
「ほう、流石としか言いようがないのう。ギャル谷よ、ガラル殿は今風に言えばハッキングをしておるところじゃ」
ガラル氏は振り向かずに返答する。
「はっきんぐ? そちらの言葉は難しいですな。この言語、何と呼べばよいのですか?」
「地球の日本という国の言葉じゃ。ニホン語でよいじゃろう」
ニホン語と小夜子が言ったところで、ガラル氏に変化があった。それは、ごく微かに気配が乱れたというだけのものだ。
「ニホン語、ですね。……なるほど、興味が出てきました。小夜子様、これで巣に入れますぞ」
ガラル氏が木から手を離すと同時に、機械的な動きで地面に偽装されたハッチが跳ねあがったのである。
ギャル谷は驚くが、ユッケ小夜子とガラル氏は平然とそれを見ているだけだ。
「おおっ! 子供のころに見たヤツじゃ。秘密基地ではないか!」
小夜子が言うように、地面に開いた入り口はロボットアニメの秘密基地への入り口に見えるものだった。
地下に続く丸い通路の壁は金属で出来ており、青い光が壁面から発されている。文明の進んだエイリアンの秘密基地と言われたら納得する代物だ。
「では先に進みましょう」
ガラル氏の先導で、一行は奥へ奥へと歩を進める。
人間の本能に訴えかける危険な空気が漂っているが、それを感じているのはギャル谷だけ。ガラル氏とユッケ小夜子は観光気分だ。
つるりとした金属の通路を進んでいくと開けた場所に出た。
壁一面にあるのは、筒状のケースに収められた人間である。ホルマリン漬けよろしく、液体に満たされたケース内に様々な人種の男女が陳列されていた。
「ほう、これはまた奇妙なモノじゃ」
小夜子は言うが、ある意味では見慣れた光景ですらある。SF映画やアニメなどで、透明のケースに収められた人間というのは珍しくない。
「うわっ、こういうの映画で見たことあるよ」
ギャル谷も同じで、異様ではあるが既視感のある光景だった。
小夜子はユッケ状の肉体を変化させて、【目】を造り出す。普段よりもさらに見える目だ。
「ほう、これは生きておるようじゃな。しかし、穢れ無き人間とはのう。妙なものを造りよるわ」
人は生まれながらに穢れを持つ。しかし、ここの人間標本にはそれが無い。
ガラル氏は感心したふうに頷いてから、小夜子に言う。
「それを理解されるとは、流石ですな。サキュバス共は人から精を集めますが、それでこういうものを造っているのですよ。何の役に立つのかは分かりませんが……」
「精子と卵子を蒐集して、こんなものを造っておるとはのう。てっきり術にでも使うておると思っておったが……」
「ごめん、サヨちゃん。あーし、ここ無理」
ギャル谷は青い顔をして壁によりかかっている。
するりと肉の触手がギャル谷の手を握った。
「もう少しの辛抱じゃ。むむむ、これは、そういうことか!」
小夜子はギャル谷の手を通して、知った。
人間の部分が少なすぎる小夜子とガラル氏には全く理解できないことだったが、ギャル谷というただの人間と繋がったことで、ここにあるものの意味を知る。
「淫魔め、なんということをしよる。世界の危機ではないか!」
ガラル氏はそれを聞いて首を傾げた。
「サキュバスなど、蟲でございましょう?」
「虫が受粉するのと同じことじゃ! あ奴ら、最初の人間を創ろうとしておる」
小夜子の言う人間とは、アダムとイブ、伏義と女媧、伊邪那美と伊邪那岐、最初に生じた男女の存在のことだ。
最初の人間を創造する。それが何を引き起こすか。




